第12話 記憶の海
山の頂上。かつて、観光名所として整備され、多くの人が訪れていた過去の栄光は消えさり、野生に溢れたその場所に、少年が静かに佇んでいた。その姿はある種の神々しさを醸し出し、訪れたフユメ達は思わず息を飲みこんだ。
フユメ達の息を飲む音が聞こえたのか、閉じていた目を静かに開き微笑を浮かべ、来訪者に軽い会釈をする。
「やぁ、よく来たね。まさか、ここに人が来るとは思ってなかったよ」
泰然とした様子を漂わせる少年は、静かな様子でフユメ達を順番に見つめていった。
「久しぶりだね、ボク。あの時は、世話になった」
「いいさ。怪我人をほうっておくなんて、僕の真理に反するからね」
最初に言葉を返したのはヒカゲだ。頭を下げ、あの時の礼を済ませる。少年は、それを静かに見つめ、全てを受け入れるかのように頭を横に振っている。
その姿を観察していたフユメは、数日前にアジトでソラノが言っていた「人間じゃない」という、言葉の意味を理解した。
外見は人間の姿をしているが、少年を覆っているオーラはただ者ではない迫力で、ソラノの言葉が正しかったと思える。
「ボクよ。ここまで来たんだ。少女の願いについて、教えてくれるだろ?」
「もちろんさ。まぁ、まずはお互いに自己紹介といこう。そこの二人は、どちら様かな?」
少し強ばった様子のソラノが、単刀直入に用件を言うが、少年は軽い様子で手をあげてそれを制する。そして、フユメとツキミを興味深そうに見つめ、二人はその視線に一種の不気味さを覚えた。
「フ、フユメだ」
「ツキミ」
「フユメとツキミか。よろしくね」
そう言うと、人懐っこい笑みをフユメとツキミに浮かべた。フユメは無理矢理笑顔を作り、ツキミは無表情でそれに答える。
「じゃあ、少女の願いについて話す前に、君達に聞きたいことがある」
突如、少年の顔から笑顔が消え去る。泰然とした雰囲気が強まると同時に、不気味さも強くなり、フユメ達はその雰囲気に飲まれながら後ろに下がる。
「聞きたい事って、なんだ?」
問いかけたのは、ソラノだ。どこか、適当な態度をしているソラノも、少年の異様な雰囲気には耐えられず、いつもとはかけ離れた様子だ。
「どの程度まで、君達の祖先が滅んだ理由を知っているかだよ」
「どの程度? 戦争で人類が滅んだって事じゃないよな? 少女の願いが叶わなかったから滅んだんだろ?」
困惑した様子でソラノは答える。他の三人も同じようにして頷き、少年の反応を伺った。
少年は笑っていた。何かがおかしかったのか、静かに笑い声を上げて、それが何もない頂上で木霊する。
「そうだよね。正解だよ? まぁ、そのはずだよね。そうじゃなかったら、こんな場所には来ないだろうし」
「――ちょっと待ってよ! 君はいったい何なの?」
どこか、他人事のように喋る少年に違和感を覚えたフユメは、少年の言葉を遮ろうとした。すると、少年は考えるように顎に手を当てて、数回頷いた。
「これを言うのは初めてかな。驚かないでよ? ――ボクは、地球と言ってもいいかもしれないね」
フユメ達は困惑した。地球? 何を言っているんだ? と互いに顔を合わせて、その言葉の意味を理解しようとした。
「地球? 何を言っているの?」
ツキミは呆れた表情で、馬鹿にするように言ったが、少年の表情は笑ったままだった。それがある種の不気味さを出し、思わず口を噤む。
「信じられないと思うけど、ボクは地球なんだ。厳密にはちょっと違うけどね。君達の考え方からすれば地球になるのさ」
少年は、立ちすくみフユメ達に近づきながら、一つの『キューバー』を取り出した。
「これを見れば、少しは納得してくれるかな?」
「それは?」
「人類に倣って、ボクが記録した記憶だ。けっこう長いから、気を付けてね」
少年は『キューバー』をフユメに手渡す。それを他の三人にどうするかといった視線を向けた。
三人は小さく頷き、フユメは『キロウス』を取り出して『キューバー』をセットした。
――そして、記憶が再生された。
■□■□
当初は、友人やカップル同士の思い出をいつでも鮮明に映し出すことが出来る道具として流行っていたが、記憶を鮮明に記録するという機能性から、それを仕事に結び付かせた。
難しい作業行程や、些細な作業行程すべてを保存でき、それを一寸違わず脳内で再生が出来る。繰り返し再生させることで、様々な能力を人々は習得する事が出来た。
その結果、人類にレベル制があるとするならば、バラバラだったレベル差は平均化されたと共に、平均レベルの高レベル化を実現した。
そんな中で、音子は音楽を愛した。人々の心に一生残り、『キューバー』に保存されて、いつまでも語り継がれるそんな音楽を作りたいと思っていた。そう思ったのも、ある一人の少年との出会いがキッカケだった。
小学生の頃、近くに同い年くらいの音の子が引っ越してきた。人懐っこい笑みが印象的で、友達が少なかった音子は彼と友達になった。
ある日、音子は彼に大きな夢を話した。音楽についてだ。その時の事は今でも覚えている。いつも笑顔を絶やさない彼が、初めて真剣な表情を浮かべて話を聞いてくれたのだ。話を聞いた彼は、数秒黙った後、面白いと笑い声を上げた。
そして、彼は音子にある約束をしてくれた。いつか、音子の夢が叶うよう全力を出して応援すると。当時は何も思わず、ただその応援を鵜呑みにしていた。しかし、今思うと、どこか不思議な立ち位置でそれを言っていたかのように思える。
彼は、中学校に上がる頃に、親の関係でどこか遠くへ引っ越してしまった。とても悲しい事だったが、彼と交わした約束がその悲しみを埋めてくれた。
幼い頃から音楽への才能だけは人一倍というよりは唯一無二のモノとして、中学校に上がる頃には世界を魅了する音楽を作り上げていた。人々はその音を愛し、そんな自分を信じていた。
しかし、そんな輝かしい表舞台とは裏腹に、世界は戦争という悲しい悲劇で染まっていた。世界が戦禍の波に溺れる中、日本だけは戦争に参加しなかった。過去の苦い経験がそうさせ、日本は戦争を行う各国に警鐘を鳴らしたが、それは届かなかった。
そこで音子は音楽を通じて、戦争を止めようとした。毎日、テレビから報道される映像を見るたびに、涙が頬を伝ってどうしようもない気持ちになってしまう。そんな彼女の意思に多くの人が賛同し、様々な想いを『キューバー』に記録した。
世界を魅了した私の音楽と想いなら救えると、音子は半ば本気で信じていたし、人々もそれを信じてやまなかった。そんな彼女が作った音楽は、一貫したテーマがあった。それはずっと願った『地球平和』だった。
地球上の生物たちが手を取り合い、地球で生きていくという大きなテーマを持った音楽と想いを世界に発信したが、爆発的な人気を誇り人々に根付いていた音楽は、今の彼らには理解されなかった。
ただただ、悔しかった。
あれ程までに私の音楽を愛してくれた人々が、もう振り向いてはくれないという事実が心を蝕み、後悔と苦悩で挫けそうになる。
それでも、諦めなかった。きっと彼が私の願いを叶えてくれるんだと、そう信じていたから。
しかし、戦禍は無関係だった日本にも届く。激化した戦争は、人類の大半を死滅させ、唯一戦争に参加しなかった日本にも甚大な被害を及ぼしていく。
音子の願いは、戦禍の波に飲まれ、跡形も無く人々の心から消え去った。
もう誰にも音子の願いは届いていない――
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