第11話 信実への旅路

 数日後。ツキミの傷がある程度回復したところで、フユメ達は山へと向かっていた。


 その山については、他の『キューバー・ハンター』が回収した『キューバー』に多く記録されており、それなりの知識は持っていた。しかし、実際に行ったことが無く、その道中はかなりの危険が伴う。


 今、彼らが車で走っている場所は、断崖絶壁の舗装されていた道路だったところだ。数千年もの間使われていなかった道路は、石や草で覆われており、進むのがやっという感じの悪路で、精密な操作が要求された。


 フユメとツキミは、落っこちるかもしれない崖を眺めては叫び声を上げ、ヒカゲはその叫び声を聞いて肝がつぶれる思いでひやひやしながら運転をし、ソラノは三人を眺めては面白そうに笑って楽しみ、なんとか難所を攻略していった。


 途中、休憩や野宿を挟みながら、フユメ達を乗せた車は少しずつ目的地へと向かっていた。


 その間も、フユメはツキミと、ヒカゲ達から得た情報を議論し合い、少女の願いとは何のか日夜議論を繰り広げたが、結局答えは見つからないまま、目的地まであと僅かという、かつて街だった大きな湖畔の近くに着いた。


 フユメは荷物を抱えて車を降りる。ふと、湖に視線を向けると、それを見て思い出すものがあった。


 ――確か、少女が躍っていた場所って、こんなような場所だったような……。


「フユメ、どうしたの?」


 不思議そうな表情をして立ち止まっていたフユメに、ツキミが声を掛ける。


「いや、別に。少女の記憶に、こんな場所あったなーって」

「ふーん」


 そう言って、ツキミも湖を見渡した。


 夕暮れを照らす湖は、思わず目を細める程に水が透き通っており、遠くでは水鳥達が気持ちよさそうに泳いでいる。


 辺りには、かつての街だった痕跡が散乱している。それも雄大な自然の前では繁殖のための寝床になっている。


「素敵な場所ね」


 ポツリと呟いた一言に、フユメは嬉しそうな表情を浮かべた。


「おやおや? ツキミからそんな言葉が出るなんて。よっぽどいい場所なんだね、ここ!」

「……茶化さないでくれる?」

「おーい。日も暮れるし、ここら辺で野宿すっから手伝ってくれー」


 二人が楽しそうに会話をしていると、後ろからソラノの困った声を聞いて、急いで向かった。


■□■□


「いやぁ、長い道のりだったな」

 

 日がどっぷりと暮れ、辺りは闇で包まれている。その中で、火が燃え上がっており、それを囲うようにして、ヒカゲとソラノが座っていた。


 特に会話も無かったが、ポツリとソラノはそう呟いた。


 ソラノは燃え上がる火を眺めながら、地下都市を出る前の事を思い出していた。彼には婚約者も子供もいなかったが、付き合っていた人はいた。


 適当な性格の自分を律しようと、厳しさに満ち溢れ、その時は嫌だと思っていたが、こうして思うとそれも愛おしさとなって思い出となる。


 いい思い出だ。昔の人はそういった気持ちを箱に詰め、何回も見直したのだろう。素晴らしい技術だ。そう思いながら、煙草に火をつける。


「そうですね。今までで一番長い旅路だったように思います」


 ヒカゲも炎を見ながらボーっと呟く。しかし視線は、離れた場所で作業をしている、フユメの方を見つめている。


 フユメも大きくなった。別れてから八年。人はあんなにも大きく成長する。


 ヒカゲは『キューバー・ハンター』になり、最初の任務を終え『キューバー』を換金しに行ったときに初めてフユメと出会った。フユメとは血縁関係が無いのだ。


 フユメは地下都市にある公園のベンチに、一人で座っていた。


 その後姿が、何とも言えない悲しみを纏っており、思わず声を掛けてしまったのが二人の関係の始まりだった。


 声を掛けて来たヒカゲを見るなり、フユメは涙を浮かべて抱きしめた。戸惑いながらも彼を受け止め、事情を聞いた。


 フユメは、泣きながら両親がいなくなったことを話した。最後まで話を聞いたヒカゲは、我知らずフユメを抱きしめていた。


 子供がこんな悲しみを背負ってはいけないと。その悲しみを自分が埋めてやると。ヒカゲは強く誓った。


 その日から兄弟になった二人は楽しく過ごしたがそれも長くは続かず、こうして今に至ってしまった。


 あの時、怪我が治り、地下都市に帰る事も考えた。しかし、どうしても少年の事が気がかりでもあるし、ヒカゲは少年の正体を知らなければならなかった。少年には、想像もできない秘密が隠されている。


 あの人が言っていたように、自分もその秘密を解き明かさなければならない。


 その願いも、こうしてフユメと再会しなければ叶わなかったかもしれないと思うと、不思議な縁を感じて静かに笑みを浮かべた。

 

「ちょっと、ツキミ? お湯熱すぎじゃない?」

「このくらいがちょうどいいの。フユメは黙って火を焚きなさい」

「えぇ!? さっきから、僕しかやってないんだけど?」

「……か弱いー、女の子にー、そんな事をー」

「わかった、わかりましたよ!」


 そんな大人達をよそに、子供二人はお風呂を沸かすため、ドラム缶の中に水を汲んで火を焚き、ちょうど良いお風呂の温度について揉めているところだった。


「先、入っていいよ」

「もちろんそのつもり」


 図々しくツキミは言い、フユメは呆れながらヒカゲ達の所に戻ろうとした。


 しかし、


「フユメ」


 ツキミに呼び止められる。


「どうしたの?」

「…………」

 

 ツキミから呼んだのにも関わらず、彼女は黙ったままだ。何かを考えているように見えるが、暗がりでよくわからない。


「ツキミ? 兄さん達に晩飯の事聞きたいから、早く行きたいんだけど……」


 フユメは我慢できなくなり、早く言うように促すと、決心したような表情で彼を見た。


「フユメは、少女の願いが何だか知ってるよね?」


 心臓を鷲掴みにされたかと思った。


 僅かな沈黙。しかし、我に返ったフユメはすぐにそれを否定する。


「い、いや、知らないよ? 知ってたら話すだろ?」


 暗がりでツキミの表情が伺えない。それでも、疑っている雰囲気は伝わってくる。


 その雰囲気に飲まれたフユメは口を噤む。このままでは疑われたままで、気分が良いもんじゃない。そう思ったフユメは、何と返答しようか考える口にするより先にツキミが、


「それもそうね。じゃお風呂入るから覗かないでね」


 キッパリとそう言い、それ以上は何も言わなくていいと言外に告げているのをフユメは感じ取る。そして、ツキミはそのまま暗がりに消えていった。


 フユメはいつの間にか冷や汗を浮かべていた事に驚き、額の汗を拭う。

 

 確かに、嘘では無い。フユメは少女の願いについては知らない。知っていたら話していた。しかし、あの記憶を見た事と、ヒカゲ達から得た情報から、少女の願いが何を意味するのかは漠然と察する事は出来ていた。


 完全では無い事実を不完全のまま伝えるのが億劫になってしまい、反射的に否定する態度を取ってしまった。


 ツキミは気にした様子が無かったが、明日になればそれも変わってヒカゲ達に相談しているかもしれない。


 それを黙って見つめることしか出来なかったフユメは踵を返し、どう説明したものかと考えながら、ヒカゲ達の元へ戻った。

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