魔法使い③ミュミュ

「ねえねえ、どうしたの?」


 マリスの目の前に現れた光は、小さく戻ると、てのひらに乗るくらいの妖精の姿になりました。


 妖精は、小さな人間の子供に似ていて、羽をはばたかせ、不思議そうにくりくりと、瞳を輝かせて、マリスを見ています。


「あ、あなたは、何なの?」


 驚いたマリスは、目の前の妖精に、目が釘付けになっていました。


「美少女妖精のミュミュだよ~!」


 ミュミュは、ぱたぱたっと、素早く羽を動かして、応えました。


「妖精……! まさか、ホントにいたなんて……!」


 マリスには、まだ信じられません。

 ミュミュは、目をくりくりさせたまま言いました。


「ねえねえ、いつもおばさんたちに、いじめられてるんでしょ?」


「え、ええ……」


「お城の舞踏会に行きたいんだよね?」


「……よくわかったわね。説明する手間が省けて、助かるけど」


「いつもがんばってるから、ミュミュが、連れていってあげるよ」


「ええ……えっ!? なんですって!?」


 マリスは、ミュミュの方へ、身を乗り出しました。


「連れて行ってくれるの? 舞踏会に? ホントに?」

「うん、そうだよ」


 しれっと応えるミュミュですが、マリスには、にわかには信じられず、その場に立ち尽くしていました。


「まずは、ドレスだね。えいっ!」


 ミュミュが、両手を大きく振り下ろすと、マリスのボロの服は、一瞬で、華やかなピンク色のドレスに変わり、顔もナチュラルメイクがされ、髪も艶のあるカールと、花飾りが留められました。


 その様子を、ミュミュの魔法で現れた鏡で確認したマリスは、少し恥ずかしくなりました。


「あたしが、ピンクなんて……それも、レースなんて」


「いいでしょ~? ミュミュのお気に入りなんだ~!」


 ミュミュの方が有頂天になっていました。


「あとは、靴だね。何かベースになる靴はない?」

「ああ、あたしの愛用している靴があるけど」


 といって、マリスは、屋根裏部屋から鉄の靴を持って来ました。


「じゃあ、これを、キレイな靴に変えるよ~!」


 鉄の靴は、みるみるうちに、透明なガラスの靴へと変わっていきました。


「綺麗……!」


 マリスは、そうっと、ガラスの靴を履いてみました。

 靴は、マリスの足に、ピッタリです。


「もうすぐ、舞踏会の始まる時間だから、行かないとね~」


 ミュミュは、マリスの肩に乗ると、「じゃ、行くよ~!」と言い、指をパチッと鳴らしました。


 すると、途端に、辺りの景色が、高速で流れ出したように見えました。


 驚いたマリスが、目をこすると、次の瞬間、『景色の流れ』は、おさまり、お城の門の中へと、入っていたのでした!


「何者だ!」


 二人の門番が、警戒態勢で、マリスとミュミュをにらみました。


「舞踏会に来たのなら、招待状を見せてもらおう」

「えっ、招待状……?」


 マリスが、わけのわかっていない顔でいると、


「ミュミュ、王子様と友達だから、聞いてくる! 妖精は、伝説の戦士に付くものなんだよ~」


 ミュミュは、マリスには理解不能なことを言うと、パッと消え、すぐにまた現れました。


「いいって!」

「ええっ!?」


 門番の許しも出て、半信半疑のまま、マリスは、お城へ向かいました。


「行ってらっしゃ~い! 頑張ってね~! ああ、夜中の12時の鐘が鳴り終わるまでには、ここに戻ってきてよ~。じゃないと、ミュミュ、眠くて、起きてらんないから」


「……わ、わかったわ」


 マリスは、ドレスをつまみ上げ、階段を上っていきました。


「ミュミュの言ってた姫って、きみか?」


 城の大広間に足を踏み入れた途端、王子がやってきたので、マリスは、びっくりしました。


「ミュミュったら、本当に、王子様と知り合いだったのね」

「ああ、友達なんだ。さあ、おいで」


 栗色の髪に、青い瞳の、ごく普通の青年に見える王子様は、マリスの手を取り、広間の中央で踊り始めました。


 マリスは、不思議そうに、王子様を眺めます。

 マリスよりも、少し年上でしょうか。

 童顔で、人の好さそうな青年でした。


(この方が、第一王子セルフィス様なのかしら?)


 目の前の王子様は、舞踏会の正装とは、大いに違っていて、とても王子様には見えない格好をしていたのです。

 どちらかというと、勇者のような出で立ちでした。


「ああ、この格好かい? 実は、旅から帰ってきたばかりでね。俺、長い間、旅に出ていたから、王子用の服がなくて」


「旅?」


「兄たちが不調で、急に呼び戻されたものだから」


「そうだったのですか……」


 マリスは、目を丸くするばかりでした。


「少し、話せないか?」


 一曲踊り終わると、王子様が、マリスに言いました。

 二人が、こっそり、中庭に抜けても、気付く者はいませんでした。


「この国に、第四王子がいたなんて、知らなかったでしょう?」


 頷けば、王子様が気を悪くするのではないかとは思いましたが、マリスは、遠慮がちに頷きました。


「なんで、俺が呼び戻されたかっていうとね……」


 王子様は、マリスを、中庭のベンチに腰掛けるよう勧めてから、語り始めました。


 今朝のことです。


 お城では、困ったことが起きました。

 ベアトリクス国王と大臣、そして、第三王子ダイと、その側近のみで、話し合いがされていました。


 風邪をこじらせていた第一王子セルフィスの容態は悪くなっていき、とうとう空気の良い田舎で静養することになってしまったというのです。


 第二王子タペスは、ブサイク・ネガティブ・ノイローゼにより、ずっと部屋に引きこもり中です。


「これでは、舞踏会には、第三王子であるダイ、お前に出てもらうことになる。第一王子の病気は回復の見込みが当分ないと聞き、第二王子の精神的回復も見込みがないという。二人ともに、結婚は無理かも知れん。もし、今夜の舞踏会で、花嫁を見付けることが出来れば、お前に王位が近付くかも知れんぞ」


「わかりました、父上! ご期待に添えるよう、頑張ります!」


 格闘大好きダイ王子は、そう言うと、喜び勇んで、朝稽古に出かけました。


 王子は、森の中を駆け抜けて行きました。


「いよいよ、俺の時代が来た! 第三王子という身分では、王位など回って来ないものと思っていたが、まさか、こんなことになろうとは……! 天は、俺を見捨てなかったのだ! ふははははははは!」


 全力疾走しながら、考え事をしていたせいか、張り切り過ぎてしまった第三王子は、森を突き抜けると、そのまま崖に落ちてしまいました。


「なんということだ! 第三王子が大怪我とは!」


 ベアトリクス王は混乱し、重臣たちがなだめます。


「困りましたな。まあ、王位を継ぐ頃には、王子の怪我は治るでしょうが、取り急ぎ、今夜開催する王子の花嫁を決める舞踏会は、どういたしましょうか?」


「もう、全国のお年頃の未婚女性には、招待状を出してしまっていますし、延期のお知らせは、今からでは、間に合いませぬ」


「仕方ない。こうなったら、第四王子、あやつを呼び戻すのだ!」


 王の一言に、重臣たちは、はっと顔を見合わせました。


「第四王子ケイン様は、一風変わったお方だと聞く」


「確か、ドラゴンと友達になりたいと言って、陛下が、第四王子なら、王位も滅多に回ってこないし、好きにしたらいいとおっしゃって、それきり、ケイン王子殿下は旅に出られたのでしたな?」


「ええっ、ドラゴンと!? あのような悪魔の竜などと、友達に……ですか!?」


「陛下も、それで、ケイン王子の存在は恥だからと、なるべく隠しておられたのですが……」


 ひそひそと話し合っていた重臣たちが、王を見上げました。


「陛下、よろしいのですか?」


「やむを得まい。宮廷魔道士ヴァルドリューズをここへ! 第四王子を呼び戻すのだ!」


 王の命令で、東洋出身の上級魔道士で、何かと重宝されているヴァルドリューズが、どこにいるかもわからない第四王子の所在を感知し、連れ戻したのでした。


「それで、俺は、何年ぶりかに、帰ってきたってわけなんだ。帰りは、旅の途中で仲良くなったケンタウロスが、背中に乗せてくれて」


 ケンタウロスとは、上半身が人間で、下半身が四つ足のウマの姿をした半人半馬で、野蛮な種族と恐れられていました。


「魔道士ヴァルドリューズが来た時は、暴れていたボルケーノ・ドラゴンを、ちょうど押さえつけて、なだめて、友達になったところだったんだ」


「気の荒いと聞くボルケーノ・ドラゴンを……ですって!」


 マリスは、ますます驚きました。


「とても、そんな風には……あ!」


 言いかけて、マリスは、慌てて口を押さえましたが、王子は笑いました。


「見えないでしょ? 俺が、そんなに勇ましい男には」


 妖精やドラゴンと友達になり、ケンタウロスとまで仲良くなったケイン王子の話に、マリスはただただ驚き、それは、徐々に尊敬へと変わっていきました。


「ま、そういうわけで、俺は、この国には必要とされていない王子だったんだ。わけもわからず、間に合わせで呼ばれたから、舞踏会用の服も間に合わなかったし」


「……必要ないと言えば、あたしだってそうだわ。貴族の生まれではあるけれど、両親は亡くなり、今は偽りの家族と暮らしていて、召使いのように扱われて、娘としては、いらない子なのよ」


「そんな……! きみみたいな、きれいで、かわいい子が、いらないだなんて……!」


 ケイン王子は、信じられない顔で、マリスを見つめました。


 マリスの頬が、染まっていきます。


 ケイン王子の方も、無意識に口走ったことに気が付いて照れたのか、いくらか赤くなっています。


 相手が王子様だということを忘れてしまうほど、親しみを持ったマリスは、つい、友達とでも話すような感覚になっていました。


 王子様の方も、長年旅に出ていて、宮廷暮らしからは遠のいていたせいか、普通の庶民のような話し方でしたので。


「あたしたち、境遇が似てるのかしら?」


 マリスが、肩をすくめると、ケイン王子も笑いました。


「そうだね。似ているかも」


 マリスを見つめる王子様の目も、やわらかく微笑んでいます。


「ねえ、王子様、お友達になったドラゴンて、あたしも会えるのかしら?」


「会えるよ! 俺が呼べば、いつでも来てくれるんだ」


「じゃあ、今、呼んでみせて」


 ケイン王子は、腰に差した剣を抜くと、両手に構え、念じました。


「ボルケーノ・ドラゴン!」


 すると、剣の周りに勢いよく風が集まり、渦巻きました。

 風の渦が大きくなっていくと、赤く、頭に突起がいくつもある、強大なドラゴンが現れたのでした!


「すごいわ! 本当に、ドラゴンが……!」


 マリスは、思わずベンチから立ち上がりました。


 風は止み、巨大な竜は、黄色い目で、二人を見下ろします。


 そして、地面に着くくらい、首を下げました。


 頬の位置にも突起があり、ケイン王子は、その突起から頬をなで、大きな牙ののぞく口元をなでました。


「触ってみる? こわくないから」


 マリスは、こわごわとでしたが、ケイン王子に手を取られ、そうっとさわってみました。


 ドラゴンは、ぐるるると、地面に響くほど低く喉を鳴らしたようですが、静かにしています。


「ドラゴンて、悪者だって言い伝えられていたけど、……おとなしくて、やさしそうね」


「ドラゴンの良さを、わかってくれた?」


「ええ!」


「じゃあ、乗ってみる?」


「えっ!?」


 赤いドラゴンは、翼を広げ、夜空を飛び立ちました。


「すごいわ! 本当に空を飛んでる!」


 マリスとケイン王子は、ドラゴンの背に、隣り合って乗り、ドラゴンの身体から生えている突起につかまっていました。


「もうあんなにお城が小さく見えるわ!」


 はしゃぐマリスを、王子様は微笑ましく、そして、眩しそうに見ています。


 マリスが、さらに下を覗き込もうとした時、バランスを崩してしまいました。


「きゃっ!」

「危ない!」


 とっさに、ケイン王子がマリスの肩を引き寄せました。


「大丈夫?」


「あ、ありがとう……」


「落ちたらいけないから、俺につかまって」


「え、ええ」


 マリスは、遠慮がちに、王子につかまりました。


 即座にドラゴンは上昇し、旋回しました。


 ドラゴンの身体は斜めに傾きます。

 落ちないよう、マリスは王子にしがみつき、王子も、マリスを抱えました。


「もうそろそろ、国を一周するよ」


「え、もう? 早いのね!」


「ボルケーノ・ドラゴン、ゆっくり降りてくれ」


 ドラゴンは、ケイン王子の言う通りスピードを緩め、もとの中庭に着陸しました。


「どうだった? こわくなかった?」


「空を飛んだのなんて、初めて! 楽しかったわ!」


 マリスは、ケイン王子に、心から笑ってみせました。


「良かった!」


 ケイン王子は、安心したように微笑みました。


「ドラゴンは、敵意を見せなきゃ、本来、襲ってはこないんだよ」


「そうだったのね。ドラゴンに触れたし、乗れたなんて、貴重な体験だったわ。ありがとうございます、ケイン王子様!」


 マリスが嬉しそうに笑いました。


 ケイン王子も笑うと、改めて、マリスを見つめます。


 しばらく、言葉もなく見つめ合っていると、王子様の方から、切り出しました。


「きみの名前は……」


 マリスが答えようとした時です。


 夜中の12時を告げる鐘が鳴りました。


「あっ、いけない! もう帰らなくちゃ!」

「えっ? どうしたの?」

「ごめんなさい、王子様! 楽しかったわ! では!」

「ええっ、待って!」


 マリスが大急ぎで駆け出し、ケイン王子も後を追いかけますが、ボルケーノ・ドラゴンに気付いた客と城の衛兵たちが騒いだので、ドラゴンを剣の中におさめてから、急いで門へ向かうと、着いた時には、もうマリスの姿はありませんでした。


 ですが、外階段の途中に、ガラスの靴が片方、落ちています。


 王子様は、靴を拾い上げました。


「意外と重いな」


 それでも、マリスの持ち物に違いありません。


 王子様は衛兵を呼ぶと、このガラスの靴の持ち主を、早急に探し出すよう言いました。


 王子様から靴を受け取った衛兵は、あまりの重さに、地面に膝をついてしまいました。


「なんと重たい靴だ! アーノルドを呼べ!」


 衛兵たちは、アーノルドという力自慢の兵士を呼んでくると、ガラスの靴を丁重に扱うよう言い渡しました。




 舞踏会から戻ったマリスには、また元の生活が待っていました。


 相変わらず、姉たちは暖炉の灰の中に豆をまき、灰だらけになりながらマリスが豆を拾い、それが終わると、なんだかんだ仕事を言いつけるのです。


 姉たちからは笑いながら豆をぶつけられ、暖炉に落ちた豆を拾う間も、モップで床を拭いている時も、マリスは、溜め息をついていました。


 あの一見普通の青年である一風変わった王子様のことが、忘れられなかったのです。


 ドラゴンに触ることが出来たのも、乗ることが出来たのも、感動的でした。

 あの固い皮膚の感触は、これまでに触ったことのないものです。

 そして、隣に乗っていた王子様を、頼もしく思っていました。


「王子様、今頃、どうなさっているのかしら? もうお会いすることはないのよね……」


 そう思うと、さびしくて、せつなくなってしまいます。


 舞踏会の日以来、おとなしくなってしまったマリスを、お姉さんたちは、いい気になって、余計にいじめました。


 マリスは、お姉さんたちに悪口を言われても、全然聞こえていませんでした。


 それから、間もなく、国王のめいにより、城の騎士団が、舞踏会で落としていったガラスの靴の持ち主を探しに、国中の家を回り始めました。


 ガラスの靴を履いてピッタリだった娘は、案外、早く見つかりましたので、すぐに王子様が呼ばれました。


 ある町娘の家で、ガラスの靴を履いた娘と、その両親は、有頂天になって喜んでいました。


 そこへ、ケイン王子が、ケンタウロスに乗ってやってきました。

 町の人たちは、震え上がりました。


「どのお方が、ガラスの靴の持ち主なんだ?」


 上半身が、長髪の男で、下半身が四つ足のウマの姿をしたケンタウロスに跨がった王子は下りると、家の中に入りました。


「な、なぜ、ケンタウロス!?」


 そこには、引きつった笑顔の娘と、両親、そして、騎士団がいました。


「ガラスの靴を履いてピッタリだったのは、こちらの娘です!」


 ですが、大臣がそう言っても、王子は、娘を見て「違う」と一言いいました。


「あの時の姫は、紫色の瞳をしていた」


「ええ~! 王子、そんな新情報があるなら、先に言ってください!」


 ざわめく騎士団に構わず、娘は言いました。


「それは、光の加減で、そう見えただけですわ!」

「そ、そうです! 本来は、この瞳の色なのです、王子様!」


 娘に続いて、両親も、口を揃えて言い訳します。


「だったら、踊ってみせてくれる?」


 特に表情を変えずに、ケイン王子は言いました。


 娘が、ガラスの靴を履いたまま踊ろうとしますが、重過ぎて、歩く事すら出来ません。


 それには、騎士団も首を傾げました。


「あの舞踏会の姫は、王子殿下と踊られていた」

「あのような重いガラスの靴で?」


 どうやら、人違いだったとわかると、騎士団は、ガラスの靴を、黒い衣装とサングラスのアーノルドに持たせ、次の家へと向かいました。


 ガラスの靴は、サイズがピッタリ合う娘は多かったのですが、誰もそれを履いて踊ることが出来ず、とうとう、シンデレラの家にまで、騎士団はやってきました。


 シンデレラの義理の姉サラには靴は小さ過ぎ、マリリンには大き過ぎました。


「この家には、娘がもう一人いるはずだが?」


 大臣が、継母エリザベスに言いました。


「それが、今ちょっと出てまして」


 エリザベスは、マリスを屋根裏に閉じ込め、鉄の扉の鍵を閉めてしまったのです。


 屋根裏の窓から、騎士たちとケンタウロスを見付けたマリスは、この家に、騎士団と王子様が来たことを知りました。


「ちょっとー、出してよ! あたしは、ここよー!」


 マリスは、ガンガン、鉄の扉を蹴りましたが、さすがに蹴破ることは出来ません。


「あの音は、何かね?」


 大臣が、いぶかしげに、エリザベスを見ます。


「さ、さあ……。ほーっほほほ!」


「隠すと、王の命令に背く事になり、牢獄行きですぞ!」


「えっ!」


 エリザベスは青くなり、その場から動けなくなりました。


「ケイン王子様! そこにいらっしゃるの? あたしは、ここよ!」


 上の階から、そのような声がした途端、破壊音がしました。


 王子も大臣も慌てて見に行くと、頑丈な留め具が外れて、鉄の扉が倒れています。そこには、灰だらけの娘が、ガラスの靴を抱えて立っていたのでした。


 ケイン王子は、一目見て、灰を被ったこの娘が、自分の踊った相手だとわかりました。


「王子様、もう片方のガラスの靴は、ここにあります」


 マリスは、持っていたガラスの靴を履き、アーノルドの持っていたガラスの靴も履きました。


 それは、ピッタリと、彼女の足に合っていました。


 ケイン王子は、嬉しそうにマリスを見て言いました。


「俺と踊ってくれないか?」

「ええ、喜んで!」


 二人は、その場で踊り出しました。


 普段から、鉄の靴で脚力を鍛えていたマリスには、ミュミュの妖精の魔法で、見た目をガラスの靴に変えただけの重い靴で踊ることは、何の違和感もなかったのです。


「おお! あの重いガラスの靴で、いとも軽やかに踊る事が出来るとは!」


「これは、あの娘で、もう間違いないだろう!」


 大臣も騎士団長も感心して、あるいは、ほっとして、その様子を眺めていました。

 そして、拍手が起こりました。


「ミュミュ!」


 王子が呼ぶと、小さな妖精は、王子の肩の高さに浮かんで現れました。


「どうしたのー、ケイン?」


「このお姫様の灰を取り除いて、素敵なドレスを着せてあげてくれ」


「いいよ~!」


 ミュミュが両手を振り下ろすと、マリスの身体が浮かび、周りをピンク色の風が包み込みました。

 着ていたボロは、両肩がパフスリーブになると、次に、白いふんわりとしたロングドレスに変わり、腰には金色のサッシュが巻かれ、両手は、白いレースの手袋に包まれました。


 そして、マリスの髪がふわっと持ち上がり、灰が取り除かれると同時に、艶のあるカールとなって、肩に下り、花をあしらった髪飾りとリボンが巻かれました。


「なんと美しい変身シーンだ!」


 騎士団からは、溜め息とともに、そのような声が起きました。


 ケイン王子は、マリスの手を取ったまま、改まって、彼女を見つめました。


「城に一緒に来てくれるか? つまり、その……俺の結婚相手として」


 マリスの瞳は、濡れたように輝き、頬はピンク色に染まると、頷きました。


「もちろんだわ!」


 マリスは、王子の首に抱きつきました。


 ケイン王子も頬を染めると、はにかみながらも、マリスを、ぎゅっと抱きしめました。


 騎士団からは、再び拍手と、誉め称え、祝福する声が起こりました。




 お城では、重大な発表がされました。


 第一王子セルフィスは、周りからの期待が大き過ぎ、第二王子、第三王子の面倒を見る事も約束されていたので、プレッシャーに負けてしまい、「僕、本当は、嫌だったんだ」などという、王子にあるまじき問題発言とともに、王位継承権を譲りました。


 第二王子タペスは、相変わらずのブサイク・ネガティブ・ノイローゼで、周囲からの評判が悪く、国のモチベーションも下がると思われたので、「もう、お前、無理だろ?」と、国王から、王位継承権を剥奪されました。


 第三王子ダイは、怪我は治ったものの、格闘のことしか頭になく、国を任せるには危なっかしいので、同じく、国王から、「もう、お前、無理だろ?」と、王位継承権を剥奪されました。


 残り者だと思われていた第四王子ケインは、ドラゴンを手なずけられたことで、他国をビビらせられると踏んだ国王の信頼を、得る事が出来ました。


 よって、国王は、ケイン王子に第一王位継承権を与え、後に、王位を譲ると国民に宣言しました。


 ケイン王子とマリス王女は、いつまでも平和に、仲良く幸せに暮らしました。



おーしーまい

(ラブコメ・ファンタジー・ハッピーエンドでした!)


※ケンタウロス、アーノルドは、『Dragon Sword Saga』本編には出て来ていません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シンデレラ かがみ透 @kagami-toru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ