魔法使い②ユウ

「そんなにがっかりして、どうしたの?」


 マリスの目の前に現れたのは、黒いフード付きマントをはおった、20歳半ばほどの、黒い髪をした、感じのいいお兄さんでした。


「あ、あなたは、誰なの?」


「僕は、ユウと申します。魔法使いです。お困りのようですね、マリスさん」


「そんなことがわかるの?」


 マリスは、ユウの優しそうで、頼りがいのある様子に、安心して、これまでのことを打ち明けました。

 ユウは、マリスの話に黙って耳を傾け、頷きながら、聞いています。


 一通り話が終わると、ユウが口を開きました。


「ひどいお話ですね」


「でしょー?」


「お城では、この国の未婚女性全員が、舞踏会に招待されているのですから、当然、マリスさん、あなたも行っていいんですよ。僕にお任せください。馬車も、綺麗なドレスも、用意して差し上げます」


「本当!? ありがとう!」


 マリスは感激のあまり、涙ぐみました。


 そうして、彼の言う通り、庭の畑になっていた大きなカボチャを持ってきて、ネズミを四匹連れてきました。


 それらに、ユウが呪文を唱えると、あっという間に、カボチャは馬車に、ネズミは馬車を引く四頭のウマになりました。


 にゃ~ん、という鳴き声がして、ふと見ると、お母さんの飼っている黒ネコが、ちょこんと座っていました。


「ちょうどいい。きみには、御者になってもらおう」


 ユウの魔法で、黒ネコのジュニアは、御者の姿となりました。


「さ、マリーちゃん、乗って」


 そう言ったジュニアに、マリスは驚きました。


「喋れるの?」

「ああ、なんだか、そうみたい!」


 ジュニアも嬉しそうに笑いました。

 いつも餌をやるマリスには、ネコの姿の時から、懐いてはいました。


「次は、ドレスですね」


 ユウが呪文を唱えると、マリスの着ていたボロは、あっという間に、金色の美しいドレスになり、灰で汚れていた顔は美しく化粧され、同じく、灰だらけだった髪は、艶のあるカールされた髪になり、装飾品で整えられました。


 そして、足は、ガラスで出来た、宝石のように輝く靴を履いていたのです。


「すごい……! 素敵だわ!」


 ユウの魔法で現れた鏡を見ながら、マリスは、自分の打って変わった姿に、驚きました。


「シャンパン・ゴールドのカクテルドレスを選んでみました。とても、よくお似合いですよ、マリスさん」


 ユウは、美しく変貌したマリスを、にこにこと見ています。


「さあ、もうすぐ、舞踏会が始まる時間です。早く、馬車にお乗りなさい」


 マリスが馬車に乗り込みます。


「12時の鐘が鳴り終わるまでに、戻ってきてくださいね。魔法が解けてしまいますので」


「わかったわ。ありがとう、ユウさん!」


 満面の笑みを浮かべたマリスを乗せた馬車が、もうすっかり暗くなった夜道を、出発しました。


 ユウは、にこやかな笑顔で、それを見送っていました。




 お城では、舞踏会が始まるところでした。


 大広間のシャンデリアが輝き、その下では、国中の着飾った娘たちと、貴族の男性たちが、集まっていました。

 その中には、マリスの二人の義姉サラとマリリンもいます。


 王様と大臣が、張り出したバルコニーから見下ろします。

 ベアトリクス王の挨拶が終わると、大臣が言いました。


「え~、国民諸君、集まってもらって申し訳ないのだが、実は、第一王子セルフィス殿下は、風邪をこじらせ、今夜の舞踏会には、残念ながら、欠席されます」


 会場は、どよめきました。


「そして、さらに、第二王子タペス殿下も、最近になって、白ブタのようにブサイクなのを気に病んでおられ、部屋に引きこもっているので、残念ながら、参加は出来そうにありません。よって、今夜は、第三王子ダイ様が、花嫁候補を選ぶことになられました!」


 大臣の横に現れた王子に、注目が集まります。


 第三王子ダイは、背はあまり高くはなく、短い黒髪は逆立ち、眉間に皺を寄せた、お世辞にもハンサムとは言い難い顔をしていましたが、真面目そうでした。


 ダイ王子は、バルコニーに進み出ました。


「国民諸君、今夜はよくぞ集まってくれた。今宵は、珍しい試みをしたいと思う。これより、舞踏会は、武道大会となるのだ!」


 会場は、一斉にざわめきました。

 ダイ王子ひとりが、楽しそうに笑っています。


「俺は、ひたすら格闘技に励んできた。格闘技を極めることは、真の強さを手に入れることが出来、それは、真の幸せを手に入れることにつながるのだ! さあ、国の娘どもよ、俺を倒してみせろ! なんなら、一斉にかかってきてもいいぞ!」


 王子は、挑発的にバルコニーから、国中の娘たちを見下ろしますが、誰も目を合わせようとせず、逃げ腰になっていました。


 そこへ、扉が開き、金色のドレスを着たマリスが飛び込んできました。

 ダイ王子の目は、すぐに、マリスに留まります。


「そこの、遅れて来た女! 俺と勝負しろ!」


 何がなんだかわかっていないマリスが、戸惑っていると、スダダダダ! と勢いよくやって来たダイ王子が、マリスの目の前で、立ち止まりました。


「なっ、なんなのですか!?」


 思わず、マリスが尋ねると、王子は、笑いました。


「今から、舞踏会は武道会となった! この俺と、勝負しろ!」


「なんですって!?」


「さあ!」


 宮廷楽士たちも、勇ましい音楽を奏で始めました。


 ダイが、マリスの腕を掴み、背負い投げようとしますが、マリスは動きません。

 続いて、足を狙って引っ掛けますが、びくともしません。


「おのれ、貴様、もしや、武道の経験があるのか?」


「え? 別に、そういうわけでは……」


 ダイ王子の顔は、だんだん不機嫌になっていきました。

 あらゆる技をかけてみますが、マリスの身体は、動きそうにありませんでした。


「貴様、やる気あるのか!?」


「えっ、だって……!」


「だって、ではないっ! ちょっとは、真面目にやったらどうだ!」


「でも、……」


「遠慮はいらん!」


「そ、そうですか? ……では……」


 マリスは、ドレスを軽く持ち上げると、回し蹴りをしました。


 それを、王子が腕で防御しますが、「うぎゃっ!」と叫ぶと、防御した腕を抱え込んで、うずくまってしまいました。


 すかさず、マリスが、ダイ王子の背に、かかと落としをくらわせ、王子が床に倒れ込むと、足の甲で身体を浮かし、胴がガラ空きになったところへ、ミドルキックで、フィニッシュです!


 王子は、その衝撃で、叫び声を上げながら吹っ飛び、ベアトリクス王の銅像に激突しました。


「ストップ……! ストップ……! も、もう、……やめだ!」


 ぜーぜー息をしながら、ダイが、やっとのことで言いました。


「貴様の……勝ちだ……」


「えっ、ホント!? やったわー!」


 日頃、鉄の靴で家の壁を蹴って鍛えてきた甲斐があったと、マリスは嬉しくなり、飛び跳ねて、喜びました。


 顔中に脂汗を浮かべたダイ王子は、片方の目だけ開いて、苦しいながらも、ニヤッと笑いました。


「この……武道会で……、俺に勝った……娘は、俺の……花嫁になる……しきたりだ。……よって、貴様、……俺の妻と……なれ!」


「へっ!?」


 マリスは、びっくりして、ダイを見てから、王様たちのいるバルコニーを見上げます。

 王様も、大臣も、曖昧にうなずいていました。


「そっ、そんなの、聞いてなかったわよ! そんなルールだって知ってたら、手加減したのに!」


「貴様こそ、我が妻にふさわしい!」


「ちょっと、あんた、人の話、聞いてた!?」


「さあ、観念して、妻となれ!」


「じょっ、冗談じゃないわよっ! いくら、王子様だからって、そんなの横暴だわ! 絶対、イヤだからねっ!」


 マリスは、急いで逃げ出しました。


「誰か、その女を捕らえろ! ぐはぁっ!」


 ダイ王子の声が、血反吐ちへどとともに、会場内に響き渡りました。


「ジュニア! 急いで馬車を出して!」

「どうしたんだい、マリーちゃん?」

「いいから早く!」

「わっ、わかったよ!」


 カボチャだった馬車に、黒猫だったジュニア御者は、大急ぎでウマを走らせました。


 馬車は、無事、家の庭に着きました。


「ふう! なんとか逃げ切ったわね」


「おかえり。早かったね」


 庭のベンチの近くに、ユウが現れました。 


「忘れ物は、しなかったかい?」


「ええ、していないわ」


「それは、良かった」


「もう、お城なんて、こりごりだわ!」


「そ、そうなの?」


「ええ! あたし、もう二度と、あんな舞踏会だか武道会だかわかんないものには、参加しないわ!」


「あ、ああ、そう……」


 ユウは、不思議そうな顔をしていましたが、マリスが、もういいというので、魔法を解くことにしました。


「それじゃあ、僕は、これで」


「ええ、いろいろありがとう!」


 魔法使いユウは、元のように光となって、消えていきました。


 マリスは元のボロをまとい、馬車はカボチャに、御者は黒猫に、ウマはネズミたちに戻りました。


 お城では、ダイ王子は手当を受けていました。


 マリスが忘れ物をしなかったので、探す手がかりが何もなく、王子の花嫁の件は、うやむやになってしまいました。


 マリスは、相変わらずの生活でした。

 時々、お城でのことを思い出します。


 今思えば、あんな格闘王子よりも、魔法使いユウの方が、やさしくて、ずっとずっと魅力的に思えましたが、彼が現れることは、もうありませんでした。



おーしーまい

(なんとかセーフ!?)

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