魔法使い①クレア

「そんなにがっかりして、どうなさったの?」


 マリスの目の前に現れた、同じくらいの年頃と思われる、黒い髪をした美しい少女が、やさしく尋ねました。


「あ、あなたは、誰なの?」


「私は、クレアと申します。魔法使いですわ。お困りのようですね、マリスさん」


「そんなことがわかるの?」


 マリスは、クレアの優しそうな様子に、安心して、これまでのことを打ち明けました。

 クレアは、マリスの話に黙って耳を傾け、頷きながら、聞いています。

 一通り話が終わると、クレアが口を開きました。


「ひどいお話ですね」


「でしょー?」


「お城では、この国の未婚女性全員に、舞踏会に参加する権利があると言っているのですから、当然、マリスさん、あなたにも権利はあるのです。私にお任せください。馬車も、綺麗なドレスも、用意してご覧に入れますわ」


「本当!? ありがとう!」


 マリスは感激のあまり、涙ぐみました。


 そうして、クレアの言う通り、庭の畑になっていた大きなカボチャを持ってきて、ネズミを四匹連れてきました。

 それらに、クレアがハシバミの木の枝を振り、呪文を唱えると、あっという間に、カボチャは馬車に、ネズミは馬車を引く四頭のウマになりました。


 にゃ~ん、という鳴き声がして、ふと見ると、お母さんの飼っている黒ネコが、ちょこんと座っていました。


「ちょうどいいわ。あなたには、御者になってもらいましょう」


 クレアの魔法で、黒ネコのジュニアは、御者の姿となりました。


「さ、マリーちゃん、乗って」


 そう言ったジュニアに、マリスは驚きました。


「喋れるの?」

「ああ、なんだか、そうみたい!」


 ジュニアも嬉しそうに笑いました。

 いつも餌をやるマリスには、ネコの姿の時から、懐いてはいました。


「次は、ドレスね」


 再び、ハシバミの枝を振り、クレアが呪文を唱えると、マリスの着ていたボロは、あっという間に、美しい、純白の生地に、輝く透明な石の縫い込まれた、豪華なドレスになり、灰で汚れていた顔は美しく化粧され、同じく、灰だらけだった髪は、艶のあるカールされた髪になり、装飾品で整えられました。


 そして、足は、ガラスで出来た、宝石のように輝く靴を履いていたのです。


「すごい……! 素敵だわ!」


 クレアの魔法で現れた鏡を見ながら、マリスは、自分の打って変わった姿に、驚きました。


「とても、よくお似合いですよ」


 クレアは、美しく変貌したマリスを、にこにこと見ています。


「さあ、もうすぐ、舞踏会が始まるわ。早く、馬車にお乗りなさい」


 マリスが馬車に乗り込みました。


「12時の鐘が鳴り終わるまでに、戻ってきてくださいね。魔法が解けてしまいますので」


「わかったわ。ありがとう、クレアさん!」


 満面の笑みを浮かべたマリスを乗せた馬車が、もうすっかり暗くなった夜道を、出発しました。


 クレアは、にこやかな笑顔で、それを見送っていました。




 お城では、舞踏会が始まるところでした。


 大広間のシャンデリアが輝き、その下では、国中の着飾った娘たちと、貴族の男性たちが、集まっていました。


 その中には、マリスの二人の義姉サラとマリリンもいます。


 王様と大臣が、張り出したバルコニーから見下ろします。


 なんとか、マリスも間に合いました。


 ベアトリクス王の挨拶が終わると、大臣が言いました。


「え~、国民諸君、集まってもらって申し訳ないのだが、実は、第一王子セルフィス殿下は、風邪をこじらせ、今夜の舞踏会には、残念ながら、欠席されます」


 会場は、どよめきました。


「よって、今夜は、第二王子タペス様が、花嫁候補を選ぶことになられました!」


 大臣の横に現れた王子に、注目が集まります。


 第二王子のタペスは、独特の趣味でした。

 足の先から頭のてっぺんまで、絢爛豪華な黄金に輝く衣装を身にまとい、マントまでもが黄金色でした。


 首元のフリルの付いた白いレースは、ビラビラとした蛇腹になっていて、カボチャパンツに、タイツ姿で、この王国の洗練されたデザインとは、まったくかけ離れたものでした。


 その上、顔は、ブタのように不細工です。

 まるで、白ブターーそれが、広間にいた娘たちの感想でした。


 けれど、第一王子セルフィスは、とても性格がいいと言われていましたから、第二王子も、きっと性格はいいことでしょう、と誰もが思い直しました。


「さ、王子、踊る相手を、どうぞお選びください。何人踊っても、構いませぬよ」


「うむ」


 タペスは威張って返事をすると、バルコニーから、国民を見下します。


 ふと、彼の視線が止まった先には、最後にやってきた、白いドレスの娘がいました。

 タペスは、娘にダンスを申し込みました。


 宮廷楽士たちによる、優雅な演奏が始まります。


 娘ーーマリスは、少し困った顔をしながらも、タペスと踊り始めました。


「美しい娘だな。名は何と言う?」


「マリスと申します、殿下」


 タペスは、マリスをじろじろと、まるで値踏みをするように、見ています。

 マリスは、ちょっとイヤだな、と思いました。


「お前の着ているそのドレス、いくらした?」


「えっ? さ、さあ……」


「その光る石は、プラチナだな? 透明で、かなり純度が高そうだから、値段も高いのだろう。俺様の見積もりでは、ざっと、この石一つが100万リブだ」


「ええっ! 一つでも金貨100万枚分ですって!?」


 マリスは驚きのあまり、足が震えてしまいました。

 ドレスには、その石は、数え切れないほど付いていたので、とても、一貴族の買える代物ではないと思ったのです。


 タペスは、じろじろと、まだマリスをーー正確には、ドレスを見ています。


「俺様の目は、ごまかせないぞ。お前、このドレスを、どこで買った?」


 このお方は、まさか、同じものを買うおつもりでは……?

 マリスは、ちょっとセコいな、と思いました。


「知り合いからいただいたので、存じません」


「その知り合いとは、誰だ? どこに住んでいる?」


「えっと……、ええっと……」


 そこで、音楽がちょうど終わりました。


 他の貴族の男が、マリスと踊りたそうにやってきましたが、タペス王子が「いや、こいつは、俺様の花嫁候補だ」と、断りました。


 マリスは、背筋がぞくっとしました。


 二曲目が始まり、また王子とダンスをしなくてはなりません。


「それで、その髪飾りは、いくらした? どこで、購入したのだ?」


 王子は、またしても、マリスの持ち物を、お金に換算し、ベラベラと喋り続けます。

 マリスは、だんだんイヤになってきました。


「王子様、つかぬことをお聞きしますが、……お友達は、何人いらっしゃるの?」


「友達だと? お前が、最初の一人だ」


「はあっ!?」


「だから、俺様の花嫁となれ」


 まだ音楽の途中でしたが、マリスの足は、ピタッと止まってしまいました。


「どうした? 嬉しくて、声も出ないか?」


 タペス王子は、ニヤニヤと笑いました。


 マリスには、王子の目に映っているのは、金貨に見えてきました。


「ご、ごめんなさい、王子殿下。わたくし、もう帰らなくては」


「なんだと?」


「失礼しますっ!」


「ああっ、待つのだ!」


 マリスは、タペスの腕をくぐり抜けると、素早い身のこなしで、一気に出口に向かって、駆け出したのです。


「誰か! そいつを捕らえろ!」


 タペスの怒鳴り声が、城中に響き渡りました。


 マリスはドレスを持ち上げ、死ぬ思いで逃げています。

 お城の外にある階段の手すりに乗っかり、シャーッと下りていきました。


 途中で、片方、ガラスの靴が脱げてしまいましたが、拾っている場合ではありません。


「ジュニア! 早く馬車を出して!」


 御者のジュニアは、馬車にマリスが飛び乗ると、大急ぎで馬車を出発させました。


「あら、お早いお帰りですね」


 家の庭に着くと、クレアがベンチに座って待っていました。


「まだ、9時前ですわよ」


「冗談じゃないわ。いくら王子様でも、あんなヤツ、ごめんだわ!」


「まあ、それは、お気の毒に。舞踏会は、本当に、もうよろしいのですか?」


「ええ、もうたくさんだわ」


「わかりました。それでは、カイルさーん」


 そう言ったクレアを、マリスは怪訝そうに見ました。


「へいへい」


 クレアの後ろから、ひょっこり出て来たのは、長い金髪の、ハンサムな男性でした。


「なんだかわからないけれど、カイルさんが、マリスさんと、お話ししたいそうです。それでは、お邪魔になってはいけないので、私は、帰りますね」


「え? あ、ありがとう、クレアさん!」


 クレアの姿が、元通り光に包まれ、そこから消えてしまうと、カイルが、笑顔で切り出しました。


「えーっと、まずは、カボチャの馬車のレンタル料が……」


「えっ? レンタル?」


 カイルは、羊皮紙に、ペンでさらさらと書いていきます。


「次に、ネズミのウマ四頭分と、このドレスは……ああ、この石はジルコニアのレプリカだから、おまけしてお安くしときやすよ」


「ちょっと待って。ドレスの宝石は、プラチナどころかレプリカなの? あの王子の目、腐ってんじゃないの?」


「よく出来てるでしょう? この石、俺が作ったんだよ」


「なんですって?」


 へっへっへっと、カイルは笑ってから、続けました。


「それから、髪飾りと、ガラスの靴もレプリカだから……あれ? 靴の片方は、どうしやした? なくしたんなら、弁償代もプラスして……で、全部のレンタル時間、2時間だから……お客さん、安く済んでよかったっすねぇ! 全部で、755億6879万4869リブになります」


「なんですって!? 明らかに、ぼったくってるでしょ!?」


 まだ事態がよく飲み込めないでいるマリスでしたが、おそろしい金額を支払われそうな危機的状況になっているらしいことだけは、わかりました。


「そんなにお金がかかるなんて聞いてないし、そんなお金、家中探したって、ありません!」


「お客さん、困りますねぇ。だったら、王子と結婚したら、いいじゃないですか。そしたら、払ってもらえるでしょう?」


 マリスは、王子もゲスだが、こいつもゲスだと思いました。


「冗談じゃないわ! あんな性格の悪いブサイク王子となんか、死んでも結婚したくないわ!」


「じゃ、そーゆーことで。はい、これ、請求書」


「ちょっと待って! そんなの受け取れないわ!」


 カイルは、走り去っていきました。


 残されたのは、羊皮紙の請求書のみです。




 翌日、タペス王子の命により、舞踏会で踊った花嫁候補を探す一団が、マリスの落としたガラスの靴を手がかりに、町の一軒一軒を回っていました。


 マリスの家にも、それは、やってきました。


 ガラスの靴は、サラにも、マリリンにも、合いません。


「この家には、もう一人、娘がいると聞いていますが?」


 大臣が尋ねますが、継母エリザベスは、笑いとばしました。


「確かに、おりますが、昨晩、あの子は、ずっと家にいましたから。舞踏会には、出かけておりませんのよ」


「なんですと? 国中の娘を参加させよとのご命令でしたのに、言う通りにされなかったのですか? それでは、あなたを処罰せねばなりません」


 厳しい大臣の言葉に、エリザベスは、青くなり、咄嗟に言いました。


「やっぱり、行きました!」

「それでは、この家に、もう一人、いるのですな?」

「はい」


 と、その時、上の階から、声がしました。


「あたしは、いないからねっ!」


 バタン! と扉の閉まった音が聞こえます。


「上にいるようだな。皆の者! 何が何でも、娘を連れて参るのだ!」


 騎士の一団は、ぞろぞろと階段を上っていき、屋根裏部屋へと、やってきました。


 扉を開けると、部屋の中には、誰もいません。

 よく見ると、窓が開いています。

 カーテンを破って結び、ロープのように長くしたものが、窓から地面に向かって下ろされていました。


 騎士団の中から現れたタペス王子は、首元に高級なトリの羽のたくさんついたマントをはおり、無駄に豪華な出で立ちでした。


「ここから、なぜか逃げたな! どうしてかは、わからないが!」


 王子は、急いで玄関に戻り、同じく、無駄に豪華な装飾品を付けまくった白馬に跨がると、マリスの逃げていったと思われる方角へ、ジャラジャラ音を立てながら、追いかけました。


 マリスは、ボロをまとった姿で、ものすごい速さで、森を駆け抜けます。


 鉄の靴で、いつも、部屋の壁を蹴っていた修行が、こんなところで役に立つとは、思いもよりませんでした。


「おい、貴様! なぜ逃げる!? この第二王子である俺様が、せっかく嫁にしてやると言っているのだぞ! 俺様は、金持ちなのだぞ! 何が気に入らないのだ!?」


 装飾品が揺れながらぶつかり合うガチャガチャという音をさせながら、白馬で追いついたタペスが、前に回ったので、仕方なく、マリスも止まりました。


 まばゆいばかりの、金箔の衣装が、イヤでも目に入ってきます。


「言ってみろ! なにが気に入らないのだ? 俺様と結婚すれば、宮廷の金は、思うがままだぞ!」


「あんたね、……そういうの、横領っていうのよ」


「構うものか!」


「最っ低ね!」


 マリスは、キッと、馬上のタペス王子を、にらみました。


「だったら、はっきり言わせてもらうけどねっ、あんたの、金にまみれた頭ん中と、そのゲスい性格が、我慢ならないのよっ!! 見た目も中身も、人としてブサイクなところがねっ! この性格ブサイク!」


 王子は、石のように固まり、雪のように白くなりました。



おーしーまい


 その少し前、マリスが、タペス王子から全力で逃げているのを、木の上から眺めていたカイルが、腹を抱えて、ゲラゲラ笑っていました。


「カイルさん、あなたって人は……!」


 彼の目の前には、すわった目をしたクレアが、すーっと、空中から下りてくるようにして現れました。


「ひっ! ク、クレア!?」


「マリスさんに、高額な請求をしたそうね?」


「えっ!?」


「私の目は、ごまかせませんよ。なんですか、この請求書の控えは!」


 クレアは、カイルの請求書の写しを、持っていました。


「マリスさんにお貸しした衣装は、レンタルでしたし、あなたの手作りで、材料費は銀貨一枚にも満たなかったはず」


「だ、だから、て、手数料だよ!」


「それだって、私が魔法で手伝ったんだから、せいぜい銀貨二枚ほどで足りるはずだわ!」


「ぎ、銀貨二枚……」


「ぼったくっては、ダメでしょう!」


「じょーだん! じょーだんだってば! ごめんなさ~い!」


「マリスさんに、謝ってきなさいっ!」


「はっ、はい~!」



今度こそ、おーしーまい!

(おいしい話には気を付けましょう!)

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