九十九

RAY

九十九


「――目が覚めると男は深い霧が立ちこめる森の中にいた。周りには、真っ赤な実が枝もたわわになった、ザクロの木がところ狭しと生い茂っている。

 突然、実のひとつがパックリと割れ、ドロドロとした、真っ赤な果汁がしたたり落ちる。男は思わず息を飲んだ。なぜなら、それはひたいを割られた人の顔に似ていたから。そう、昨晩手に掛けた、あの浮浪者の顔に。

 次々に割れていくザクロの実がうめき声をあげながら男の身体に噛みつくように張り付いてくる。

 男は全身をザクロの実に覆われ、その場に大の字に倒れ込んだ。まるで張り付けにされたような状態で動くことができなかった。泥濘ぬかるんだ地面に身体がずぶずぶと沈んでいく。助けを呼ぼうとしたが、ザクロの実が喉の奥まで入り込んで声を出すことはおろか息をすることさえままならない。

 必死に伸ばした右手。手首から先が地中から突き出た状態で男は息絶えた。

 そのときからだ。この時期になると血のような真っ赤なザクロが実るようになったのは……はい。これで九十九話ね」


 細いロウソクの火をふっと吹き消すと、部屋の中がまた少し暗くなった。

 火の点いたロウソクは残り一本。ボクたちの百物語はいよいよ佳境を迎える。



 八月中旬の金曜日の夜。都内にある、ボクのマンションに集まった、大学時代の友人たち。普段は別の会社に勤務する四人だけれど、時々こうして女子会を開く。

 全員アラサーの独身貴族。どのも決してブスでもなければ性格が悪いわけでもないけれど、は出てこない。


「ねぇ、久しぶりにしてみない?  百物語」


 食事が終わる頃、ボクが提案したのは大学時代に何度かやった百物語。

 あまり深い意味はなかったけれど、ちょうどでもあり、思い出話の代わりに怪談話をするのもまた一興かと思った。


 懐かしさも手伝ってか、みんな二つ返事でOKする。

 こうしてボクたちの百物語は幕を開けた。



「――いよいよ残り一話ね。百話目が終わったら何が起きるのかしら?  鬼が出るか?  蛇が出るか?」


 ボクは神妙な顔つきで声を潜めるように言った。

 時刻は午前一時を少し回ったところ。あたりは静寂に包まれ、室内にはどこか引き締まった空気が流れている。


 リビングのガラステーブルの上に立っているのは、災害用の太いロウソクが九本と細いロウソクが十本。すでに一本を覗いて火は消えており、互いの表情もよくわからない――と言うのは、百物語をするとき、ボクたちはそれぞれが距離を置いて座るのが慣わしだったから。


 言い出しっぺが誰だったかは憶えていないけれど、あたりが暗くなっていく中、それぞれが孤立した状態に置かれることで怖さが増すのを狙っての演出。

 意外と効果的で、自分が独りであるような感覚を覚えるとともに、近くにいるような錯覚に陥る。


「みんなして黙っちゃって……お葬式みたいじゃない? そんなに怖かった? ボクの話。さて、トリは誰がやる?」


 ダイニングキッチンのイスに座って頬杖ほおづえをつきながら、ボクはリビングに座る三人の方へ目をやる。

 ロウソクから離れていることもあり、それぞれのシルエットは見えるものの表情はよくわからない。ただ、どの顔も強張っているように見える。


 そんな中、一人掛けのソファに座るアサミのシルエットが小さく頷いたように見えた。


「あら、アサミちゃんがやってくれるの?」


「……RAYちゃんに言っておかなければならないことがあるの。二つ」


 普段なら聞き逃すような、小さな声でアサミがポツリと言った。

 アサミの演出なのか、どこかゾクゾクするような雰囲気が伝わってくる。


「さすがはアサミちゃん。その雰囲気、グッジョブ。で? ボクに言っておくことって?」


 アサミの一言に親指を立ててボクは小さく笑う。


「一つは、もう百話終わってるの」


「えっ? それって……ボクが数え間違いをしたってこと? テンション一気にダウン! アサミちゃん、数えてたんだ」


 「わかってても言わないで」。そんな言葉を呑み込んだ。

 アサミは普段から神経質で几帳面を絵に描いたようなタイプ。頼りになる反面、空気が読めないことがよくある。カチンと来たのは一度や二度ではない。


 努めて冷静に振舞うボクを後目しりめにアサミは続ける。


「もう一つは……わたし、もう『アサミ』じゃないの」


 言葉の意味はわからなかった。ただ、アサミが不機嫌になっていることは間違いない。彼女は精神が不安定になると手がつけられない。言い方一つでとんでもないことになる。

 他の二人が貝のように口をつむっているのは、彼女のことがよくわかっているから。

 アサミをフォローしようとボクはイスから立ち上がった。

 

 アサミのシルエットがゆらりと揺れる。

 次の瞬間、首から上の部分が床の上にゴロリと転がった。


「……ア、アサミ……ちゃん……」


 ボクは目を大きく見開いて両手で口を押さえた。


 ――ドサッ――

 ――ドサッ――


 間髪を容れず、何かが床の上に落ちる音が聞こえた。

 他の二人の方から。二回続けて。


 その音を聞いて、何が起きたか理解できないはずなどなかった。

 ボクは全身を震わせながらキッチンの方へと後ずさりをする。


 細いロウソクの炎がゆらりと揺れた。

 首から上がない、三つのシルエットがゆっくりと立ち上がる。


 声が出ない。呼吸ができない。身体中から噴き出した汗が化学反応を起こして瞬時に凍りつくような感覚がある。


 足元から声が――三つの声がハモって一つになった声が聞える。


「これが百話目。RAYちゃんも早くおいで」


 声にならない声を発しながら、ボクは狂ったように首を横に振った。

 そのとき、首のあたりに違和感を覚えた。












 ――ドサッ――



 

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九十九 RAY @MIDNIGHT_RAY

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