聖女は二度笑う

@ichiuuu

第1話

【聖女は二度笑う】 


グロ注意です。















「あああああ」

 耳をつんざくような悲鳴が、また私の鼓膜を揺らす。軽やかな、春の蝶のような柔らかさで。

 ここは呪われた青の騎士の古城。血を吐いてそのままにされたような色合いの古城に今、私は軟禁されている。尖塔はいくつも曇天を突き刺しては誇らしげに屹立しており、あたりは深い森のほか、これといった建物はない。 


私がここにきてもう三か月になる。力を失えど伯爵という身分のあるここの主は、どうも、人をいたぶって殺すのが趣味のようだ。ようだ、という表現は適切でないかもしれない。好きなのだ。こよなく、この上なく。毎日遠方の村からうら若き少女が連れてこられ

それらの眼を潰して、熱した壺を蕩けるまで抱かせるとか、順番に指を切っていって真紅に風呂を満たすとか、とかく思いついたら何でもここの主は残虐非道の限りを尽くす。そうとは言っておきながら、なにゆえ私は逃げ出そうとも、抵抗を示したりもしないのか。それはいつしか慣れたからであろう。ここの異常な生活の中で、まるでプリンセスのように扱われることに。


 【青の騎士】、ここの主、ウィザード伯爵エドガーは、私を溺愛している。北の尖塔に行く以外は、何をしてもよいと言われている。


よごと、エドガーは私のこのブルネットを愛で、青の瞳へ瞼ごしにキスを落とし、唇を執拗に細い指で撫でる。


私がこの城に連れてこられたのは、借金の金策の出来ない親に売られたからである。表向きはここの領主である伯爵に行儀見習いで預けるのだ、と言いながら、その実金貨三枚で私の命は売られたのだ。ホールで私を出迎えた騎士は三十と六だとは聞いていたが、もっと若くみえた。その藍の瞳はどこか闇を予感させ、唇などは血を舐めたように赤く優雅で、生れ落ちてよりこの十七年、今まで見たどの男より美しく気品があった。

エドガーは城に一人おずおずと入ってきた私を見、

「おお、よく帰ってきてくれた!!」

と感極まったように叫んだ。すぐさま私を抱き寄せ、はらはらと涙をこぼし、接吻した。誰かと間違えているのはすぐに理解できたが、その誰かが分からなかった。知りたくもなかった。彼が涙を流すその間でさえ、下男たちによる拷問で、女の悲鳴がホールの壁を走っていったからである。

「それはミエル様と間違われているのでしょう。ミミ様」

 そうして、まるでこの巨大な古城で姫のように扱われる私に、三人の下女がついた。そのうちの一人、マリエはある日、私の疑問にこう返した。

「ミエル様はご主人様が先の大戦に出た折、祖国の為に女の身ながら戦い捕まり刑死された、この国の英雄です。その方をご主人様は崇拝していらしたから、彼女と瓜二つのミミ様を愛さずにはいられなかったのでしょう」

 マリエはここの生活が長いのか、さして賢げな様子でもなかったが、すらすらと内情を答えた。祖国の英雄ミエルは、女だてらに英雄となり、敵の首を散々刎ねたのち、敵国に捕まって辱めを受け、その挙句火刑とされた。

「その方と、同じところに生きたい。だから」

 だから悪行を重ねるのだと、マリエは聞いたことがあるらしい。なるほど、頭のおかしいあの男が考えそうなことだ、と思った。つまりは大戦中首を狩って回った愛しき女と、ともに地獄に落ちていきたいのだ。なんと執念深い男だろう。私ならいくら麗容の男だとしても、死してまで付きまとわれるのは耐えられない。まあ、今はここの生活にも慣れたし、以前両親のもとにいた極貧の生活よりは数段もよいのだ。多少、主人の頭がおかしくとも、城の地下より悲鳴や雄叫びが駆け上ろうとも、気にせず楽しく暮らしていくのがいいのだろう。だって、私はあの男が愛したミエルの代わり。絶対に、殺されることはないのだから。

「おお、私の美しき宝物、ミミよ」

 私はあてがわれた、総キナリ色のレースをあしらったドレスを纏い、自室にエドガーを迎え入れた。エドガーは一人の少女を連れていた。年のころは、十四くらい、であろうか? ブロンドのあどけないばかりの、さしたる特色のない娘だった。エドガーはそれと手を繋いで、時折髪を撫でやりながら私に尋ねた。

「ねえミミ、この子にはどんな拷問がふさしいと思うかい」

 私はさしたる興味も、罪悪感もなく、はあとしばらく沈思した。

「汚いなあ」

 にわかに、厭な臭いがあたりに立ち込めた。少女がどうも失禁したらしい。かろうじて震える膝を立たせてはいるが、その顔は涙でぐちゃぐちゃになり、鼻はたれ、もともとお粗末な顔がよりひどいありさまになっている。「に、逃げ……」

 そう口走っては尿を垂れ流してはいるものの、エドガーの手は彼女より外れようとはしなかった。

(見苦しい)

 せっかく綺麗なドレスを纏い、整えられた赤の調度の部屋にいるのに、この娘はそのふさわしさをぶち壊しにしている。ただ殺されるだけの家畜は、なんと見苦しいのか。

「そうだ、こういうのはどうか」

 エドガーはにこやかに微笑みながら告げた。

「体の穴という穴を縫ってふさぐんだよ。口だけは残して。それに美味なものだけを突っ込むんだ。そうしたらもう二度と粗相はしなし、いったい人体がどうなるのか、考えてみるのはそれは楽しいと思わないか? なあ」

 エドガーが、泣きじゃくって捨てられるくちゃくちゃの紙のようになった少女を見、私へと笑顔を向けた。私は優雅に微笑んだ。

「それがよろしゅうございましょう」


「かわいそうに。あの娘は親と無理無理引きはがされて、この城に連れてこられて玩具となるのです」

 領内の花畑にマリエとでかけた折、マリエはふいにこんなことを口走った。おつきの騎士が離れたところにいて、私につい本音をこぼしたのだろう。私はふふっと笑んでから返した。

「そうかしら。あんな見苦しい子供、どうなろうと知ったことではないわ」

「でも」

「あの子と私は違うのよ。私はミエルの形代、英雄の生まれ変わりなの。絶対に殺されることがないの。いつ殺されるかもしれないあなたたちとは違うの。その意味が分かる?」

「は、はあ、けれど……」

「分かったらもう二度とおかしなことは言わないで頂戴。次言ったら承知しないから」

 私はマリエからふいっと顔をそむけて花つみに精を出した。その時はなぜ気づかなかったか。 マリエがにやと笑っていたことを。彼女が城へ騎士を走らせたことを、なぜ。

馬車を駆っている間、私は城に帰ってのちのことを考えた。とかく、マリエがエドガーに不満を持っていることを伝えねばなるまい。そしてひどい目に遭わせねばなるまい。思えばマリエは、この間もピンを髪にさしちがえ、私のつむりに突き刺した。散々謝罪されたが、よく考えれば許しがたい。時折無礼な嘲笑を浮かべる。許しがたい。そうだ。関節を伸ばしてもらおう。エドガーに言えば、すぐだわ。その時はそう考えていた。



 城に帰ってみるとすべてが変わっていた。

部屋の真紅の調度はすべて取り払われ、床の豪奢な絨毯もなく、石畳がただあらわになっていた。あんなにあまたあったドレスも、すべてなくなって、もはや私の頭は理解することをやめた。

「これは、どういう……」

「ああ、君も失格だったね」

 背後からエドガーが現れ、私へと苦笑を浮かべてみせた。

「失、格?」

 私が囁くように問うと、エドガーが小首を傾げてみせた。

「君ならミエルの代わりになるかと思ったんだが、違ったね」

「どういう、こと……」

 エドガーがくす、と微笑んだ。

「僕はね、ミエルの真の代わりを探しているんだ。君は容姿は満点だった。だけれど中身は違う」

「ご主人様はミエル様のような、お優しく、勇気ある女性を探していたのです。たとえば、主人がこのようなふるまいをしていたら、恐怖を押し殺して抵抗するような。あなた様には、それがありましたか?」

 あのマリエがしたり顔で問いかけてくる。

なに? なにを、言っているの? 

「この城で拷問を受けているのは、みんなそのテストに落ちたものなんです。ご主人様の、探し求めている方の、形代として」

「君もやはり、染まってしまった。この上は、失格だね」

 くすくす、と二人が笑いあう。

「それにしてもいい方法だったね。地獄に落ちることと、ミエルの代わりを探すこと」

「両方をかなえられる方法があったなんて」

なに? なにを言っているの? 

「さあ、手を繋いで、会いに行こう。北の尖塔へ」


◆◆

 舌を柔らかく切り取られ、言葉を失った私は、エドガーに連れてこられ、北の尖塔へ向かった。そこでは美しく着飾った女が、こちらへと冷笑を浮かべていた。エドガーは早速問うた。

「この娘はどうしたら楽しく遊べると思う? 君が考えた方法でいいよ。あ、汚いなあ。ねえ、そう思わないかリリー」

「そうですわね……そうだわ伯爵。この者の指をはねて、関節を伸ばしていくのはいかがかしら。目つきが気に入らないもの。眼も潰してしまいましょう」

 リリーと呼ばれる赤毛の女が笑った。私も少し、笑った。

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