後編

 定時報告を終え解散した私は、寄り道することなく家に帰った。

 長く留守をしている夫に代わり子供二人と家を守る美丈夫であるところの清美さんだが、アレで結構寂しがりなので、子供二人が学校に出ている間の時間はそばに居てあげないといけないのである。


 帰らないとどうなるかというと、清美さんが自ら私を探しに出てしまう。

 それは困るので、自発的に速やかに帰宅する私は飼い猫の鑑であると言えよう。


 勝手口の横に備え付けられた猫玄関をくぐり、猫マットで肉球を拭ってから家に入る。

 

 「…あら、マルマーお帰りなさい」


 するとそこには今まさに勝手口から出ていかんとドアノブに手をかけた清美さんがいた。もう片方の手にテレビのリモコンが握られている辺り、買い物というわけでもあるまい。

 どうやら間一髪間に合ったようである。

 以前、包丁を持ったまま道路に出ようとしていた事もあるので今後も油断はできない。


「おっ、マルマーおかえりー。いっつもどこ散歩してるの?お前は」


 珍しく瑠奈嬢がこの時間に家にいる。基本アクティブな性格である瑠奈嬢は、休日でも昼間は家に居ないことが多いのだが、今日はそういう気分ではないらしい。


 なあお、と一鳴きしてから瑠奈嬢がもたれかかるソファに登る。

 瑠奈嬢の太もも横にポジションを定め丸まると、やにわに背中を撫でられ始めた。

 勿論嫌がったりはせず、目を瞑り気持ち良さそうにして頭をすり寄せ、喉も鳴らす。 飼い猫の義務というやつだ。


 ふと瑠奈嬢の足元に目をやると、ベルが瑠奈嬢の足置きとして鎮座ましており、足裏でグニグニ体をマッサージされていた。


 うむ、飼い犬の義務というやつだ。やっていっているな。

 …いや本当にそうか?それで片付けていいやつか? ちょっとアウトに片足掛かってないか?

 問い詰めるようにベルを見ていると、「構うな」とでも言いたげに目を伏せた。

この変態め。


 「マルマー、いつもこの時間には家に居ないのよ。一体どこに行ってるのかしら」

 「あたしこないだ猫の集会見たよ。集まって何してるんだろうね~」



 …この星に存在する数多のバイオボット達は、その全てが己の母星に情報を送る為に存在している。故に、種類の異なるバイオボット間でもその認識はお互いに持っている。


 ベルが他所の犬の吠え声に反応して吠えれば「おっやってるな」と思う。

 私だけでなくこの近隣に住む全ての動物、昆虫、植物に至るまでそう思うだろう。


 しかし、唯一その共通認識の輪から外れている存在がいる。

 霊長類、即ち人間である。


 六千五百万年前、現在記録されている最後のインパクトの際に、ある銀河系がこのバイオボット競争に終止符を打つべく、恐ろしく高性能なバイオボットを完成させた。


 そのバイオボットは、基本的なスペックは低くはないがそれほど飛び抜けたものでもなかった。それまで主流であった大型爬虫類系バイオボット、恐竜に比べれば遥かに脆弱な存在であった。


 しかし、その代わり環境適応、及び学習能力がズバ抜けていたのである。

 特に、周囲の環境を観察・学習し、それに合わせて行動様式を進化させる機能は、これまで淘汰適応を軸にしてきたバイオボットの常識を打ち破るものであった。


 この驚異的な発明を見て、誰もがこのバイオボット競争の終結を予想した。

 そして事実そうなった。

 しかしその経緯は全く予想外のものとなった。


 肝心の、端末にアクセスし母星に情報を送る機能が動作しなかったのである。

 一体これはどういうことかと責任者が開発者を問い詰めると、こう返ってきた。


 「機能自体は間違いなく組み込んだ。ただ、どうしても新機能をつけるのに邪魔だったので、前提知識は抜いた。それでも機能は本能レベルに組み込んであるので動作するはずなのだが、予想外だ。我々は悪くない」


 そもそもバイオボットの進化が頭打ちになり始めていたのも、その部分のウェイトが重く、多くの機能をつけられなかったからである。それ故にどこの銀河系も一体どうやってあんな高機能をと首を傾げていたのだが、この顛末には皆がひとしきり笑ったあと呆れ返った。


 典型的な「本末転倒」の事例であった。

 成果を求める上層部から重圧を掛けられた責任者と、ただ純粋に性能を追求したかった開発者の思惑がいびつな形で噛み合ってしまったのであろう。

 

 更に、「驚異的な力で地上の主導権を握り、自ら環境を書き換え続ける代わりに

送信機能を失った情報バイオボット」人類の活躍が追い打ちになり、なんとなくこのバイオボット競争に白けた空気が漂ってしまった。


 そうなるともう駄目なのが世の常というやつで、現状ではどの銀河系もバイオボット開発に力は入れていないらしい。


 …まあそれでも、我々は母星に情報を送るためにこの星に遣わされた、繁殖型自己保存情報バイオボットであるからして、特にそういう事情とは関係なく、今日も明日も情報を送り続けるのである。





 「瑠奈、いつまでスマホいじってるの。さっさと課題やっちゃいなさいな」

 「ん~あとちょっと~」


 瑠奈嬢は最近SNSというものにご執心らしい。

 聞くところによると地表に張り巡らされたネットワークを介しての情報交換システムだとか。


 我々は予め星に埋め込まれたスフィアにアクセスすることで、同種のバイオボット達と相互に意識接続することが出来る訳だが、それの原始的なシステムということだろうか。


 …今、何か脳裏に引っかかるものがあったのだが、なんだろうか。

 頭を捻って考えていると清美さんがパタパタ走ってきてテレビの電源を入れる。


 「いけないいけない、忘れる所だったわ。折角のパパの晴れ舞台だものね」


 テレビでは、日本による何度目かの有人宇宙飛行を控えた記者会見の中継が行われていた。 そしてそこには、遠い地から我が家を支える大黒柱、「高原昇雄(たかはら・のぶお)」45歳が映っていた。


 「数少ない日本人宇宙飛行士としてこの度選ばれた高原さんですが、どのようなご心境でしょうか」

 「申し訳ありませんが、正直私は『日本人として』という意識はあまり持っておりません。宇宙に進出し、その果てを目指すことは人類にとっての義務であると私は考えております。その礎となる一歩を任せられたことは大変光栄であり、全身全霊を以ってその任を全うしたいと…」


 清美さんがテレビの前で感動に打ち震え、目に涙を浮かべている。

 瑠奈嬢も、流石に実の父が人類史に偉大な一歩を刻むとあっては、興奮が隠せないらしい。

 そっけない表情をしながらも、テレビから目を離せないでいる。


 一方私は、なんというか、少し思い至ることがあり、なんとも言えない気持ちでテレビを見ていた。

 ベルの方を見るとこいつも同じ気持ちらしく、私と同じような表情をしている。


 だが、まあ。

 だからと言って、いまさら何がどうなるという訳でもあるまい。

 ならば私は高原家の飼い猫「高原マルマー」として、ご主人の門出を祝福するため、エールの一つでも贈ろうではないか。


 私はテレビに向かって「ナァ~~~オ」と声高く鳴いた。

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マルマーの呟き 不死身バンシィ @f-tantei

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