二人旅 -その存在は罪なのだろうか?-

湖城マコト

浜辺の二人

 夜の浜辺に、白いワンピースにサングラスという出で立ちの女性が佇んでいた。潮風になびく黒髪が美しい。

 時刻は午後9時過ぎ。それ程遅い時間というわけでもないが、片田舎ということもあり辺りに人の気配は無い。今この瞬間、この浜辺は彼女だけのものだった。

 そんな彼女だけの時間に水を注していいものか、アキラは少し悩んだが、好奇心には抗えず声をかけてみることにした。


「夜の海は素敵です」


 どうやら女性はアキラの存在に気付いていたらしい。アキラが声をかけるよりも先に、女性の方から語り掛けて来た。


「僕も、夜の海は好きです」


 これは方便ではなくアキラの正直な感想だ。日中の地平線を望む雄大な海も好きだが、夜の闇に染まった深みを感じさせる海も嫌いじゃない。


「地元の方ですか?」


 女性の問いかけに、アキラは首を横に振る。


「バイクで全国を旅している途中です。この町には夕方到着しました」


 愛車は浜辺近くの駐車場に停めてある。海風に当たりたくなりこの浜辺にやってきたら女性と遭遇した次第だ。


「君も旅行で?」


 わざわざ地元の人なのかどうかを訪ねて来たのだ。何となくそんな気がしていた。


「そんなところです」

「じゃあ僕達は旅仲間ってことになるね」

「そうなりますね」


 上品に笑うと女性は砂浜に腰を落ち着けた。アキラもそれに習い、胡坐をかいて隣に座り込む。


「大きなサングラスですね」


 女性の顔の上半分はサングラスに隠されている。人のファッションに口出しするべきでは無いとは思うが、サングラス越しにも彼女の横顔はとても美人で、サングラスで隠してしまっているのはもったいなく思えた。


「夜だとサングラスは不便じゃないですか?」

「……人に顔を見られることが嫌いなんです」


 失言を悟り。アキラはすぐさま謝罪しようと思うが、話しは意外な展開へと転んでいく。


「それに、サングラスをしていても私の視界に問題はありません」


 声色から察するに、怒っているわけではないようだ。


「というと?」

「私はアンドロイドですから」

「なるほど」


 確かにアンドロイドの高性能アイならば、サングラス程度は視界を遮る要因にはなり得ない。


「アンドロイドの一人旅というのは珍しいね」

「確かにそうかもしれませんね」


 アンドロイドに感情が備わり、独立した一つの個として世に認知されて久しいが、それでもアンドロイドは人間とセットで行動するのが一般的だ。そういう意味では一人旅中のアンドロイドというのは珍しい。


「旅の目的は何かあるのかい?」


 立ち入り過ぎた質問かとも思ったが、アキラは自分の中の好奇心を抑えきれなかった。アンドロイドが一人旅する理由はとても気になる。


「……便宜上旅と言いましたが、実際には少し違います」


 女性は俯きながら立ち上がり、ワンピースに付着した砂を払った。


「旅ではない?」

「私は逃げているんですよ。この社会から」

「どういう意味?」

「私が、こんな顔をしているからです」


 不意に彼女はサングラスを外し、その素顔を僕にさらしくれた。月明かりに照らされた彼女の素顔は――


牙城がじょうリンネ……いや、彼女を模したアンドロイド。リンネタイプ」

「流石にこの顔の知名度は抜群ですね」

「まあ、この国に暮らしていればね」


 サングラスを外した彼女は、清楚で知的な印象を与える美しい少女の姿をしていた。右目の泣きぼくろや切れ長の眼。その顔は、学生時代にニュースで見た牙城リンネそのものだ。


「私が顔を見られるのが嫌いだと言った理由が分かったでしょう?」


 牙城リンネは日本史上最も多くの人間の命を奪った犯罪者とされている。事件当時の彼女は17歳。現役の女子高生であった。

 事件が起こったのは10年前の11月。

 牙城リンネは自らの手を汚さずに50万人近い人間を殺害した。

 凶器の正体はプログラムだ。この時代、自動運転の車の普及率は90パーセントを越えており、車は乗るだけで目的地まで連れて行ってくれる箱という常識が成り立っていた。

 天才プログラマーでもあった牙城リンネはそこに目をつけ、独自に開発した自動運転の車を暴走させるプログラムを無差別にばら撒き、事故を誘発させた。同時多発的に起こった自動運転の異常は全国各地で甚大なる多重事故を巻き起こす。

 結果。死者50万人。怪我人が100万人強という前代未聞の大参事となった。

 牙城リンネが何故このような大事件を起こしたのは、その理由は未だに不明のままとなっている。何故なら彼女は事件発生時にすでに死亡していたからだ。

 牙城リンネは事件の起こる数日前に自動運転を狂わせるプログラムを完成させ、プログラムが日本中にばらまかれるように設定。その日のうちに製鉄所に侵入し自ら溶鉱炉に飛び込み自殺した。

 遺書の類は発見されず、自殺の理由も犯行の動機も一切が不明。事件の本質も知れぬまま牙城リンネは容疑者死亡で書類送検され、事件は後味の悪い幕切れとなる。


 だが、唐突に最愛の家族を失った遺族の怒りと憎しみは当然治まらなかった。

 犯人は事件の前にすでに死亡しており、法の裁きを受けることも無かった。

 最愛の人を奪った憎き犯罪者に苦痛を与えてやりたい。

 そんな感情が世間に浸透し、一つの狂った発想が生まれてしまう。


 事件から一年半が経過した頃。


 ――牙城リンネへの怒り。アンドロイドにぶつけてみませんか?


 あるアンドロイド開発メーカーのホームページ上。新商品紹介のページに、そんな一文と共に一体のアンドロイドの写真が掲載される。

 アンドロイドの顔は牙城リンネにそっくりだった。顔だけでは無い。身長、体重、スタイル、足のサイズ、肌色、黒子の位置、髪質、声質。牙城リンネの外見を形成するあらゆる要素が、そのアンドロイドには詰め込まれていた。


 牙城リンネを模したアンドロイド――通称リンネタイプは飛ぶように売れた。

 購入者の大半はあの事件で大切な人を失った人達だった。

 購入者たちは牙城リンネへの怒りを、彼女を模したアンドロイドへと向けて行った。斬る、刺す、折る、捩じる、焼く、溶かす、跳ねる、落とす、沈める。相手は人間では無くアンドロイドだ。遠慮なんていらない。罪にも問われない。壊してしまってもまた代わりを購入すればいい。

 リンネタイプに暴力を振るったのは被害者遺族だけではなかった。事件と直接関係の無い人間も、ストレス発散や破壊衝動を満たすためにリンネタイプを求めるようになり、それが影響してか犯罪の発生率もこの時期異常に増加した。

 社会は間違いなく狂っていた。

 異常な事態に警察も動き出し、リンネタイプのアンドロイドの製造及び流通は全面的に禁止となる。

 そして、すでに流通してしまった個体に関しては……

 

「確かに簡単に顔はさらせないね。社会から逃げているという意味も、君がリンネタイプであるなら納得だ」

「はい。私達リンネタイプは警察や行政に発見され次第、身柄を拘束されてスクラップ行きですから」


 この8年の間に、市場に出回ったリンネタイプの9割が回収され、廃棄処分となった。社会に大きな混乱をもたらしたリンネタイプ。それら全て葬り去ることを社会は選択した。彼女たちが感情を持つ個であるにも関わらずだ。


「酷い話しだ。君達には何の罪も無いのに」

「きっと、存在自体が罪だったんですよ」

「存在が罪か……」


 その悲しい一言が、アキラの胸にも強く刺さった。存在を罪と言われる苦しさは、少しだけ理解出来るような気がする。


「今更だけど、自分がリンネタイプだって僕に告げても良かったのかい?」

「警察に通報しますか?」

「しないよ。警察は大嫌いだし。ただ、あっさりと顔を見せてくれたことが少し意外だったから」


 廃棄から逃れるために、彼女は8年間一人で生き抜いてきたのだろう。きっと警戒心だって強いはず。それが、あんなにもあっさりとサングラスを外し、正体を明かしてくれたことがアキラには疑問だった。


「あなたが、私に似ているような気がしたから」

「どの辺が?」

「あなたも多分、何かから逃げています」

「……凄いな。君は心が読めるのかい?」

「いえ、何とくそう思っただけです。勘というやつでしょうか」

「勘か」


 アンドロイドにも感情が備わり、感覚的に物事を捉える時代に来ている。

 そんな時代において、アンドロイドを怒りをぶつけるための物として見ていた8年前の事件は、やはり異常だったのだとアキラは思う。


「僕は君の正体を知ってしまった。公平をきすために、僕の正体も教えることにするよ」


 アキラはその場で立ち上がってジーンズに着いた砂を払い、リンネタイプのアンドロイドと向き合う。


「実は僕、殺人の容疑で指名手配中でね。全国を旅しているってのはそういうこと」

「あなたは、悪い人なんですか?」

「僕は何もしていないよ。運悪く罪を着せられてしまってね。真犯人が誰なのかは分かってるんだけど」

「真犯人に心当たりがあるなら、どうしてそれを訴えないんですか?」

「それが、実に困った話しなんだけど、真犯人ってのが警察幹部の身内でね。組織ぐるみで僕に罪を擦り付ける気で満々なんだ。だから、今の僕には逃げることくらいしか選択肢が無くて」

「……酷い話しですね」

「お互いにね」


 アキラは苦笑して頭を掻いた。境遇を考えれば、自分よりもリンネタイプである彼女の方が大変だったろうと思う。


「そういえば、まだ名前を名乗ってなかったね。僕の名前はアキラだ」

「アキラさんですか」

「君の名前は?」

「私に特定の名前はありません。みな私のことを牙城リンネと呼ぶか、悪魔だゴミだと蔑むだけでしたから」

「それじゃああんまりだ。君だけの名前は絶対に必要だよ」

「私固有の呼び方なんて、型番くらししか」

「ちなみに型番は?」

「C7型です」

「C7型……シーナナ……シーナ……これだ!」

「はい?」

「僕は今から君のことをシーナと呼ぶ。名前っぽくっていいだろう」


 名前を聞き、リンネタイプの女性は一瞬キョトンとした様子だったが、次第に表情には笑みが溢れていく。


「シーナ。私の名前。名前なんて貰ったの初めてです」

「じゃあシーナで決まりだ。これから誰に何と言われようとも、君の名前はシーナだ。いいね?」

「はい。今から私はシーナです」


 愛嬌のある顔でシーナは笑った。名前など記号に過ぎないという者もいるだろうが、やはり名前は個を証明する上で重要な要素の一つだ。

 自分だけの名前と独立した一つの個性。この二つを持つシーナはもうリンネタイプなどでは無い。シーナというたった一人の存在だ。


「シーナ、君はこれからどこに行くんだい?」

「分かりません。逃げるだけの宛ての無い旅ですから」

「僕はこれから北へ向かおうと思っているんだけど、もし良かったら一緒に行かないか?」

「アキラさんとですか?」

「もちろん無理にとは言わないよ。ただ、旅は道連れとも言うし、このまま別れてしまうのは少し名残惜しい気もしてね」


 人間とアンドロイド。種類は違えど、互いに理不尽に社会から弾かれ警察から逃げている。いわば似た者同士だ。シーナとはもっと色々な話しをしてみたいとアキラは思っていた。

 シーナに対して手を差し出す。彼女がこの手を取ってくれるかどうか、アキラは内心ドキドキしていた。


「分かりました。一緒に行きます。私も一人旅には飽きてきたところです」

 

 シーナはアキラの申し出を受け入れ、その手を取った。

 お互いに一人旅はここでお終い。

 今日からは二人旅だ。


 早速二人はアキラのバイクが停めてある駐車場へと向かう。

 浜辺から石段を上りきり、先程よりも高い位置からシーナは夜の海を見渡す。


「やっぱり、夜の海は素敵ですね」

「そうだね」


 月明かりを反射した海面は、光の道のようでとても美しかった。


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