後編 ただある普通な男の呟き
ジリジリジリ
目覚ましのベル音によって目覚めた僕は、その目覚ましを掴み床に投げつける。
ガシャンと見なくても壊れたことが分かる音が鳴り響く。
やってしまった。こんなことをしたのは初めてだ。
もうどうでもいいか。とりあえず支度をしよう。
昨夜の晩に今日食べようと思って残していたカレー鍋を覗きシンクにつっこむ。
これで今日の分の朝食は無くなった。コンビニに行くことを決意する。
無論そのための準備は怠らない。
若者の必需品であるスマホ、そして財布、最後に五分五分の確率で必要になると思われる包丁をバッグの中にいれ外出。
戸締りは忘れない。3回ほど確認した。
アパートの階段を降りて最寄りのコンビニまで徒歩3分。
弁当と菓子パンを数個に掴みとる。
レジに人はいなかったので千円札をカウンターにおいて出ていった。
世界はループしている。
今回で4回目の今日になる。
何でこんなこと起きているのかは分からない。
誰かが死んだわけでも何かに触ったわけでもない。もちろん何か悪いことをしたから巻き戻ったわけでもない。
起因が無いから、推測のやりようが無かった。
だから僕はあるがままに生きる。
そのまま家に帰らず大学に向かう。
門の近くに立っている警備員に深々とお辞儀。
その後ソファーで買ったパンを食べる。
その後1限目の授業に参加する為2階にある教室に向かった。
本来50人ほどいるはずの講座は、時間ぎりぎりなのに3人ほどしかいない。
1限が始まるチャイムが流れるが、3人だけであった。
それから10分経過。
もう次からはこの授業を受けないことを決め席を立つ。
続いて他の2名も席を立った。
暇になったので図書館にいって読書でもする。
とりあえず護身術の本でも借りようかと探していると、2人の男女が交わっていた。
訂正、強姦されていた。
僕に気付いたのは男の方。一瞬通報されるかと思ったのか青ざめた。
しかしすぐに血色がよくなり、次第にはこんなことを言い出した。
「おい、なんなら参加するか」
彼が言っているのは実に合理的な話である。
僕も参加した方がメリットがでる違いない。
それでもだめだ。
「いいえ。ただ解放してあげてください」
「はっ、まさかお前」
四の五の言わせる前に鞄に入れていた包丁を取り出した。
「そんなものでオレを脅す気か?」
「いいえ。脅しはしません」
太ももに刺した。
絶叫、図書館内は静かなためここにいた全員に聞こえただろう。
「逃げますよ。立てますか?」
「……え? あ、はい」
多分誰もこっちの様子を探ってこないため、身だしなみを整える時間はある。
男の方だけを向き、包丁を引き抜いた。
再び叫び声が大きくなった。
さすがに血だらけの包丁を持っていくのはまずいと思ったのでそのままにしておく。
多分警察には捕まらない。
とはいえこのままじっとするのは良くないと思い遠くに逃げる。
世界はループしている。
花子さん(仮名)を見送り一度家に帰る。
救急車のサイレンが鳴り響くがそんな事は気にしない。
借りてきた本を片手にネットの掲示板を開く。
今この瞬間は新聞やテレビよりも掲示板の方が有益なことが書かれている。
ただまあ、どこのスレッドにも同じ内容しか書き込まれていないが。
世界はループしている。
・【4周目】ループ世界の対策をみなで考えるスレpart212(1000)
・バイトなんてやってられねえ(556)
・レイプしたったwww(334)
・ワイ教師、授業をさぼる(229)
それを覚えているのは僕だけじゃない。
全世界の人間が8月3日を4回繰り返している。
僕だって人間だ。あの時ああしたかった、ああすればよかったと、やり直したいなんて思ったこといくらだってある。
でもそれはあくまで自分だけが大前提の話だ。
自分も含めたすべてが覚えているなんて想像もしなかった。
しかしだからこそ想像しないといけない。
万人がループを記憶していればどうなるか。
1周目なら戸惑って終わる。なぜならそのループが何処から始まり何処で終わるか把握できないから。
2周目からその意味が変わってくる。
始まりは日本時間8月3日。午前8時。
中国ならばプラスの2で午前10時、イギリスならばプラスの9で午後5時からループが始まり、そこから24時間経過するといつのまにか最初の時刻に巻き戻っている。
僕は1度ループしたときに24時間起きていた。しかしいつのまにか寝ていた。
少なくとも目覚ましをセットしていなかったのに、目覚ましの音で目を覚ました。
そうした人間は他にも大勢いたが、誰もが同じことを言っている。
気が付いたらリセットされていた。と。
そして多くが真相に辿り着く。このループに原因は無い。
3周目、僕は自殺した。
ロープによる絞首自殺、誰も助けに来れないように部屋を密室にして実行した。
その結果が4周目、つまりは今回の周回であった。
どう頑張ってもこのループからは逃れられない。それが僕が出した結論。
ならばいつか終わると信じてありのままに生きる。
しかし僕がありのままに生きるとしても社会がありのままに成り立つとは限らない。
8月3日が永遠に続くという事は、1週間は月火水木金土日から火火火火火火火に。
小中学生は永遠の夏休みを過ごせるかもしれないが、大人になれば永遠に仕事が終わらなくなる。
その日が休みならば少しはマシだろうが、火曜日が休みなんてひとは大人なら7割もいない。
社会の歯車との表現があるが、それならば一体いつその歯車に油をさすのか。
今日休暇をとって旅行に行っている同僚に、仕事を頼めるのか。
無理だと分かってかといってやる気がなくなれば、やらなくなる。
実際コンビニでバイトがいなくなったのはそのためだろう。
いいや、同期が授業にやってこなかったのも講師が来なかったのもそのためだ。
する意味がない。
何を好んで5日続けて同じ仕事をしたがるのか。
そして厄介なことに、サボっても明日には何もなかったことになる。
何をしてもいい世界。
何をしても成さない世界。
何をしても意味がない世界。
何をしても取り返しのつく世界。
あと数周すれば、法やモラルは完全に崩壊する。
このループは一体いつ終わるのだろう。
永遠に繰り返されるのか。
それともひょっとしていつか終わるのか。
男は女を犯しても子は出来ないため責任を持たなくていい。
女は男に抱かれたとしても、翌日になれば身は潔白になる。
金をいくら浪費しても明日になれば帰ってくる。
金をいくら稼いだとしてもそれは数時間で消失。
花子さんだってひょっとしたらこの先僕に助けられたことを忘れるだろう。
というか僕だって忘れる。
明日になれば元に戻る世界で、助けるという行為に意味なんて無いんだから。
しかしだ。かといって何をしてもいいわけじゃない。
何故ループが起きているか分からない、つまりはいつループが終わるかもわからない。
ひょっとしたら今日が最後のループかもしれない。
そうなったらレイパーを包丁で刺した男として、僕は警察に捕まるだろう。
でも終わるまで100回、1000回必要だったらどうなるだろう。
2000回目のループでは、一体誰がまじめに働きまじめに風紀を守るのか。
そして2000回を経験した時に、時が動き始めたら人々はまともに社会に復帰できるのか。
もっというならこれはあくまで個人の話。
国家レベルではもっと違うことになる。
A国がB国に攻撃したとして、戦争を宣言するのに数時間必要。
その数時間でやり直しが起きたらどうなるのだろうか。
死んだ記憶は残っているのに誰も死んでいない。
証拠もないため、そのまま戦争になればB国こそが悪となる。
逆に同じことをB国がA国にした場合、もう連鎖は止まらなくなる。
1日で持てる兵器を全て使い切り攻撃を仕掛けるに違いない。
その戦争が他所に広がらないとも限らない。
銃を持っていない日本は安全な国だが、核を持っていない日本という国は、国家間では全くの無力になる。
これは僕個人の妄想によっているため、実際にどうなるかはなって見ないと分からない。
その予測が正しければ、人類は衰退の道を辿るだろう。
今まで時は普遍であり不変だったから精一杯全力で生きた。
人の命は儚くまたたった一つであるから大切にされてきた。
しかしこうなってしまえば、どこかに「ひょっとしたら明日はまた繰り返されるんじゃないか」としこりが残る。
努力が無駄になると知って、失敗がチャラになる可能性があると知って、はたして人はまじめに生きるだろうか。
僕はきっと無理だと思う。
ここは何度もリセットされる世界。
人類が築き上げてきた思想や理念は、激流に呑まれたかのように消えていく。
ループ世界で持ち込めるのは知識だと思っていた。
しかし真に持ち込むのは恨み辛みだけだ。
僕は女を助けるために包丁で刺した。当然恨みは買われる。
多分いつかのループで、レイパーに僕の住居を突き止められ報復を受けるだろう。
護身術を覚えた所で、時は無限になるのだからレイパーだって何かしらの対策をするに違いない。
借りてきた護身術の読書が終わり日は既に沈んだときの感想が、それだった。
今日は疲れたのでもう寝る。ただ寝る前に考え事をした。
もしも「好きなだけ使えて、好きな時間まで巻き戻せて、好きなだけループを覚えられる人を決められる」リセットスイッチがあり、それを使っている人間がいるとしよう。
そいつは恐らく巻き戻す時間を24時間に、そして覚えていられるのは自分を含まない人類だけにしている。
そいつにとって最終的に人類はどう見えるのだろうか。
そいつが人類を滅ぼすつもりでリセットボタンを押し続けたら終わりは来るのだろうか。
そいつにとっての労力は24時間、だが僕らにとって一生分の労力。
多分誰も咎められない。
確信を持って言えるのは、企んだのは間違いなく悪魔だってことくらいか。
考えても無駄なことを考えることこそ眠りに着くための最善な手段。
寝る前の夢物語。
いつの間にか目を閉じ心地よく眠っていた。
ジリジリジリ
今日もまた、
手堅く人類をリセットする方法 いちてる @ichiteru
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