こい

桜 導仮

こい

 私は恋をした。

 とある日の夕暮れ。

 普段は人気のあまり無い公園が騒がしい。

 気になり覗いて見ると、一人の男性が子供達に囲まれていた。

 こども達の中心はその男ではなく、男の操る人形だった。

 その人形はまるで生きているかのように踊った。

 私は、ただただ遠目に眺めていた。

 人形では無く、男の事を。

 一目惚れだった。

 夕方のチャイムが鳴り、子供達が帰っていく。


 お見事でした。


 私がそう声をかけると男は、


 ありがとうございます。


 そう気恥ずかしそうに答えた。

 私達はそこで話し込んだ。

 どうやら私達は気が合うようだった。


 次の日も、その次の日も彼は同じ公園で練習をしていた。

 その度に私は彼のそばに行き彼の踊らせる人形を眺めた。

 彼の周りにはいつも子供達がいた。

 本当は彼を独り占めしたかった。

 でも、私は大人なのだからと自分に言い聞かせて我慢した。


 ある日、私は決意した。

 告白しよう。

 折角だから何処かに誘って。

 そう思ったらすぐ行動に移していた。

 彼から聞いたメールアドレスを使い彼にメールを送る。

 文面は、


 お話があります。


 そして、約束をした当日。

 待ち合わせ場所に三十分早く着いた。

 流石に早かったと思う反面、身だしなみを整える時間が出来て良かったと思った。


 時間丁度に彼は来た。


 まった?


 彼は訪ねてきた。


 ううん。私も今来たところ。


 私は嘘を付いた。

 彼が、


 それで話って?


 聞いてきた。

 私は戸惑ってしまった。

 あー、だの、えー、だのと言って時間を稼ぐ。

 そこで思いつく。


 近くに大きい公園があるのでそこに行きましょう。


 とっさに言った。


 分かった。行こうか。


 彼は言った。

 そして私は思い出す。

 あそこはカップルだらけだと。


 公園についてみると案の定カップルだらけだった。

 私はあまり人気の無いところを選んで座った。

 彼も隣に座ってくれる。

 それだけで心臓が高鳴った。

 声を発しようとしても、喉に何か詰ったようで声が出ない。

 彼が話し掛けてくる。


 ここは良い所だね。


 私はそれだけで嬉しくなった。


 そうでしょ。私もお気に入りなの。


 私は意を決し、


 大事なお話があります。


 言ってしまった。

 もう、後には引き返せない。


 好きです!


 しばらく沈黙が続く。


 えーと、それはlave的な意味で? それともlike的な意味で?


 彼も分かって言っているのだろう。

 私は彼の頬にキスをした。


 こう言う事です。


 頬が熱くなるのが分かった。

 沈黙の後、彼が言う。


 俺なんかで良いのかい?


 あなたじゃなきゃ駄目なんです。


 彼は考え込む。

 その時間がとても長く感じた。


 不束者ですがよろしくお願いします。


 それが彼の答えだった。


 その後は一緒に御飯を食べに行ったり、買い物に行ったりした。

 とても幸せだった。彼といれるだけで。

 ある日、彼の家に行く事になった。

 私はとても緊張したが彼が実家暮らしでは無いので少し安心した。


 彼の家はとてもシンプルだった。

 必要最低限の物しか無かった。

 しかしその中で一際目を引く物があった。

 人形だ。

 彼の部屋には日本人形から西洋人形、果てはデッサン用のまであった。

 その異質な光景に身を引きそうになるが私はこらえた。

 彼はその中に平然と溶け込んでいた。


 それからと言うもの私は何度か彼の家に行った。

 何回も行く内に人形には慣れてしまった。

 私が彼の家に行く度に彼は私の体を求めた。

 最初は恥ずかしかったがそれも慣れてしまった。

 しかし、ある日からパタリと。

 それでもたまに彼の家に行く事はあった。

 だが世間話などは無く体を重ねるだけだった。

 その内私は心配になり彼に聞いた。


 私の事嫌いになったの?


 そんな事は無いよ。


 その台詞を聞いても安心する事は出来なかった。


 それからと言う物も、私が心配になるたび、

 私の事嫌い?

 私といてつまらない?

 などと聞いても彼からは、


 そんな事は無いよ。


 それしか帰らなくなった。

 明くる日


 私はあなたの本当の言葉が聞きたい。


 私は聞いた。

 彼は黙った。


 このまま分からないままは辛いよ。


 彼は答えない。


 苦しいよ。


 私は乞いをした。


 彼が口を開く。


 聞いても後悔しないかい?


 私は頷く。


 俺は君の事を玩具としか見ていない。


 ショックだった。

 それでも私の心は本物だから。


 それでも私はあなたに付いて行くよ。


 そうかい。


 彼はそう言うと私を、いや、私の体を求めた。

 それからと言うもの私の扱いは酷くなっていった。

 彼と会うのは彼が言った時以外会う事は無くなった。

 しかし、いつの日からか彼が私の体すら求めなくなった。

 気が狂いそうだった。

 私は彼無しでは生きられないのに。

 そんな日が何日続いただろう。

 私は我慢出来ずに彼の家に行った。

 合鍵は持っていた。

 鍵を開ける。

 懐かしい彼の香りがする。

 玄関には懐かしい彼の靴。

 それに、その隣の見知らぬ女物の靴。

 私はその場に崩れ落ちる。

 分かっていた。

 いずれはそうなると。

 解っていたはずなのに。

 奥から彼が出てくる。


 どうしてなの……。


 声を振り絞る。


 飽きたんだよ。


 ならそう言ってくれれば良かったのに……。


 そう言ってお前は諦めるのか?


 ……。


 声が出なかった。

 頭の中はグチャグチャだった。


 飽きた玩具は押入れの奥に入れておくか、捨てるだろ。


 彼が言い放つ。


 なら私はこれからどうすれば良いのよ!

 あなた無しじゃ私は生きられないの!

 あなただけが救いなの!


 私は顔を上げ叫ぶ。

 彼と目が会う。

 酷く冷たい目だった。

 それこそ壊れた玩具を見るような、そんな目で。


 壊れた玩具はもういらないんだよ。


 彼は言うと私の前に包丁を投げてきた。

 私は頭がグチャグチャなのにちゃんと理解できた。

 私はもういらないんだ。

 壊れた私に価値は無いんだ。

 玩具が壊れたら捨てられるんだ。

 私は包丁を手に取る。


 私は、

 恋し、

 乞いをし、

 故意にする。

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こい 桜 導仮 @touka319

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