第5話 永遠
「ねえ。」
いつものようにネイルを熱心に塗る彼のつむじに話しかけた。
「良い呪いは浮かんだ?」
「全然。腐り落ちるの、どうしてもダメ?」
「ダメ。」
私の声のトーンで、彼は私が彼の思惑に気づいたことを理解したようだった。
「どうしようかなあ。」
彼はつぶやく。
「毎日ネイルを塗れば良いじゃない。」
「うーん。」
「前に読んだ小説で、自分を振った男の結婚式に行って、相手の女の薬指を切り落とすって話があったんだけど。」
「え、女の方?」
「そう、びっくりだよね。」
「なんでそっちだったんだろ。」
「二度と幸せになれないように、だって。」
「うーん。別にそれはいいんだけどさあ。」
「うん?」
彼は珍しくもごもごと口ごもる。
「いいんだよ、別に俺と別れた後、他の男と結婚するかもしんないし、もしかしたら本当にリンはしないかも。」
「うん。」
珍しく上手に塗れた薬指を私はハジメから取りかえす。ハジメはじっと私の薬指を見つめながら信じないと思うけど、と続けた。
「俺たぶんすごくリンの事が好きだよ。たぶんずっと好きだよ。俺にリンの薬指ちょうだいよ。」
「やだ。」
ふっ、とハジメは笑った。
「だめかー。」
次の日、ハジメの部屋で目を覚ますと、彼の姿は横にはなくて、ベッドにはすっかりぬくもりもなかった。
嫌な予感がして、私は部屋をぐるりと見まわす。
机の上に、ブルガリブラックと紙が一枚見えて、そっと近づいた。
それはおそらく一番最初に私がハジメにあげた履歴書の残りで、枠も何も無視してハジメの変に角ばった字が右上がりにならんでいた。
名前の欄あたりに大きく、『魔法』、略歴の欄にずらりとネットで拾ったらしいでたらめな魔法の約束事が書かれていた。右ページの趣味や特技欄になってようやく、魔法の目的を見つけた。
君が、永遠に、僕への罪にさいなまれるように。
ブルガリブラックの中で泳ぐ、きれいなネイルの薬指が、一人、困惑気にこちらを見つめている。
「こういうのも、呪いっていうのよ。」
たばこを吸いながら、にやりと笑って見せるハジメを思い、少し笑ってから、瓶を持ち上げて、思い切り壁にたたきつける。
あたり一面に、強い香水の匂いがあふれて、気分が悪くなった。
指先の魔法 織部さと @ogwyuko
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