第4話 知識
大体ですね!
テレビの中で評論家らしき禿げ頭の大人がつばを飛ばしている。
説明不足なのです!
彼にとっては議員の言葉が人生であるかのように必死で声をあげている。
彼が一度でも市民のために行動しましたか!?
司会者が苦笑いをする。
彼の行動は理にかなっていない!
それこそがすべてであるという風に彼はそうしめくくって両手をあげた。あがった息を整えながら、両手で髪を撫でつけている。
慌てたように押し上げた銀縁の丸眼鏡はまだ少し歪んでいたが、彼には髪の方が大問題で、さらに言えば何とかという議員のした失言によって世界が破滅でもするような態度だった。
チャンネルを変えれば、芸人が脱いでいたり、過去最高のフードプロセッサーが登場していたり、病気の母のそばで息子が泣いていたりしたが、どうにもピンとこなくてテレビを消した。
つけていればうるさいのに、消せば今度はどうにも沈黙が苦しい。
やがて思考は自然と昨日のハジメとの会話につながっていた。
彼はどうも私の指を腐り落とさせたいらしく、その点において彼はひどくまっすぐに努力をしているようだった。呪いという変わった方法ではあったけれど。
さっきの禿げたおじさんは呪いを信じているだろうか。彼も妻の指を腐らせたいときがあっただろうか。
そういえば、さっきのフードプロセッサーって人の肉も砕けるのかな。
私はノートパソコンを開いて、呪いについて調べ始める。
黒魔術、白魔術、丑の刻参り、陰陽師・・・
要は、小学生のおまじないも似たようなものよね、と私は少し納得した。
彼らは強く願う。願って願って、さらに願う。自らの何かを引き換えに、誰かを、何かを得るために。
ハジメは何を引き換えにするんだろう。
おまじないなら、消しゴムにシャープペンシルの芯、きれいな紙とか、たまに人の爪、髪。
呪いなら自分の命?
もっと手軽なものがいいなあ、
たとえば・・・たとえばハジメの声。
軽快にしゃべる少し高い声。
視界。あとは、そう、同じ指とか。
でももしまた彼が喫茶店で働きたいと思ったとき、何かがなくなっているとずいぶん社会に出づらくなるな。
特に指なんて。もし間違って私の薬指と引き換えに彼の小指がなくなったりしたら・・・
「ふふ。」
可笑しいなあ。
細身で申し訳なさげに立つ店員が、そっと音をたてないようにアイスティーを運んでくる。しぐさはどこも丁寧なのになぜか私は違和感を覚える。
もしかするとその犯人がいるはずの小指であると気づかずに彼は私から離れるかもしれない。でもきっと、彼の片手が四本であることは、より彼をはかなく不安定にさせるだろう。
ハジメは、どうして私の指を呪うのだろう。
左薬指
と検索ワードに入れて、ふとそれが本来は愛を誓う場所であると気づいた。
なぜかすっぽりと頭から抜けていたその情報で私はすべてを理解した。
なるほど、彼は確かに私を愛しているらしかった。そしてそれは私にも理解できる形の「永遠」で深く深く私をしばりつけようという呪いであった。
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