第3話

 二千四十五年、八月十四日、月曜日、午前五時三十分。


——目覚め。

 既にもう日は出始め、洞窟の中も少し明るくなっていた。

 体を起こしてみると普段ベッドで寝ているせいか、腰が少し痛む。

 軽く体を解しつつ眠気を払っていると、どこからか音が聞こえた。その音は次第に大きくなっていき、近づいてくるのが聞いて取れた。


 洞窟から出て辺りを見渡してみる。しかし近づいてくる物どころか、動いている物なんて風に揺れる葉くらいだった。だが当然、その音が止むことはない。そして俺は、段々とはっきりしていく音の特徴によって気付かされた。

 上空を見ると案の定、飛んでいる。ヘリコプターだったのだ。黒い機体に赤いアラベスク模様。

 何故ここで飛んでいるのかと思ったその刹那。ヘリコプターから『何か』が落ちた。いや、落としたのか。白い『何か』が数百メートル先に落下している。

 このヘリコプターが宗教団体のものだとしたら気にならないわけが無い。だがここまで大胆に落としたのだ。恐らく俺以外にも『何か』に気づいて、近づいてくる可能性がある。もし遭遇した場合、やはり昨夜考えた通り良心を捨てて殺しにかかるべきか。どちらにしろ、後約五日には誰かを殺さなければいけないのだ。それならやはり今殺しておくべきか。


 そのような事を数秒程考えた俺は、『何か』が落ちた場所へと木々の間を駆けてゆく。

 するとそこには予想外の事が起きていた。いや、もう少し考えていれば予想出来ていたかもしれない。俺が着いた時には既に、見知らぬ二人の戦闘が始まろうとしていた。俺はそれに素早く気付き、木の影に隠れることが出来た。

 二人の内、一人はとてつもない重量感のある鈍器を持った鈍器使い。もう一人は太く三メートル程ありそうな先に棘のある鞭を持った鞭使いだった。明らかに鞭の方が有利だろう。リーチの長さからして、鈍器使いの攻撃は全くと言っていい程当たらない筈だ。また、鈍器は当然だが切断不可能なので鞭を斬ることも出来ない。


 そして、二人の殺し合いが始まった。先に動いたのは鞭使い。一気に駆け出し敵との距離を詰め寄っている。鈍器使いもそれに対応して防御の構えをとっている。少し反応が遅れてる様に見えた。

 だがやはり振り下ろされた鞭は鈍器での防御体制をほぼ無視し、呆気なく鈍器使いの肩を打ち砕いた。血の流れる肩を抑えながら倒れ込む鈍器使い。

 しかし攻撃は止むことを知らず、次々に鞭が降り注いでいる。既に鈍器使いの手からは鈍器が離れ、体が段々と血の色に染まっていく。

 この一方的すぎる殺し合いに煽りを入れる鞭使い。鈍器使いもそれに乗ったのか知らないが、それでも猛烈な痛みに耐えつつ、少しずつ起き上がって武器を握り直そうとしているようだ。しかしそんな抵抗も空しく、鞭で勢いよく脚部を弾かれ、倒れこんでしまう。

 それから再び一方的な猛攻が始まり、一分が経とうとしたその時だった。



——爆散。

 突如、鈍器使いは赤い血の爆散と共に跡形もなく消えた。鈍器使いがいた周囲は赤く染まっており、鞭使いもそれに巻き込まれている。

 だがなぜいきなり?

 俺の思考には、ただその謎だけが残っていた。鞭使いも同じことを思っただろう。


 戦闘が終わり、結果その場に残ったのは鞭使い、俺、そして『何か』だけだった。

 俺は意識を、戦闘の見物からヘリコプターから落ちた物は何だったのかについて戻してみた。『何か』を探していると、さっきまで戦っていたせいか視界の少し奥にあるのに気づいていなかったようだ。よく見てみると、ヘリコプターと同様のアラベスク模様で彩られた四角い箱のような物だった。

 不意に鞭使いがその箱の元へ動いた。あの鞭使いは箱の中身が何なのかわかっているのだろうか。躊躇なく手に取っている。

 すると突然、箱が開いた。どうやらスイッチ式のようだ。

 鞭使いが中身を取り出している。気になる俺は少し身を乗り出して見てみた。が、それを見た瞬間俺は反射的にバランスを崩して音を立ててしまった。

 中身はなんと、パンだったのだ。かなり腹が減っていた俺は考える間もなく、パンの存在感に反応してしまっていた。

 鞭使いに見つかる俺。その鞭使いの目には驚きと敵対の色が見えた。

 「この食料は誰にも渡さん。欲しいのなら力で奪ってみろ。」

と、不意に俺に投げかけてきた。恐らく先ほどの鈍器使いにもそのような事を言ったのだろう。だが俺は、そう言われずとも既に闘志の心を宿していた。

 初めての戦闘だ。そして同時に、この刀も初めて戦闘において俺の相棒となる時だ。

 鞭使いはもう鞭を右手に持ち、俺の動きを見計らっている。俺は慌てずに、かつ素早く抜刀した。一つ深呼吸をして、脇構えをとる。そして呼吸を整えつつ、俺も鞭使いの目を見て動きを見計らう。俺は普段から剣道の稽古をしており、剣道四段も取っているので、息を乱すことはほとんどない。それに変わって鞭使いは、先程の言葉を投げかけた割には意外と落ち着かない様子だ。この試合、俺は負ける気がしなかった。

 そして俺の意識が最高潮に達した時、『殺し合い』は始まった。

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神様殺しの協奏曲《コンツェルト》 kotake @ko_ta_ke

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