第2話

——不意に『嫌な予感』に襲われる俺。

 急いで自室を飛び出しリビングに降りた。

 そこに広がっていた光景、それは。

 大量の血を流して倒れる妹の姿。そして、傍に立つ二人の男。服装からして何らかの宗教団体の様だった。その内一人は血のついたナイフを持っている。

 俺は呆然とその場に立ち尽くすことしか出来なかった。

何が起こっているのか当然わからない。そして段々、恐怖へと変わってゆく。

 俺も殺されるのだろうか。

——突如、走馬灯が思考を駆け巡る。

 十六年間、家族や友達と過ごしたかけがえのない思い出。今更になって身近なものの大切さを感じた。

 既に絶望の淵に立っていた俺は何もかも諦めており、ただ殺されるのを待っていた。

——その刹那。

 「『舞台』へ向かってもらう。」

 一人の男がただそれだけを言い放つと....目の前が暗転した。




 午後九時二十分。

——目覚め。

 どれだけ気を失っていたのだろうか。

 少しづつ平衡感覚を取り戻しながら立ち上がり、辺りを見渡してみる。そして、俺はかつて無い驚愕に見舞わられることになった。

 既に家の中どころか俺の知っている場所ではなかったのだ。

 そこは最早、白いキューブの部屋の中。周りには何も無く、ただ唯一あるのは全長三メートル程のドアと『俺の携帯』だけだった。

 その光景にただ俺は絶句することしかできなかった。


 たっぷりと十五分は考えていただろう。やっと俺は今置かれている状況を整理することができた。

 ここは恐らく、男が言っていた『舞台』なのだ。

 男は俺を誘拐し、『舞台ここ』へ連れてきた。

 そしてその男は....大切な妹を殺した......。

 なぜ妹は殺されなければならなかったのか。なんとしてもあの男を、いやあの宗教団体ごと完膚なきまでに潰し、裁きを降さなくては。俺はそう決心したのだった。


——突然着信音が静寂を破った。

 俺はすぐさま携帯を手に取り、着信を確認する。

 だがその内容は想像を絶する程残酷で、信じがたいものだった。

 『この度は我がゲームに参加して頂きありがとうございます。百人目の方が今到着し、参加者全員が揃いました。改めてルールを説明します。まず初めに、参加者は全員敵です。百名の参加者は1人になるまで殺し合って頂きます。また、最後まで生き残った参加者にはご褒美を用意しておりますので頑張ってください。しかし、百二十時間、つまり五日間誰も殺さなかった人は、今皆様が付けている首輪から電流が流れ、貴方を殺すでしょう。破損や解体をした場合も同様、電流が流れる仕組みになっておりますので悪しからず。ルール説明は以上です。待望のゲームスタートは午後九時三十分とさせて頂きます。また、その五分後にはこの部屋は崩壊しますので把握の方もよろしくお願いします。先程、皆様が選んだ武器はドアの外に用意しておりますのでご自由にお使いください。あと最後に、首輪にはGPS機能、盗視機能も備わっております。皆様の行動は全て監視しておりますので頭の片隅に入れておいてください。では、健闘を祈ります。』


——再び訪れる沈黙。

 この文を完全に理解するのにどれだけかかっただろうか。いや、一生掛かっても俺にはこれを理解することは出来ないだろう。

 一つ確信したことは『あのデスゲームが現実リアルでスタートしようとしている』ことだった。

 今の文も恐らくは、あの宗教団体からだろう。俺の心は既に怒りと後悔に支配されていた。なぜこんなゲームを始めようと思ったのか、全くわからない。恐らくだが、そもそも俺があんな怪しいゲームさえ始めなければこんな事にはならなかっただろう。

 その罪滅ぼしかは知らないが、同時に目標も掲げることができた。このデスゲームをクリアし、宗教団体と会って、全員殺す。ただそれだけだった。妹の為にも絶対に......。


 とりあえず今は寝床を探し、明日になって行動方針を考えるのが得策だろうと考えた俺はこの部屋を出た。

 だがそこには、密林が広がっていた。

 俺の住んでいる東京都千代田区とは打って変わって、家どころか建物の一つすらなく、あるのは森のざわめきと川の流れる音のみ。この地はどれ程先まで続いているのだろうか。また、俺以外の九十九人は俺からどれだけ離れているのだろうか。俺はこの地では、全てにおいて無知であり、また予測不可能なのだ。そう思うと、寂しさと恐怖心が込み上げる。

 そして俺の目の前には一振りの太刀が地面に突き刺さっていた。これが今日から俺の命を支えてくれるただ唯一の味方なのだ。引き抜いてみると、柄から切先にかけて漆黒に染まっており、触れたもの全てを闇に葬る程の威圧感がそこにはあった。刀特有のずしりとくる重量感。遥かに長い刀身。二メートルはあるだろうか。頼もしいだけでは足りない程だった。

 我が相棒を傍に備えられていた鞘に納めてやると、一気に空腹感に襲われた。思い出せば俺は今日まだ何も胃に物を通していない。だがこの地に食料なんてあるのだろうか。探してみたい気持ちはあるものの、この地には俺を殺すであろう脅威がかなりある。迂闊に動くわけにはいかないのだ。とりあえず今は空腹に耐え、慎重に寝床を探そう。

 まずはあまり音を立てずに軽く周辺を探索してみる。すると先に少し行ったところに洞窟があった。奥深い。だが運良く今は真夏で、この時間帯でも薄暗い程度だった。程よく夜の月光が洞窟に射し込み、今晩はとても幻想的な場所で寝ることとなった。

 初めての野宿。それがまさかこんな環境下だとは想像もしなかっただろう。まず野宿自体、この人生でするとは思ってはなかった。普段ならベッドの上で寝転がりながら寝落ちしているのだが、こんな状況で眠りにつける訳もなく、ただ洞窟の中で相棒を抱えたまま身を縮めているだけだった。

 明日はまず何から始めようか。とりあえず探索すべきだろうか。そうなれば敵とも遭遇するだろう。未だ良心を保っている俺は、人を殺す気にはなってはいない。逃げるべきだろうか。だが敵に背を向けると殺られる恐れがある。この際、完全に良心を捨てて殺すことだけを考えるのはどうだろうか。ある意味、自分が殺人鬼となれば怖くないのではないか。

 そこまで考え終えた俺は、既に睡魔に襲われていることにも気づかず、いつの間にか眠りに落ちていた。

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