第1話(3)

 特殊犯罪事件捜査課。その通称を『特捜課』という彼らは、風見たち通捜課とは違って一課一班体制を敷く、東都警察内でも異色の存在である。

 通捜一課が殺人等のいわゆる強行犯、二課がサイバー犯罪等の知能犯捜査を担当するのに対し、特捜課が専任する犯罪はない。普段は公訴時効にかかりそうな事件や、他課の事件の追跡捜査を行っているが、もう一つ、特捜課と命名される由縁となった、重大な任務がある。

 「殺し方が『異常だ』ってことだけで、みすみすこのヤマを盗られるわけにはいかないだろう? 急いで解決してみせないと、俺たちのメンツにも関わるしな。」

 田山は幾分恨みがましく、そう口にした。今までに特捜課によって出番を奪われた事件の数々が、彼の脳裏によぎっていることは想像に難くなかった。

 風見はその場から立ち上がり、ぐっと背伸びをした。周囲にそびえる雑居ビルたちの隙間から漏れる月明かりが、今日はやけに眩しかった。そういえば、確か今日は満月だったか、と思う。前に特捜課と思しき面々と顔を合わせたのは、ちょうど今日みたいな満月の日。本庁内で開催されたお月見の会だったなと、殺人現場には余程不釣り合いな考えを巡らせているうち、「風見、聞いてるのか?」と田山に諫められてしまった。

「はい?」

「……聞いてなかったな、お前。」田山は呆れた奴だとばかりに首を左右に振ると、「俺たちで何とかするんだ、わかったな?」と再び尋ねた。

「あ、はい。」

 振り返って即答する風見の両肩に手を置き、「じゃ、捜査会議での報告は任せた」と、軽口にも似た調子で話した田山の顔は、「ああ、これで厄介ごとを回避できた」と言わんばかりの表情だった。

 「そんなに面倒なことですか、現状報告って」、とでも返そうかと思った矢先、捜査員が田山を呼ぶ声を耳にした。

 「……ん、何かあったのか?」、風見と向き合っていた田山が踵を返す。ついて行こうとした風見を手で制し、検証を続ける鑑識員たちの隙間を縫うように去っていった。「俺一人で十分だ」、というところだろうか。

 他の捜査員たちが陰になり、田山の姿が完全に見えなくなったところで、風見はもう一度遺体を見るためにブルーシートに手をかけた。自分の指紋をつけないように装着した白い手袋越しに、厚手のビニールの、ごわごわとした感触が伝わってくる。まるで禁忌に手を触れるような、嫌な感覚がにわかに蘇ってきた。一課に配属されて2年は経とうかとしているが、相変わらずこの感覚には慣れることができない。

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エデン計画 @HiroOka1220

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