第九怪奇談  身支度

 もう夜というよりは、朝日が昇りだした朝。

 僕は、裸ではなくピシッとしたスーツを身に着けて、警察署前のアスファルトを踏みしめている。

 警察官数名と黒い服を来た偉そうな人たちに手を振り帰宅するため家を目指す。

 隣には、経也きょうやが疲れた顔で歩を共にする。


「お前はさぁ、何しに東京に来たんだよ。え?」


 経也が僕に取り調べをしている。

 …、というか説教だ。


威勢いせいよく出ていってよぉ!なんだって、陰陽師の権限使って、てめぇを留置所りゅうちじょから出さなきゃいかねぇんだよ!」

「いやはや、ごもっともです…」

「はぁ、こちとら鬼の一件で疲れたってのによぉ…」

「あぁ!、そうそう、経也さあいつ使役できるようになったんだね」

鴉羽織からすばおりの事か?」

「そうそう!」


 鴉羽織っていうのは、桜井家が誇る式神。

 誇る、という言葉にピッタリな強さをそいつは持っている。

 でも、そいつを使役するには中々の霊気が必要となる。

 経也は、使役者として成長したってことになる。


「けっ、ガキの頃から鴉羽織を仕えたからっていい気になるなってこった。てめぇが陰陽師をやめてから成長したんだよ。二年も家でのんびりしてその後、家から逃げた奴には、わかんねぇだろうがよぉ」

「べ、別に僕は逃げたつもりは…!」

「あぁ?才能を持つ奴は、言う事がちげぇなぁ!てめぇは、陰陽師辞めた時から堕ちたんだよぉ。えぇ?犯罪者」

「いやいや、犯罪は勘違いだし、家だって経也の方が継いだ方がいいって思って…」


 僕が会話を終える前に、経也が僕の首を掴んで顔をちかずける。

 その顔は怒りに満ちていた。


「くだらねぇ、おしゃべりは終わりだ。てめぇは、さっさと家帰って身支度しろ」

 

 雑に僕を投げる。

 僕は、首の絞めつけの解放を感じすぐさまに呼吸を再開する。

 倒れていくの感じ反射的に手をアスファルトにつく。

 手がアスファルトによって傷つき血が出る。

 

「いきなりなにすんだよ!」

 なんだ、こいつほめてやったのに!。

 僕なんかが後を継ぐよりも絶対いいのに!。

 経也は、僕を無視して背を向けてくる。

「っ…、ハァハァ…鴉羽織ぃ…」

 怒っているせいか、 呼吸を速くしながら肩で呼吸している。

 そのせいで、鴉羽織を呼ぶ声もなんだか不格好だ。

「御意」

 どこからともなく、鴉羽織が出現する。

 霊気を使役者から供給され、存在を与えられる。

 そのまま、鴉羽織は大きな鴉に変わり経也を乗せて飛び立つ。

 

 余談ではあるが僕は、あの変化は無理だ。

 …怖いから。


「くそ、変な奴!」


 僕は、空に向かって叫び家に帰る足を進める。

 もう、そこに経也と鴉羽織の姿は無かった。







 どこかも分からない、空。

 一人の陰陽師が仕事を終えて、帰るべき家に向かう。

 穏やかな空に、空気の震えが伝う。

  

「あぁ!くそが!」

 畜生っ、霊気を使い過ぎた…。

 手の震えが止まんねぇ、頭はいてぇ…、クソがぁ…!。


 その陰陽師は、額に汗を浮かべ、顔はひきつり、体は震えていた。

 彼の体は、人、と言うにはあまりにも特殊過ぎた。


「ハァハァ…あっ…フー。く、薬を…」

 

 呼吸をある程度整えて、左ポケットから左手で注射器を取り出す。

 

 極力使いたくはねぇがなぁ…。


 呼吸をしようと、息を吐こうとする。

 しかし、出てきたのは、体を巡り終えた空気ではなく血であった。

 もはや、感覚も怪しくなってきたらしい。


 畜生ガぁ!。

 

 彼は、右手に注射器を持ち直す。

 震える手を、どうにか制御して注射針を左腕に突き立てる。

 右手の親指を、本能的に定位置に添えて、一気に押し込む。

 すると、中の青色の液体が押し出され左腕に流れ込む。

 快楽が脳を支配する。

 震えも、血も、呼吸の乱れも無くなる。


「何もない訳ねぇだろうがぁ…」

 あいつとの会話を思い出す。

「なぁ、鴉羽織よぉ…」

 話相手が欲しかったのか、鴉羽織に話しかける。

 

 彼を乗せている大きな鴉は、何も話さなかった。








 自身の家…もとい、部屋に戻る。

「「お、おかえり(じゃ)…」」

 声をかぶせて挨拶しているのに、あんまり元気を感じない。

 

 まだ引きずっているのかな?。

 ここで、僕も声が小さかったらこのままのテンションになってしまう。

 どれ、元気よく入るとするかぁ!。

「たっだいまぁ!いやー、色々あったけど…こっちもあったの?」

 僕は、リビングに入る。

 そこには、僕の旅行バックが用意されており、その周りに、姫華さんと鬼が床に寝そべっている光景を目の当たりにする。

 何があったんだ…。


 僕が少し思案していると、鬼が説明に入る。


「いやぁ、あの後の話じゃ。我に帰って、捕まったおぬしの代わりに身支度をと思ってなぁ、旅行バックとやらを準備したまではよかったのじゃが…」 

「じゃが?」

「眠ってたみたいなの…」

 姫華さんがそう繋ぐ。

 その顔は気負いを感じていた。

 そして、何かを思い出したように口走る。

「今頃なのだけれど、その例のオカルト研究サークルの人達すぐに逃げていたみたいで家に帰れていたらしいの!良かったぁ…」

 と、嬉しそうに語る。

 ごめん、姫華さんその人達の事忘れてたよ、不謹慎かな?と言うか、姫華さん置いて逃げんなよ。

「本当に色々ごめんね…迷惑ばかりで…。それで、準備もせずに寝ちゃうなんて」

 姫華さんの顔がくもり始める。  

「そんな事…、夜中まで起こしていたのは僕だし大丈夫だよ」

 なにを決心したのか、姫華さんは僕に向かって。

「ごめんね、今からでも準備してくる!」

 と言って、姫華さんは玄関を出ていく。

「え?あ、あれ?」

「どうしたのじゃ?」

「いや、ニュアンスと行動がちょっと違う気が…」

「それこそ、そんな事は無いと思うのじゃが」

「そ、そうかな?取りあえず、僕は身支度をしないとな」

 突っ立っててもしょうがない、僕は身支度をするためタンスから衣服を旅行バックにつめる作業をする。

 鬼も、それを手伝うためについてくる。

 詰めていると鬼が疑問を僕に問う。

「なんだかのう…」

「なんだよ」

「人は死ぬと、集まるものなのかのう…?」

「当たり前だろ?というか、まぁ僕の家は継ぐ儀式もあるからその分特別だけど」

「ふぅん、死なんてものは当然誰にでもあるのにのう…」

「悲しんだりしないのか?」

「ワシらに取って、死とは存在を消されることじゃ。霊気を失い存在を完全に持たぬ事じゃ。そんなものに、価値などない」

「価値観の問題は仕方ないな、その物事の考え方か違うんじゃあなぁ」

「そんな事は、無いと思うのじゃが…」

「なんでよ?」

「人間もよくしているではないか。そうやって意見が交わらないようになった時に他を淘汰とうたする行為をのう」

「おいおい、なんだか乱暴だな」

「そういう、生き物なのではないのかのう?」

「まぁ、分からんでもないな…、っと、身支度はもういいかな?。なるべく早く出かけないと」


 くだらない話をしていたら、大分すすんでいた作業に終わりを迎える。

 我ながら整頓して入れたものだ。

 後は、金と鍵と…。


 と、僕が最終チェックを入れていると、玄関から姫華さんの声が聴こえる。


「こっち、準備いいよー」


 え?。


「私もいいかな?旅行に行く訳ではないのは、知っているけど…」

「全然いいですよ、特に気にしないので」

「え?あれ?そんな感じなの?」

 姫華さんが動揺する。

 何を思ったかは知らないけど、まぁ人の葬式に他人が参加するなんて普通はありえないかも知れない。

 でも、僕の家は。頭首の死=儀式、だ。

 だから、ある意味僕ら(親類)の中に死を悲しんでいる者は少ないかも知れない。

 鬼は、その家の事情を知ってて言ってたのか?。

 

 まぁ、僕の知るところでは無いな。


「それより、どうして僕の家にきたいのかな?あぁいいや、何も面白いことは無いのだけれど」

「その…、オカルト研究サークルの一員としてかな?」

 姫華さんが少し考えてから話す。

 なにか、本心を暴かれたくなくて問いかけられないように目線をそらした気がした。


 気がしただけだ。


 ものめずらしさか…、もしくは…。

 まぁ考えてても仕方ない時間も無いしな。

「ほいじゃ、もう出ようか。あっちに着くの遅くなりたくないし」


 僕らは、駅を目指して歩く。

 何もないあの村へ。


 


 


 










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そらの狭い町の怪奇談 蒼穹 @sora_no_syousetu

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