lie ー嘘が嫌いな男のついた嘘ー

湖城マコト

lie ー嘘が嫌いな男のついた嘘ー

 始めてそれが見えたのは、高校一年生の頃だった。


 僕は、相手が話していることが、嘘なのか本当なのかを見極める力を持つ。

 嘘なら相手の周りに赤いオーラ。本当なら青いオーラが現れ、僕はそれによって発言の真偽を確かめることが出来る。


 能力が発現し、色の意味を理解してからは地獄だった。


 「努力は必ず報われる」と、ホームルームで担任教師が言った瞬間、その体は赤いオーラに包まれた。


 ある女子生徒が友人から恋愛相談をされ「応援してるね」と答えた瞬間、彼女を赤いオーラが包んだ。その後、女子生徒は友人の想い人に告白したと聞いている。


 父さんが出勤前に母さんに、「今日は飲み会だから遅くなる」と言った時にも赤いオーラが発生した。父さんの浮気が発覚したのは、それから一カ月後のことだ。

 

 世界は、僕が思っている以上に、嘘が溢れていた。

 毎日目にする無数の赤いオーラ。

 

 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘――


 嘘だらけの世界が僕は嫌いだ。

 だからせめて、僕だけは絶対に嘘をつかない誠実な人間であろうと決めた。

 本音だけでは生きずらい世の中だったけど、それでも僕は自分を曲げなかった。




 そんな僕も結婚し、人生の伴侶を得た。

 相手は大学時代から付き合っていた一歳年上の女性。

 僕が妻に惹かれた一番の理由は、裏表の無い誠実な人だったことだ。

 妻は絶対に僕に嘘をつかない。妻の言葉はいつも青色のオーラで表されており、その笑顔で僕を癒してくれた。

 世界は嘘ばかりでも、妻の待ってくれている家には嘘が一つもない。

 妻と過ごす日々は、とても幸せだった。


 ……そんな妻が、僕に初めて嘘をついた。


「今日は、高校時代の友達に会いに行ってくるわ」


 ある日、妻はそう言って家を出た。妻の身体が赤いオーラに包まれる瞬間を、僕は初めて目にした。

 妻にも何か事情があったのだろうと、その時は自分を納得させた。一度の嘘でひびが入るほど、僕らの愛は脆くはない。

 だけど、妻の嘘はその一度だけでは無かった。その日を境に、妻は何かと理由をつけて家を空けるようになった。

 普段はまったく嘘をつかないのに、家を空ける理由だけはいつも嘘だった。


 浮気を疑い始めた。妻は嘘がばれているなんて思ってもみないだろうが、僕に嘘は通用しない。

 僕が心の底から愛した人も、結局は他の人間と同じで嘘に塗れていた。そのことがとてもショックだった。

 この人となら一生添い遂げらると確信していたのに、それば僕の淡い幻想だったのだ。


 彼女が初めて嘘をついた日から半月が経った頃。僕は妻に真実を問いただすことにした。本気で愛した人だ。嘘の理由ぐらいは知りたかった。


 ……だけど、彼女の嘘の理由は思わぬ形で発覚することとなった。


「妻が病院に!」


 買い物に出かけた妻が、出先で倒れ、救急車で運ばれたという連絡が僕の元へと届いた。

 仕事を放り出し、急ぎ妻の運ばれた病院へと向かった。


「奥様はここ最近、体調不良で当院を受診されてましてね。精密検査の結果を待っている状態だったのですが、まさかこんなにも急に容体が悪化するとは」

「妻は、こちらの病院に通っていたんですか?」


 そんなこと、妻からは一度も聞いたことが無かった。だとすれば、嘘をついて外出していた理由とはまさか――


「ご主人には、検査の結果が出てから相談すると言っていました。余計な心配をかけたくないからと」

「そんなことが……」


 僕は猜疑心に満ちていた自分自身を嫌悪した。何で妻をもっと信じてやらなかったのだろう。


「それで妻の容体は――」


 医師の険しい表情に、僕は不安でいっぱいだった。




「大丈夫かい?」


 医師の説明を受けた後、僕は妻の病室へと向かった。僕がやってくる少し前に意識を取り戻していた妻は、困り顔で出迎えてくれた。


「ごめんなさい。心配かけちゃって」

「病院に通ってるなら、言ってくれればよかったのに」

「ごめんさい」


 本当は僕に妻を責める資格なんて無い。むしろ責められるべきは僕だ。僕に対する配慮を、浮気だと疑っていたんだから。


「お医者様は何て?」

「……うん。大したことないってさ」


 能力に目覚めて以来。絶対に嘘はつかないと決めていたけど、僕はその禁を破った。

 今の僕はどんな表情をしているだろう? きっと、慣れない嘘に顔が引き攣っているに違いない。


「――奥様の病状は深刻です」


 妻の病はかなり進行しており、覚悟をしておくようにと医師からは告げられていた。

 医師の言葉をそのまま伝えようと思っていた。例え残酷な真実であろうとも、嘘だけはつくまいと。

 だけど僕は、妻の顔を見た瞬間、咄嗟に嘘をついてしまった。

 不安気な妻を安心させてあげたいという気持ちが、何よりも勝ったからだ。


「良かった。安心したわ」


 妻は僕に優しく微笑みかけてくれた。その身体は赤いオーラに包まれている。

 気づいているんだ。僕のついた嘘に……

 気づいたうえで、安心した振りをしてくれている。

 それは、とても優しい嘘だった。


 嘘には二種類ある。

 自分のための嘘と、誰かのための嘘。

 今までは嘘を全て一緒くたに考えていたけど、それは僕の驕りだったと、今は素直にそう思う。

 

 時には優しい嘘が必要な時がある。

 そんな当たり前のことに、僕はこの時初めて気づけた。


 僕と妻を待ち受ける運命は辛いものになるだろう。

 嘘が嫌いだという僕のスタンスは変わらないけど、きっとこの先、病気の妻を励ますために嘘をつかねばいけない時がやってくる。

 

 優しい嘘をつける人間に、僕はなれるだろうか?


 否、なってみせる。


 愛する妻のために、僕は嘘つきとなろう。




 了

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