限定メニュー
わいわい、ガヤガヤ
キラキラ、ウキウキ
まさしくそんな表現が今この場所で似合いそうだ。
駅から徒歩五分。多くの店舗が立ち並ぶ一角に、その店はあった。
ピンク色の外観に、ハートがあふれている、見る人がみれば可愛いお店。
男側からすると胸やけがしそうな外観だと、思う。
少なくとも、俺は、思う。
『ハートフル・カフェ』と書かれたピンク色の店を前にして俺は暫し立ち尽くす。
隣のあかねはご機嫌な様子で中に入るよう促してくる。
「ほら、直くん。はやくー」
「……ああ、うん。わかった」
意を決して店内に踏み入れば、やはりというか。想像通り、女性客が大半を占めていて、ちらほらと、カップルらしき人達がいるぐらいだ。
あの人たちはどう思っているんだろうか。
ちらりと横目で他の男性客を見る。俺と同じように女性側に連れてこられたのか、それとも自らこの店を選んだのだろうか。
いや、後者の可能性が高い、と思いたい。
「直くーん?もう注文しちゃうよ?」
「どうぞ」
メニューをゆっくりと見ることもなく、あかねは店員を呼ぶ。
注文するメニューはすでに決まっていたのだ。
「すみませーん。この限定メニューでお願いします!」
「畏まりました。カップル限定ラブラブランチセットですね!こちらはお二人分で一つのセットとなりますが、よろしくですか?」
「大丈夫です!」
「ありがとうございます」
店員は愛想のいい笑顔のまま一例をしたあと、店内中に聞こえるような大きな声で叫んだ。
「ラブラブセット入りまーす!!」
これはとても恥ずかしい。
一斉に見られたような気がしてたいして読んでいないメニューで顔を隠した。
「ちょっと恥ずかしいね。でも、楽しみだなぁ!」
「……俺はすごく恥ずかしいんだが」
「文句言わないの!なんでもお願い事、聞いてくれる約束なんだから」
「いや、まあ、そうだけどさ」
なんとも歯切れ悪くなってしまう。
そもそもなぜこうなったのか。
まず俺とあかねは決してカップルではない。幼なじみだ。
そして俺は好んでこのような店には入らない。
先日あかねとしてちょっとした勝負で負けてしまい、なんでもお願い事を聞く約束をしてしまった。
あかねのお願い事ならたいがいのことは聞けるだろうと、安請け合いをしたのが原因だ。
「直くん、こういうお店苦手だもんね。ごめんね。でも、どうしてもあの限定メニューが食べてみたかったの!」
「……いいよ。そういう約束だったし。ちょつと、まあ、予想外だっただけ」
あの限定メニューはカップルでないと注文することができないそうだ。
あかねは友達からこのメニューの話を聞いて、そしてチラシを見て、一度注文してみたいと思っていたのだとか。
俺としては、決してあかねとカップルに見られることが嫌とかいうわけではなく、ただ居心地が悪く感じているだけだ。
今日のあかねはキラキラと瞳を輝かせている。その姿だけで、結局全てどうでもよくなってしまうのだから、不思議なもんだ。
「おまたせいたしましたー!ラブラブランチセットです!」
そんな店員の声と共に運ばれてきたセットを見て、俺は結局再び固まってしまう。
「うわー!すごい!すごいね!ね、直くん!」
「え、ああ、うん。凄い……ほんと」
あかねは歓喜しているが、俺はこれを今から二人で食べるのかと思うと少しげんなりしてしまう。
なるほど。全てが二人前なのか。
それはまあいいとしてだ。
ハートだらけだな!
ハートの形をしたオムライスの上にケチャップでハートが書かれている。それ以外にもミニハンバーグもハート、付け合せのサラダの野菜もハートの形だ。
器用だな。この野菜を切るのに一苦労しそうなものだが。
ちなみにこのあとデザートもあるらしいが、まあ、それもきっとハートなんだろうなと想像できてしまう。
「いただきます!直くん、早く食べよー」
「そうだな。いただきます、と」
食べてみると、意外と美味しい。
見た目のインパクトだけを売りにしているお店かと思っていたが、実はちゃんと味にも拘っているようだ。
いやはや、失礼しました。
声に出していたわけではないのだが、俺は内心こっそり謝っておくことにした。
そして、俺は案外すんなり食べられたことにすっかり油断してしまったのだ。
このあと運ばれてきたデザートに、俺は顔を引つらせる。
ハートのアイスだけは食べた。
でもあとはごめんなさい。
流石にハートのストローを一緒に使う勇気は、俺にはなかったのだ。
あかねと直人のよくある日常 緋色 @hinoiro
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