ポケモソ

月狂 四郎

(文字数は3000字ほど)

「しめて414,720円になります」


 レジの前で固まる。どうしてこうなった?


 俺はただ、レアポケモソを捕まえにきただけなのに……。


「ありがとうございまーす!」


 いかにもヤンキー上がりのお兄ちゃんに見送られ、店を後にする。なんということだ。もっと慎重に動くべきだった。



 ――俺の生き地獄は唐突に始まった。


 ガキの頃に遊びまくったポケモソの最新作が出た。ゲームなんて久しくやっていなかったが、課金の無いスマホゲームということで気楽にダウンロードしてみた。


 ポケモソを簡単に説明するなら、色んなところでモソモソしているモンスターを捕まえて闘わせるゲームだ。昆虫を捕まえてケンカをさせる遊びに近いか。


 当時小学生だった俺は、このゲームに大ハマりした。それこそ、寝食を忘れてプレイしたものだ。


 あの時は夢中になって遊びまくったが、大人になった俺はやはりポケモソにハマりまくった。まるで同窓会にやって来た元カノに溺れるように、俺はスマホに釘付けとなった。


 さて、普通にハマるぐらいだったらまだ良かったのだが、大人になってから何かに熱中するのは時として怖い。色んな意味で加減を知らないからだ。


 俺は睡眠時間を削り、営業もほったらかしてポケモソばかりやっていた。売上の数字は急降下して上司にどやされるし、食事もファーストフードばかりになったから無駄に痩せていった。睡眠不足で目は充血し、白髪が増えた上に小さなハゲが所々にできかかっている。


 いや、「そんなになってまでやることなのか」というツッコミは十分すぎるくらい分かる。

 だが、理屈ではないのだ。アル中のように、ドラッグのように、どこかのゴルファーのセックス依存症のように、気付けば充電器に繋いだスマホを操作している。常に充電していないと大事なポケモソを獲り損ねるかもしれないじゃないか。


 この中毒でタチが悪いのは、苦労してゲッツするレアポケモソの存在だ。努力に対して妙な達成感があるからやめられない。ゲッツ、アンド、リターン。


 ポケモソごうのプレイヤーは街中を歩いてモンスターを捕まえる。この辺だとモンスターペアレンツというポケモソが手に入る。今は雑魚だけど、経験を積めばPTA会長に進化するらしい。進化するまではギャーギャー騒ぐしか出来ないから、まだ育てたことは無いけれど。


 やはりゲームバランスなのか、レアなポケモソほど行くのが大変な場所に生息している。


 一度は女性専用車両にヒトマエファンデカラとかコウスイキツイにコノヒトチカンデスという社会派モンスターを獲りに行き、駅員に厳重注意された。告げ口した者がブスだったのは言うまでもない。


 だが仕方ないじゃないか。メーカーがそこにモンスターを生息させたのだから。


 それはそれとして、俺の見た地獄はまだまだ序の口だった。


 またレアポケモソを探していたら、山手線沿線で何やら怪しい店に入ることになった。違法カジノとかがあった駅周辺だ。


 店のカウンターにはいかがわしいハーブが置かれ、地下からは男二人の喘ぎ声が聞こえてきた。ムチでひっぱたくような音とともに。


 マジかよ、とんでもない魔窟に来てしまったぞ。


 さっさとポケモソを捕まえて逃げたかったが、足が竦んで動かない。


 しばらくすると、地下に続く階段からムキムキのハゲが、血まみれのバイブを片手にやって来た。俺を見たハゲは、ゆっくりと嗤った。バイブからは赤黒い血がポタポタと垂れている。


 ……まさか、俺の方が追われるとは思いもしなかった。


 3cmぐらい掘られてしまったが、なに、たかが3cmではないか。まだ助かった方だ。俺はなんとか逃亡に成功した。


 もう一度スマホを見た。ここでどんなモンスターが獲れるのかを確認するためだ。


 ……ヒアナル。


 ケツから火を出して戦うモンスターだそうだ。……なるほど、たしかにケツの穴から火が出そうだった。火は出ていないが軽く出血はしている。さすがアンダーワールド。


 いやしかし、色々とおかしい。


 現代のポケモソは、もう俺の知っているそれじゃないのだろう。もういい年なんだから、これに懲りてポケモソは卒業しよう。


 そう思ったはいいが、それでポケモソを卒業出来るのであれば、世間にアル中もヤク中も存在しないだろう。つまり、俺はなおもポケモソ依存症だった。解脱症状でスマホを離すことが出来ない。


 気付けばスマホを片手に裏通りを歩いていた。ヒアナル事件が原因で、歩行が少しばかり困難になっている。


 そんな中、またスマホがポケモソを感知した。


「……今度は水か」


 目の前にそびえるは、やたらとどぎついネオンで照らされた建物だった。ここに水属性のポケモソ、ドンペリが生息しているらしい。


「なるほど、水属性をキャバクラに生息させるとはなかなか考えたじゃないか……」

 青息吐息で軽口を叩く。まるで、自分の死亡フラグを立てているみたいだ。


 ここまで来ると、もはや制作者の悪意すら感じる。目の前にはリーゼントの客引き。もう引き返せない空気だ。営業マンは空気を読めないといけない。これも宿命なのか。


 ええい、こうなったらどうにでもなれ!


 俺は豪華絢爛たる門扉をくぐった。


「お兄さん、こんばんは~」


 甘ったるい声を出すドレスの女を無視して、着席するなりスマホをいじった。


「ねえ、何してるの?」


 化粧の濃い女はなおも愛嬌を振りまく。無駄なことを。

 俺はポケモソを捕まえにきただけなのだから。


「すぐ終わらせる。適当に酒でも呑んでいてくれ」


 女は一瞬だけ不機嫌そうな顔をすると、半笑いになって酒を呑みだした。本当に呑みだした。

 まあいい。俺が呑めと言ったのだから。


 やはりレアポケモソのせいか、攻略に難渋したものの、ドンペリの捕獲に成功した。上機嫌でお会計だ。


 女の子を隣に座らせていただけとはいえ、キャバクラに長時間居座ったのだから数万円ぐらいは取られるだろう。まあいい。レアポケモソを買ったと思えば。



「しめて414,720円になります」



「えっ……」



 店員は真顔だった。新手のジョークではないらしい。


「明細を見せてくれ」


 手渡された伝票には、酒の名前が延々と綴られていた。


 まさか……。


 振り返ると、俺に付いた女がドンペリをラッパ飲みしていた。


 ……どうやら、この店でも捕まったのは俺の方だったらしい。




 通りに出た。夏なのに寒い。懐が寒い。心が寒い。


 もう、やめよう……。


 なだめるように、自分自身へと語りかける。


 思い出は美しい。少年期は時として過剰なまでに美化されるから、ノスタルジーに背中を押されると人間は過ちを犯す。


ごうか……」


 ようやくポケモソごうの意味が分かった。


 俺は厄災を自分で引き寄せている。まさにごうだ。


 なんということだ。ポケモソは大人になりきれない人間を懲らしめるためのアプリだったのか。一杯食わされた。


 いや、言い訳はやめよう。俺に一杯食わしたのは自分自身なのだ。すべては俺が生み出したごうなのだ。


 感慨に浸っていると、またスマホが鳴り出した。夜の街にまたレアポケモソが現れたようだ。まるで、俺を試しているみたいに。


 地図を見ると、思わず目を見開いた。


 スマホに映り込んでいるのは伝説のポケモソ、ゴクドーだったからだ。

 ゴクドーのカチコミという技は大抵のバトルを一瞬で終わらせる。


「欲しい……」


 喉から手が出るとはこのことだ。ゴクドーでラスボスを倒した思い出が蘇る。

 ああ、美しき少年時代。


 ――あの頃に戻りたい。


 何もかもが純粋で、何もかもが輝いていたあの頃に。


 ゴクドーの生息地は近くだった。半ば予想通り、指定暴力団の事務所内らしい。


 いや、ダメだ。さっきやめようと決意したばかりじゃないか。


 やめよう、やめよう。そうだ、もうこんな思いをしてモンスターを狩りに行ったってしょうがないじゃないか。


 だが、そんな気持ちとは裏腹に、俺の足は勝手に動き出していた。


 ――人間、失格。


 脳裏には、そんな文字が過っていた。


 ごう……ごうだ。


 人はどれだけ間違えることが出来るのだろう?

 もしかしたら究極の過ちとは死に達するものかもしれない。


 分からない。分からないが、ひとまず分かっているのは、モンスターとは現実社会に、なにより俺の中にいたということだ。


【了】

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