第10話 再び、玲奈VS天才少年
玲奈たちが東京から帰って十日ほど経った、ある日のこと。津島少年の父から、父親に電話が入っていた。
「あなた。津島さんという方から電話が・・・?」
妻から受話器を渡された父親は、津島と聞くと何の用事かと首を傾げた。
「もしもし、吉本ですが・・・。ああ、津島君のお父さんですか?!」
一通りの
「じつはですね・・・。土生名人からうちの一広にお宅の玲奈さんと、もう一度対局してみないかという話がありまして、ご迷惑かもしれませんが、私としては是非お願いしたいと思っているのです。いかがなものでしょうか?」
「玲奈と・・・、ですか?」
「そうです。土生名人もですが、一広自身もお願いできたらと言っていますので。」
「ほう、津島君もですか・・・。」
「はい。それに、これは土生名人の話なのですが、テレビ対局も考えられているとのことです。」
「はあーあ、テレビですか?!」
「そうです、テレビ対局です。吉本さんも中国四国テレビはご存じだと思いますが、土生名人はその中国四国テレビで時間枠を取ってもらっての対局を考えているらしいのです。」
「はあ・・・、そ、そんな?!」
「これは一広だけではなく、玲奈さんにとってもいい話ではないでしょうか。まあ、玲奈さんが勝っても一広が勝っても、どちらにしても良い思い出になると思います。どうでしょうか? 二人にとって最初で最後のチャンスになるかもしれないので、吉本さんお願いします。」
「そう言われても・・・、私が指すわけではないのですから。玲奈に聞いてみなくては?」
「お願いですから、玲奈さんに聞いてもらえませんか?」
「そうですね・・・。」
と言ったまま黙ってしまったが、
「分かりました、ただ・・・。」
「ただ? どうかしたのですか。」
「それが・・・。うちの玲奈は気分屋で、いいときはいいのですが、困ったことに一度ヘソを曲げるとテコでも動かないんですよ。だから本人が、どう言うか?」
「そこをなんとかお父さんの力で、なにとぞよろしくお願いします。」
と言うと、津島少年の父親は一度は口をつぐんだが、
「お父さんは、因島で村上聖という子をご存じないでしょうか?」
と聞いていた。
「はあ、村上聖ですか?」
父親にとって、初めて聞く名前であった。
「その子が、何か?」
「中国学生選手権大会は、ご存知ですね。」
「ええ、聞いていますが・・・。」
「その大会で偶然一広は対戦したそうなんですが、なかなかの少年で瀬戸内こども名人戦で優勝しているらしいんです。」
「瀬戸内こども名人戦で、優勝?!」
聞いた父親は、『もしかして、玲奈より強いのか?!』と思うと居ても立ってもいられなかった。
「小学校六年生だそうですよ。玲奈さんと同じ学年ですから、もしかしてお父さんも知ってるかと思ったものですから・・・。」
「因島で・・・、将棋を指す男の子で・・・、玲奈と同い年?! 瀬戸内こども名人戦で優勝したくらいですから、強いんでしょうね?!」
「ええ。まだまだ未熟なところはあるようですが、将棋に対する情熱というか執念は、すごいらしいですよ。」
「そうですか? もし名前を聞くことがあれば、連絡します。」
父親は津島少年の父から難しいお願いを受けると、電話を切ってからも考え込んでいた。
「母さん。津島君のお父さんから・・・。」
と、妻に話の一部始終を聞かせる。
「へーえ、テレビでですか?!」
「そうなんだ。ただ、あの玲奈が・・・。」
「そうね、
いやはや?! どこまでいっても波風の立つ親子であった。
父親は二階で何をしているか分からない玲奈を呼ぶと、さっき聞いた津島少年の父親の話を伝え、さらに、
「玲奈、同級生で村上聖って子知らないか?!」
言われた玲奈は、
「わたしゃあ、もう絶対に将棋はしないからね! それに、村上聖って知らないよ!」
と言い切る。そんな娘の顔を見ながら、
「玲奈・・・、お前は絶対をつけるのか?」
玲奈の顔はまるで風船だ。
「そうだよ、絶対だよ。東京にも行ってあげたんだから。」
「玲奈、お父さんになんてこと言うの! あなただって、東京に行って良かったじゃないの?」
「そっ、それは・・・、それ! これは、これ。わたしゃあ、絶対に将棋はしないからね。これからはチェスなんだ、チェス。」
「そうだ! 杏美に頼みましょう。杏美なら、どのタイミングで切り出せばいいか、よく知っているから。」
「なるほどね。その手があったか。」
またまた、両親の
「ねえ、杏美。お願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?」
と声をかけていた。母親の話を黙って聞いていた杏美は、突如もったいぶって、
「いいけど・・・。母さん、代わりにお小遣い頼める?!」
と、腹黒さを見せた。
「えっ、・・・。分かったわ、あんたには負ける。ただし五百円だけよ、それ以上はダメだからね。」
「まあ、仕方ないか。」
「それじゃあ、玲奈のこと頼むわね。」
「アイアイ、サー。」
げに、おそろしき親子である。この
次の日、両親は玲奈に将棋の話を持ち出していた。
「いくら言われても、わたしゃあ将棋はやめたんだよ。何度も言うように、父さんや母さんが言うから、東京にも行ったんだ。今度は、絶対にイヤだからね!」
と、サッサと部屋に戻っていく。
それを目で追う父親は杏美を見て、『杏美、
翌日、玲奈に荷物が届いていた。初めて目にする差出人からの荷物で意外と軽く三十センチ四方のものであったが、受け取ったのが杏美で玲奈には最悪の事態が待ち受けていたのだ。
「玲奈!」
「なんだよう?」
「着払いで、何か送ってきたぞ。」
言われた玲奈は一瞬ギクリとすると、
「姉ちゃん。そっ、それ、どこにあるんだ?!」
と、情けないことに思わず聞いていた。
「ははっ、心配すんなよ。私がちゃんとお金を払って、預かってるから。」
「助かった! ありがとう。で、いくらだ?」
「二千百円と送料で、二千六百四十円。」
「すぐに取ってくるから、捨てたらダメだよ。」
その言葉で、杏美には送ってきたものが何であるかピンときていた。『なるほど、なるほど。間違いなく、これはチェスだな!』好都合である、『うひょひょひょひょ、玲奈のバカめ。自分で転んでやンの!』、これで杏美は玲奈に対する攻撃の糸口を見つけることができたのだ。
杏美は預かっている物を玲奈に見せると、さりげなく、しかしもったいぶって、
「えらく軽いじゃないの?! もしかして、チェスか?」
と、ずばり聞いていた。言われて、慌てふためいたのは玲奈である。その上、杏美は
「まあ、今回は、お金いらないよ。」
と言うのである。
「姉貴、どうしてだよ? アンタみたいなドケチが・・・。」
「ドケチ?! まあ、いいか! 私だって、たまにはアンタの事を思っているとこ見せないとね。」
しかし、言うには言うのだが最後に、
「観念して、テレビで津島君と対局しなよ。じゃあないと、これもあるし・・・。」
と言ってチェスの箱を振り回しながら、
「アンタの小遣いが、限りなくゼロまで減るぞ。」
と、脅し文句を言っていた。結局、玲奈に何も言わせないようにしたのである。
そんな杏美の
「玲奈、テレビに出られるんだよ。東京で優勝したんだから、もう一度頑張ってみようよ。」
と、いかにも玲奈のためだという風に母親は言った。
「うん、分かったよ。」
と、
結局、最後に笑ったのは杏美なのだ。小遣い五百円アップは当然として、チェス代を母親と玲奈に出させて、差し引き二千六百四十円をまんまと手に入れていたのである。
「やっと、玲奈が納得しました。」
仕事から帰ってきた父親が、津島少年の父に電話を入れていた。
「それは、良かった。ご面倒をおかけして、申し訳ありません。
「何をおっしゃいますか。私たちこそ、こんな機会をいただいてありがとうございます。」
「すぐにお目にかかれると思いますので、その時にあらためてお礼を・・・。」
「それには及びませんよ、お気遣いなく。しかし・・・、いくら土生名人の提案といっても、よく玲奈なんかでテレビ局が受けてくれましたね。」
と、納得がいかない様子で尋ねていた。
「ははは、どうなんでしょう。親だからこんなことが言えるのかもしれませんが、土生名人の目にとまった二人、片や中国学生選手権大会で優勝した視覚障害者の中学生、片や東京で小学生女子将棋大会に優勝した玲奈さんとの対局ともなれば、テレビ局が飛びつかない理由はないと思うのですが?!」
「確かに・・・、そう言われたら。」
二人の父親は、勝つのはわが子だと思いながらも最後に、
「対局の日に、会えることを楽しみにしていますよ。」
と、電話を切っていた。
企画そのものが遅かったので、対局はすぐに学校が始まってしまう八月二十三日の朝十時から十一時三十分、場所は中国四国テレビというギリギリの日程で決定された。
当日、局に朝早く入った玲奈の家族と津島少年の家族は、担当者に将棋を始めた動機やその後の
「それは?」
「はい、東京の大会でこの子が
「なるほど。カープの野球帽ですか、面白い! 絵になるかもしれませんネ。」
と言っていた。
玲奈や家族が驚いたのは、津島少年が幼いときに交通事故に遭い視力を失ったことだった。津島少年は中途視覚障害で、目の前の手の動きがやっと分かる手動弁とのことであった。そして、そんなつらい経験から立ち直らせ救ったのが将棋だったのだ。
津島少年の心の強さというかすばらしさ、大変さは別として、あれだけテレビを嫌がっていた玲奈だが、見るもの聞くもの、そのすべてに好奇心むき出しだった。
大砲に小さな車輪がついたようなテレビカメラ、天井に張りめぐらされた金属のパイプ、床を
「姉ちゃん、凄いぞ。狭い部屋に、こんなに人がいるのか?」
キョロキョロする玲奈に杏美は
「アンタ、緊張しないのか?」
いつもらしからぬ杏美は、もう顔を引きつらせている。そしてスタッフとは別に観戦の人たちが、次から次へと会場に入ってきていた。その中に、玲奈と同じくらいの少年が、体が弱いのか両親に付き添われて入っていた。その少年こそ、村上聖だった。
「姉ちゃん、人が一杯だぜ。」
「・・・。」
『こいつ、どういう神経をしているのだ?』、杏美は言葉がでない。また両親はと見ると、最初は津島少年の両親と
その時、入ってきた観戦者からささやき声がもれた。
「あれ? あの男の子、白い杖を持っている! 目が、見えないみたいよ。」
「ホントだ、どうやって指すのかしら?」
「せっかく来たのに、大丈夫なのか?」
「目が見えない子と、大して強そうもない女の子で勝負になるのか?」
対局を楽しみにしてきただけに期待を裏切られるのではという、ため息交じりの声があちこちで上がる。しかし、YouTubeで玲奈の対局を見た人は、
「おっ、あの赤い帽子を
「あっという間に、決勝戦まで行ったよな。」
と、数少ないが玲奈を褒める声も聞こえていた。
それを耳にした玲奈の鼻は、杏美が見ても二・三センチ高くなっていた。
「姉ちゃん、聞いたかよ。わたしゃあ、有名人だよ。」
数少ない褒め言葉に鼻高々で、いつの間にか、やる気満々である。宿っている
玲奈の言う事を聞いていた杏美は、緊張しているのも忘れてバカバカしくなると、
「ああ、そうだね・・・。それじゃあ、津島君にも勝たないとね。」
と冷めたように言うが、
「もちろんだよ、今度は私が勝つ番だぜ。」
と、理由もない自信を見せる。玲奈と杏美の会話が聞こえていなかった父親は、観客の津島少年に対するささやきに、
「みんな、津島君の強さを知らないからだよ。」
と、母親にそっと言っていた。
そんな時に観客席から、ささやき声が聞こえていた。
「あの子。もしかして瀬戸内こども名人戦で優勝した、村上聖じゃないの?!」
「ああ、ホントだ。あの子も観戦に来たのか?! 中国学生選手権大会では、学年差もあるけれど、津島一広に歯が立たなかったみたいだぞ。」
いよいよ対局の始まりだ。
「
二人の、
先手、本因坊秀策。初手、
▲3六歩。
△8四歩。
▲3五歩。
△8五歩。
▲7八金。
△8六歩。
▲同歩。
△同飛車。
▲8七歩。
△8四飛車。
▲3八飛車。
△1四歩。
▲7六歩。
少し経つと「それでは、解説をお願いします。」と、石野七美女流初段が言った。土生名人が、
「裏三間飛車? 困りましたね、これは私との対局で剣崎八段が指した手ですが・・・。うーん、なんと言えば?! しかし、とても小学生女子とは思えませんね。」
と、
そんな玲奈と津島少年を客席から熱があるような眼差しで、村上聖少年は見ていた。
玲奈、見参。第一部完
玲奈、見参 ゆきお たがしら @butachin5516
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