【短編】透明人間の憂鬱

ボンゴレ☆ビガンゴ

透明人間の憂鬱

 幼い頃、ゲームやアニメで透明人間に憧れた。透明人間になればどこだってお金を払わずに入ることができるし、どんなことをしたって文句を言われないし、勝手気ままに自由にできる。

 電車だって飛行機だって乗り放題。プロ野球だってサッカーだって見放題。学校を抜け出して、映画を見たり、遊園地に行ったり。なんだってやりたい放題さ。


 つまらない授業の度に、透明人間になれたらどんなに楽しいだろう、と妄想しては時間をつぶしていた。


 そして、あれから何十年経っただろう。昭和は終わり、平成も終わった21世紀中盤。

 私はついに透明人間になったのだ。


 排気ガスの蔓延する大通りを歩く。新宿は21世紀になっても人の多さは変わらない。人気のない道ならいいが、人ごみの中を歩くのは透明人間にとっては中々難しい。私に気付かぬ人はお構いなしに歩いてくるのだ。だから私は大通りを行き交う人たちに、いらぬ迷惑をかけぬように歩道の端を歩く。


 幼い頃には憧れだった『透明人間』だが、誰からも気にされないという点で言えば、その存在は悲しいものなのかもしれない。

 実際になってみてわかった。子供時代に思い描いていた透明人間と現実のそれとは随分と違う。やはり現実は漫画のようにはいかないものなのだ。


 私は最近痛めた足を引きずりながら人気の少ない公園に向かった。最近はここが私の寝ぐらだ。住めば都というのは本当で、いつの間にかこの公園に安らぎさえ感じている。

 実は透明人間になったことで住んでいたアパートは退去させられていた。というより、勝手に荷物を捨てられ、新たな住人が住み始めてしまったのだ。


 そりゃそうだ。透明人間がまともな職になどつけるわけがない。そもそもまともに働くことができなかったから透明人間になったわけだし。


 しかし、病気になっても、怪我をしても医者に診てもらえないというのは透明人間の重大な欠点である。


 重大な病気にでもなったら待っているのは死のみ、だ。


 ああ、もし私が死んだらどうなるのだろう。


 憂鬱な夜はそんなことを公園の星空の下でそんなことを考える。私には妻も子もいない。両親もとっくに他界しているので、私の死を悲しむ人はいない。ましてや透明人間の死体になど誰か気づくだろうか。


 結局、馬鹿の考え休むに似たり、といったところで煮詰まる。考えたって意味はないか、という結論に毎度同じようにたどり着く。


 実際に透明人間になるとわかるが、透明人間は誰からも相手にされないので娯楽施設などにはいけたもんじゃない。どこに行ったって周りの嬌声に萎えて、とぼとぼと寝ぐらに帰ることになる。そうして誰とも話さない生活が続けば人の集まるところで楽しそうにおしゃべりをしている人を見ると無性に腹が立つから、繁華街には極力行かないようになるのだ。


 透明人間になって早5年。本当はもう透明人間なんてやめたいと思っている。でも辞め方がわからないのだ。


 世間は正月やお盆、クリスマスやハロウィンなんて行事があるたびに華やぐ。けれど、私は無関係だ。人との関わりがなければ、季節の行事など無いに等しい。クリスマスを過ごす相手もいない。正月に新年を祝う相手もいない。


 ならば、私にはそんな行事自体が存在しないのと同じことなのだ。人との関わりがないから、金を得る事も滅多に出来ないし、ゆえにまともな食事も出来ない。

 しょうがないから残飯を漁ったりもするんだが……

 それにも誰も気づかない。

 寂しいもんだ。周りにはいくらでも人はいるっていうのに。



 時々、公園から抜け出して街へ行く時は、誰にも迷惑がかからないように道の端を歩くことにしている。

 でも、時々すれ違う人と目が合う気がするときがあるのだ。


 だけども、誰もが目を逸らす。


 すれ違う時に息を止める奴もいる。


 姿は見えてないのに臭いは分かるんだろうな。


 それも仕方ない事で、めっきり風呂にも入ってないからなぁ。


 でも、本当は分かっている。

 ……分かっているさ。

 

 誰もが私に「気づかない振りをしている」だけなんだってことは。


 

 私は透明人間ホームレス


 繁栄する国の街角で、


「貧しい国の為に」と募金を求める人のすぐ横で、

 誰もが世界中の平和を祈るその裏で、 誰にも見られず足を引きづり歩いてる。



 私はホームレス透明人間


 私がウロウロしていたんじゃクリスマスの幸せなムードだってぶち壊しだもんな。

 だから、俺もいない振りをするし、誰もが気づかない振りをするんだな。


 それでいいのかもしれない。考えようによっちゃ自由気ままさ。誰にも文句は言われない。


 でも、君は、透明人間になってみたいと思うかい?




 終

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