第20話(終)
「・・・・おい!」誰かが叫ぶ。
「何か空に影が見えるぞ!」
「何だって・・・!」また誰かが絶望したような呻きをする。
「また衛星巨神が落ちてくるのか。」
「もう勘弁してくれよ。」
「侍か?道化か?」
「道化だ!」
「・・・・ガラ!ガラじゃない!」
「あれ、でも、落ちる速度が全然遅いぞ。」
「本当だ。」
「あ、着陸した。」
「座った。」
「普通に地球に着いた。」
「わき腹を押さえているぞ。」
「おや、手を離した。」
「人が二人でてきた。倒れてるぞ。」
「救急車呼ばないと。」
「何があったんだ。」
「おわ、道化が倒れるぞ。」
「ありゃ。」
「これは大変だ。」
「でも海の方に倒れてくれてよかった。」
「!」
ガラ・ステラは眼を覚ました。銀色の瞳が日光を反射する。不思議な夢を見てしまったな、と彼女は思ったが、そういえば物凄く久しぶりにベッドの上で寝ている事に気づいた。窓の外を眺める。庭では老人たちがリハビリなのか歩き回っている。ごく普通の病院のようだ。では自分は人間の大きさに戻ったのか。ガラ・ステラは起き上がる。久々に部屋、天井、壁というものと触れ合うので距離感が分からずベッドから転げ落ちそうになる。
「眼を覚ましたか。」懐かしい声が聞こえる。戸口からドミニクが現れたのだ。何故か妙に老けていて白髪交じりであった。「君が無事で本当によかった。そして、私を呪縛から解き放ってくれて、感謝する。」
「ドミニク先生・・・。」
「ガラ、ゴブルグ社長に感謝するんだよ。」ドミニクは言った。
「ゴブルグ?なぜ?」
「彼は結局、行方不明になった侍と道化の処遇についてのニンジャ社の会議に付き合わされて、太陽にいかなかった。宇宙人は太陽に向かう富豪たちを皆殺しにしたがゴブルグは殺されずに済んだ。その代わり、堕とされた魔女に潰されがかったが。一切の事が終わった時、彼は世間に告白した。自分はエドマンの発信機を手にしていて、太陽に移住し良い職に付かせる条件で彼から指示を受けていた、と。その発信機を渡したのは私だが・・・。しかし、ガラがもし太陽を開放したら、ガラがそのまま衛星巨神のまま生き続ける宿命を負わされる事を知っていて、この子にその恐ろしい宿命を負わせるのは耐え難い、いつか元に戻せないだろうか、とも考えていたそうだ。彼は自分の娘を投影していたのだろう。ガラの本体の肉体の上に"圧縮"した衛星巨神を被せるよう作り変えた。もともと君は衛星巨神だったから、そのような事は容易に行えたそうだ。その事も告白したそうだ。」
「そうだったの・・・・。」ひょっとして、打ち上げ前の4メートルの姿はそのための自分の"棺桶"としての十分なスペースを確保するための大きさだったのだろうかとガラは考えた。
「君は晴れて普通の人間として復帰だ。まあ、しばらくリハビリが必要だがな。だから私も君の検診役に再び戻った。だがしかし・・・」ドミニクは掠れたため息をつく。「太陽の多くの機器が壊れ、私に不死のエネルギーが供給されなくなった。私はもうじき死ぬであろう。」
「そんな・・・!」
「私は制裁を受けるべき人間だよ。」ドミニクはかぶりを振った。「唯一のほほんと老衰で死ぬなんて申し訳が立たない。」
「ドミニク先生は十分償いました。」ガラは言った。「おかげでこうやって私が帰れたんですから。」
「そうだな。」ドミニクは笑った。皺が目立ったのでガラはすこし悲しかった。「償わせてくれた君の友達にも、深く感謝したい。」
「なんか、結局元通りになったな。」ベンは退院したガラに言った。「一人増えたけど。」
「あーら。」セリーシャはあのときよりは邪気の無さそうな顔であった。「なんだかベンちゃん不満気ねえ。」
「まさかこうやって友達同士になるとはね。」ガラも朗らかに笑った。「でもまあ、ほんと、ありがとうね。」
「いいえー。」セリーシャはうなづいた。「もう宇宙に飛び回るなんてこりごり。どうせ栄誉を手にするなら、地球を飛び回って金を稼ぐ方がずっと面白いわ。」
「あら、そうかしら?」ガラは言った。「私ももう宇宙のお仕事はいいけど、宇宙旅行ができるようになったら是非行きたいわ。」
「僕も行きたい。」ベンは行った。
「あら、じゃあ行きましょう。」ガラは微笑んだ。セリーシャはフン、と鼻息を洩らした。
「ロボットは愛しかない。」ガラは大学の講堂で生徒に話していた。「私の先生はいつもこの言葉を言っていました。意味としては、ロボットには作り手の想いが込められていて、すなわち愛の結晶なんだ、という事です。昔にぎわせた衛星巨神の事件がありましたね。わたしも以前最後の衛星巨神をやったことがあります。衛星巨神は人と機械を融合する理想で作られたものですが、やっぱり人間ではどうにもならない事もあるのですねえ。人間はやっぱりエゴがあって欲する側ですから。その人間の欲望をお手伝いするのがロボットだ。私はでもクローン人間でもあります。 ある意味ロボットです。そして欲する側の人間の意のままに動かされた、いわば、道化です。」
ガラのちょっとしたユーモアにフフ、と笑う人がすこしいた。
「でもまあ結局人間だったんです。翻弄されてしまったときにふと自分のエゴに立ち返って混乱してしまった。でもそのエゴが今思うととても大事なものだったんです。その事を私の友人は気づかせてくれました。」
ガラは後ろに振り返って白板を見る。
「エゴってつまり欲望なんですけど、人間は愛と欲望で生きている。そのうち欲望に全く寄らない存在はロボットなのです。だから知って欲しい。これからロボットを作る皆さんには、彼がとても健気で献身的な性格を持っているということを。その事さえ忘れなければ、彼らにとって、そして私たち人類にとって良いロボットができあがるはずです。とまあ、ちょっと先生の個人的な話が過ぎてしまいましたね。では、オリエンテーションを終わります。」
あれから数年も経ったなあ、と思いながらガラは学校を後にする。夢に突き動かされた自分はつくづく若かった、人類を滅ぼしかねないほどに若かった。だけど自分はそれを乗り越えた。エドマンがそれを乗り越えることができなかったのは、あまりにうまく行き過ぎたのと、太陽人の不死の術で死を思う気持ちを忘れたのだと思う。
太陽を見つめてもあの時のような、不思議なときめきはもう無かった。曇り空の方が太陽の想像をさせるから好き、と思った時代は終わった。自分は大人になってしまった。ふと、道化師になった巨大な自分が空から見つめているような気がした。それは『さようなら、さようなら、』と言いながら空へと消えていくような気がした。ガラはその消えた道化師に別れを告げた。
「さようなら。」
そしてガラは前を歩く。自分の生きている知り合いは皆自分の道を歩いていた。ジョーストは陸上選手になり、メラマはサーカスのピエロをしていた。セリーシャは事業主として金を稼ぎまくり、ベンは文学教授になった。そういえばクルンベルバル・ヴォーツェルは誰だったのか、結局分からずじまいだった。作者未詳だったし、太陽人の誰かが適当に書き連ねた詩かもしれないし、地球人が直感でデタラメを書いたかも しれない。ベンは未だに資料を探しているみたいだが見つからない。ま、過去の事はいいか、とガラは一人微笑んでいると前の方にベンが手を振っていた。丁度彼も帰るみたいだ。ガラはベンと共に同じ帰路を歩いていった。
―おしまい
宇宙道化師ガラ・ステラ NUJ @NUJAWAKISI
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