第6話  道化の正体

 レールガンの発射台に男はいた。最早道化ではなく、隕石破壊の主人公として。

 艦船の上、急造の耐火シールドで身体を守り、狙いを定める。

(――とうの昔に諦めた、確かにその通りだ。もうとっくの昔に捨てた石(せかい)だ)

(――だが……僕が、捨てた石をもう一度拾ったらいけないなんていう決まりはない!)

 男が意を決してスコープを覗くと、ポツ……と何かが手に当たった。それは続けざまに辺り一面に落ちてくる。それは間違いなく……。


「統合幕僚長、雨です! 今から数時間東京に大雨が降ります! 隕石はその最中に落ちてくるかと……」


「なんだと? そんな状況で精密射撃が出来るわけがないだろう。彼の能力だって無制限ではない!」


 男は黙って銃口を空に向けていた。レールガンの銃口を、仰向けの体勢で。脚で銃口の角度を調整して。

 ザーザーと雨が降りしきる。

 既に男は全身ずぶ濡れだった。その顔も濡れ……男は閉じていた右目を初めて開いた。

 誰も聞いていない所で、男の本音がこぼれ落ちる。


「悔しいなぁ、かすみ……。オレは外科医になっていた方が良かったのか。それも天才的な外科医に」

 男は心底悔しげに唇を噛む。頬に流れるのは雨のしずくと……。

「僕たちの子どもを宿したまま……。もし生まれたらさ、青いオーバーオールを好んで着るようになってたのか。もう少し、生きていて欲しかったなぁ……」

 男の両目から涙が溢れる。開いた右目の色も濁ってなどいない。

 ごく普通に、人並み以上に見える両目の――片方を閉じていただけだった。

 見えすぎる目に、日常的に自ら課した制限だった。

 男は悔恨の言葉を続ける。

「僕が何度世界を救ったところで、お前たちが生き返るわけではないからなぁ……」

 雨は降りしきり、百キロ以上先に狙いを定められるかは不明の、超超高精度照準装置を水浸しにする。

「あの生意気な女の子が、僕とかすみの〝生まれるハズだった子ども〟か」

 水で光は屈折する。雨水に濡れたスコープでは目で正常に標的が捉えられないと考えるのが普通だ。

 しかし彼は――。

「お前たちを失っても、それでも僕は、お前の愛した世界を何度でも――」

 彼は再び唇を噛み、直後、静かに呟いた。

「救ってみせるよ」

 空が煌めき、どこか遠くで雷が落ちた。だが彼には微塵も動揺がない。

「僕の射撃能力にリミッターが付いてないのは十代の頃に解った。生まれつきそういう能力を持っている。僕は〝そういう人間〟だ。だけど僕は! そんな能力より、愛する妻を少しでも長生きさせる力が欲しいと――。ずっと、無い物ねだりをしていたんだよ……。ヒーローと呼ばれ悪魔と呼ばれ死に神と呼ばれ――そんなのは正直どれでも良かった。実際問題、他人にどう呼ばれるかなんてどうでも良いことだ。世間体なんて気にしない。愛した女が全てだ! 僕にはっ!

 世界を救ったこと、救うこと。そんなことは僕の自慢になりはしない。

〝ただの一人も人間を殺していないこと〟、それが僕の誇りだ。

 そして僕は……僕の正体は――。

 ――愛する家族に先立たれて、無い物ねだりで力を欲し続けた……ただの子どもだよ」


 レールガンの引き金を引いた。

 二本のレールにプラスとマイナスの電流が大量に流れ、中央に挟まれた弾丸に推進力が働く。重量十キロの弾丸は音速の十倍以上の速さに加速され、凄まじい勢いで発射される。

 轟音。

 同時に熱を帯びたプラズマの発生。レールガンを発射した男に炎が襲いかかり、耐火シールドが耐火温度の限界に――。

 弾丸が空に向かって疾駆する。

 轟音と共に雨雲に巨大な穴が開き、雨が部分的に上がり太陽が顔を出す。

 弾丸は一直線に隕石に向かい……物質の中心や重心を支える「核」と呼ばれる部分を打ち抜いた。高さ百キロ以上の地点を超高速で落下してくる隕石の核を。寸分の違いもなく。

 砕け散り、細かい破片となっていく隕石。それらが大気圏で燃え尽きるのは確認された。

 雨雲が消えて空が晴れていく。

 夕焼け空だった。

 自衛軍の作戦本部は歓喜に満ちていた。拍手喝采、歓声。東京を守れたことに涙する人もいた。

 作戦本部で官房長官は喜び勇んで狙撃手の彼に――〝ヒーロー〟に無線連絡をした。

「よくぞやってくれた! きみを信じていたのであります! きみは世界を救ったのです! 何か望みの報酬はありますか? これだけのことをしてくれたきみになら――。

 もしもし? 聴いていますか? 返事をしてくれたまえ! もしもしっ?」

 無線機は無人の艦船の艦橋に転がっていた。

 彼が狙撃に失敗した場合射殺するべく配置されていた狙撃部隊は彼を一旦見失い、その「ロスト」の報告を聞いた部隊長も陸軍幕僚長も「追跡・調査を断念」の命令を下した。


 無線機と焼け焦げた耐火シールドのみが転がる無人の艦橋。

 最初からそこには誰もいなかったかのように、世界を救った彼の姿は掻き消えていた。



 エピローグ



「落ちてくる隕石をどうにか出来る人間なんていないさ。僕以外には、ね。それだけの射撃能力を持っていて、尚かつ〝失敗したら消される〟ことを承知で、それでも自分の信じる〝何かのために〟能力を発揮出来る人間。

 妻のため、娘のために。人々のために。


 僕は――」



 ――「ヒーローは愛のために」 (了)




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ヒーローは誰がために 佳純優希 @yuuki_yoshizumi

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