恋は盲目!!

ボンゴレ☆ビガンゴ

恋は盲目!!

 授業中が一番心が安らいだ。少年には友達がいなかったからだ。授業中ならば、クラスに溶け込むことが出来る。誰とも話さなくても、誰からもなんとも思われない。


 自由を告げる鐘は少年にとっては地獄の始まりを告げる鐘だった。休み時間はいつも寝たフリをしたり、図書室までの廊下を無意味に往復したりして、時間を潰していた。


 友達なんかいらない。


 彼のちっぽけな自尊心は殻を作ることで満たされていた。僕はこんなくだらない連中となんか仲良くなってやらない。彼らが僕を拒絶するんじゃない。僕が彼らを拒絶しているのだ。こんな主体性のない与えられた餌だけを貪り食らう豚どもなんかと、誰が仲良くなってやるものか。少年は学校のことをひそかに豚小屋と呼んでいた。しかし、それすら誰も知らなかった。


「ねえねえ、英語の西岡ってうざくない?」


 ある日、机に覆いかぶさるようにして、寝たフリをしていた少年の背中をつつく者がいた。 後ろの席の少女だった。屈託無く笑う少女は大きな瞳を瞬かせていた。


「……」


 少年は無視した。『目を閉じたまま』何も答えなかったのだ。しかし、少女は別段腹を立てるわけでもなく、何事もなかったかのように他の女子とつまらなさそうな談笑を始めた。


 その時、少年は気づいてしまった。少女が自分に助けを求めているのだと。彼女はこの豚小屋にうんざりしているのだ。


 寝たふりをしていても後ろから視線を感じる。休み時間になると、少女は自分に話しかけようとしているのだ。だが、少女のつまらない友達は少女につまらない話ばかりしていて、少女は自分に話しかけることが出来ない。


 少女はいつもとてもつまらなさそうに友人たちと笑いあっていた。背中越しでも少女のつまらなさそうな顔が見えた気がした。


 少女が落とした消しゴムを少年が拾ってあげたときだった。


「ありがとう」


 少女は少年に言った。少女は微笑んでいた。

 それは少女がいつも友人たちと話しているときには決して見せない笑顔だった。


 その時、少年は確信した。

 この腐りきった世界の中で、彼女だけが何物にも侵されていないということを。そして、そんな彼女を守れるのは僕だけなんだと。


 少年は決意した。


「この汚染された世界から彼女を守りぬくんだ。」


 少年は少女のことだけを見つめた。どんな時も、少女のことだけを考えた。彼女を守り抜くために自分には何が出来るのか。少年はいつも考えた。


 しかし、彼の努力も虚しく、少女は俗世間にまみれていった。少年の視線に気づくと恥ずかしそうに目を伏せていた少女は、徐々に少年に対して怯えた瞳を見せるようになった。あの日、あんなにも笑顔をみせてくれた少女が、少年に対してまるで汚物を見るような瞳で見つめるようになっていったのだ。


 ある日、少年はクラスの女子に呼び出された。醜い女たちは、その醜悪な外見同様に汚い言葉で少年を罵った。


 女たちは、少女が少年を気味悪がっているというのだ。怖くて学校にも来たくないと言っていると。


 そんなはずは無い。彼女は僕を求めているはずだ。だって、彼女は僕に微笑んでくれたんだ。学校に来たくないのはつまらないお前たちのせいだ。現に少女は僕に何かを訴えかけようとしている。少女は僕に救いを求めているのだ。あの醜悪な雌豚たちから私を守って欲しいと、そう僕に言いたいのだ。


 少年は計画を実行に移した。放課後、少女の後をつけた。一人になったときに話しかけなければ意味が無い。あの醜い豚達と別れた所で話しかけなければ、彼女は本心を語ってくれないだろう。


 人気のいない路地裏で、少年は少女の前に姿を現した。少女は怯えた表情で後ずさりをした。


「突然ごめん。でも、君に伝えたいことがあるんだ。ううん、違う。君が僕に伝えたいことがあるはずなんだ」


「な、何?」


「怯えなくていいよ。ここには僕しかいないから。君と僕しかいないんだ。だから本当の気持ちを言ってくれよ。君は僕と同じなんだろう。こんな腐った世界を望んではいないんだろ」


「何を……、言ってるの?」


「大丈夫だから本当のことを言ってよ。君は僕とおんなじだ。おんなじなんだよ。

 君は僕を求めている。君は僕が必要なんだ。君には僕しかいないんだよ」


 少年が少女に詰め寄ると、少女は震える声で叫んだ。


「来ないで!気持ち悪い……。私あなたなんか求めてない!あなたとなんか同じじゃない!あなたなんて必要としていない!私を見ないで!私に構わないで!あなたなんか大嫌い!」


 駆け出す少女を少年は立ち尽くして見つめることしか出来なった。


 なんでだ、なんで彼女は逃げるんだ。彼女は僕が必要なんだ。彼女は僕に救いを求めているはずなんだ。

 違う。こんなの違う。

 違う、違う、違う、違う、違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う


 こんなの絶対に違う!!


 そうか、

 

 そうなのか。


 そうだったんだ。

 

 何で気づかなかったんだろう。



 彼女はすでに侵されてしまっていたんだ。腐ってしまったんだ。あの醜い豚達と同じになってしまったんだ。俗世間にまみれてしまったんだ。


 もう彼女はあちら側に行ってしまったんだ。


 そうだ、最近の彼女はあいつらと同じだった。口紅をつけて、流行の髪型にして、スカートを短くして、男共に媚を売っていたんだ。僕がいるのに。僕という存在があるにも関わらず!!


 豚だ、豚だ、醜い豚。豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚ブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタブタ。


 ああ、なんてことだ。彼女は僕にとってたった一つの光だったのに。


 僕もいずれ腐ってしまうのだろうか。あの通俗で野蛮なクラスメイト達のように豚のようになってしまうのだろうか。僕は、ならば僕は自らの命が崇高なままで死にたい。この俗世間にまみれる前に、自らの手で幕を閉じたい。


 そうだ、彼女も救ってあげよう。

 醜悪に成り下がったあの肉体からきらきら輝く少女の精神を解き放ってあげるんだ。


 肉体を切り刻んで彼女の綺麗だった精神を取り戻すんだ。だって、彼女は、彼女の精神は僕を求めている。僕に助けてもらいたかったんだ。


 彼女の果物のようにみずみずしかった体は、やっぱり果物ナイフで切り刻んであげなくちゃ。そして体の中からドロドロのぐちゃぐちゃの臓物を全部取り出そう。太陽に当てて、日干しして、そうして、取り出した彼女の臓器に口づけをしよう。

 愛しているって伝えよう。そうだ。こんな俗世間にまみれた体の表面なんかに用はないんだ。彼女の心に、心臓にし、胃袋に。小腸に、体の中の全てのものに愛を捧げるんだ。

 そうすれば、彼女はきっとわかってくれる。


 僕にしか出来ないんだ。

 これ以上、彼女の精神が侵される前に、彼女を解き放つんだ。

 彼女のために。僕のために。二人のために。


 この腐りきった世界から抜け出すんだ。



 彼女と二人で。

 愛してる。

 ずっと。


 そう、これは本当につまらないどこにでもある恋物語なのだ。





 終




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