特別編

特別エピソード「冷泉望の冬の過ごし方」

ー冷泉・望=フリージィ、蒼人のもとに帰ってきたその年の冬のこと…ー


………



望「本当に暑くない日ってあったんだ」


望「それに、こんなに寒い日もあったんだ。うぅ、これが夏以外の季節なんだね…」


蒼「人生初めての冬の感想はどうだ?」


望「素直に寒いよ」


蒼「そうだろうそうだろう。慣れない季節だろうし、体調には気を付けろよ」


望「ねぇ蒼人くん」


蒼「そうだ、せっかくだし今日の夕飯は鍋にしよう。やっぱり冬といえば鍋だ。お前も興味あるだろう?」


望「蒼人くん」


蒼「そうと決まれば、とりあえず買い出しは必須だな。お前は鶏肉と豚肉のどっちが好みだ?」


望「蒼人くんってば」


蒼「おう、どうした?」


望「なんかすっごい距離を感じるんだけど!」


蒼「そうか?いやぁやっぱり冬場は風邪をひきやすいからさ。余り近づきすぎるのも」


望「ずっと5メートルぐらい距離があるんだけど!」


蒼「………」


望「距離が!」


蒼「いやぁ………ほら、お前特異体質だろう?秋ごろからずっと思ってたんだ」


蒼「やっぱり寒いなって」


望「だと思ったよ!」


望「うぅ…いっぱいくっついていたかったのに、まさか季節に嫌がられるとは思ってなかったよ…」


蒼「確かお前、去年の風邪をひいたときは身体が人並みの温度になってたよな」


望「私はぼんやりしてたからあまり覚えてないけど」


蒼「ということは、普通の人間と同じように体温が上がるとその冷却体質も落ち着いたるするんだろうか」


望「なるほど。でも風邪をひいたときのような状態で過ごすわけにもいかないから…」


蒼「神様なんだったら、もしかしてそれをコントロールする方法もあったりするのか?」


蒼「こういう時に、冷泉さんに聞ければわかるんだろうが」


望「あれから全然冷泉さんを見てないね」


蒼「お前がいなかった時ですら、俺も明乃も見てないからな。市長さんに聞こうにもあまりに敷居が高すぎるし」


望「どうしちゃったんだろうね」


蒼「あの人のことだから、ある日突然ひょっこり現れたりしてな」


望「そうなるといいね」


望「ね、蒼人くん」ススッ


蒼「………あぁ、そうだな」ススッ


望「なんで私が近づこうとしたら距離を取り直すのかな?」


蒼「………寒いから」


望「もーー!」



………



明「望ちゃんが冷たいと?」


蒼「いや合ってるけども」


明「蒼人さん…もしかして浮気ですか?」


蒼「説明を一から十まで聞いて出たセリフがそれかよ」


明「ふむ、おばあちゃんの遺したものにはそんな話はありませんでした」


明「おばあちゃんの手記が本当なら、探している冷泉さんはそういう体質じゃないと思います」


蒼「そう言えば、前に言ってたな…娘の望は…つまり家のばあさんに当たる先代の望もそういう体質だったって」


明「やっぱり冷泉さんから直接聞く他ないと思います」


望「そっか…何とかする方法があるといいな」


望「このままじゃ、冬が明けるまで蒼人くんはずっと私から適度な距離を保ち続けちゃうし」


望「適度な距離を…」


蒼「2回言うな」


明「ところで、その体質の望ちゃんって、身体の温度はどうなってるんですか?」


蒼「前に体調がいい時に、体温計で計ったことがあるんだが」



ーーー


蒼「なぁ望」


望「なに?」


蒼「お前が冷却体質なのはわかったが、お前自身の身体の温度ってどうなってるんだ?」


望「どうって…考えたこともないよ」


蒼「ちょっと計ってみるか、ほら体温計」


望「あ、うん」


ピピッ


望「んん?」


蒼「エラーだな」


蒼「ちょっとこの気温計持ってみ?」


望「わかった」


ーーー



蒼「結局、2℃しかなかった」


明「2℃!?」


望「うん。水銀温度計っていうのかな?あれを手に持って計ったらそんな感じで…」


蒼「氷点下でない事だけが唯一の救いだよ」


明「で、でもそれっていわゆる望ちゃんの周りの温度ですよね。体温とは少し違うというか」


蒼「身体の内側は確かにわからない、だがな…望?」


望「なに?」


蒼「ちょっと明乃の手を握ってやれ」


望「あ、うん」


明「ひゃうあっ!?」


明「な、なんですかこの氷水に手を付けたような、ひぇっ!?」


蒼「そういうことだ。つまり、身体の外側に近い部分までがこいつの体質の範囲なんだ。つまり、頑張ってもこいつの体温の普通の部分を探すのは難しいというわけだ」


明「あ、あの…望ちゃん?そろそろ手を…あの」


望「ああごめん」


明「はぁ…すごいですね、夏場にはそんなに寒くは感じられなかったのに」


蒼「それで、この体質を何とかする方法を探してるわけだ」


蒼「俺だって別に意地悪で離れてるわけじゃないさ。できれば望のそばにいてやりたいが、それで無理をしたところでいいこともない」


蒼「抱きしめてやれないのも辛い事さ」


望「もう…こういう時に照れるような事を平気で言うんだから」


明「事情はわかりました。冷泉さんにとってもここは大事な場所ですし、もしも見かけたら私も連絡します」


蒼「世話をかけるな、ありがとう」


望「明乃ちゃん、ありがとう」



………



蒼「あー、やっぱり冬は寒いな」


望「………」


蒼「…望?」


望「なに?」


蒼「その…ほら、もう少し俺に近づいておけ」


望「でも」


蒼「さっきも言った通り、俺も離れたいわけじゃないんだ、今はまだ着込んでるし、出来ればお前が近くに居てくれたほうがいい」


望「………うん」


望「…あっ」


蒼「おっ?」


望「白い…つぶ?」


蒼「雪か、どおりで寒いわけだ」


望「これ…これが、雪?」


蒼「あぁ、寒くなると雨が凍ったまま、雪に変わって降ってくるんだよ」


望「わぁ………こんな空、初めて見た。すごい…」


蒼「寒い日が続くと、こうして雪が降る。気温が低いままだと、この雪は溶けずに残って積もる」


蒼「そうなれば、お前の見たことのない町の景色が見られるはずだ」


望「すごく、すごく楽しみだよ!」


望「………寒さ、そうだ!」


蒼「どうした?」


望「もしかして、私も雪作れたりしないかな?」


蒼「雪を作る?」


望「私の体温が低いなら、もしかしたら作れるかなって」


蒼「確かに言いたいことはわかるが…」


望「そしたら、私次の夏に、みんなに雪を見せてあげたい!」


望「暑い夏にこんな冷たいものが見られて、それで涼しくなるって素敵なことだと思わない?」


蒼「そうだな、それは確かに素敵なことだ」



冷「やれやれ、この望ちゃんも私の娘によく似てるわね」



望「わあっ!?」


蒼「冷泉さん!」


冷「久しぶり、そして望ちゃんは冬の季節にようこそ」


蒼「1年以上も何をしてたんですか?心配してたんですから」


冷「あら、私のことも気にかけててくれたのね、それは嬉しいことだわ」


望「あの、冷泉さん…」


冷「心配しないで、聞きたいことは把握してるから。冷却体質を制御する方法よね?」


蒼「知ってたんですか?」


冷「それがね、娘の望も、たくまくんと再会出来た時にそれで悩んでたのよ」


望「そうだったんだ」


冷「そういう訳で。望ちゃん、私と一緒に“秘殿”に行きましょ」


望「秘殿?」


蒼「もしかして、踊り子が踊りのあとに神様と会話をする場所って言われてるあれですか?」


冷「そうよ。この秘殿については神様だけが場所を知っていて、その関係者以外は行っちゃいけないし、仮に探したとしても見つけることは出来ない。今の冷泉町でたどり着けるのは…私と望ちゃんだけかしら」


蒼「俺も行くことはできない、か。じゃあ明乃はどうなんですか?」


冷「惜しいわね。忍は同伴できたけど、明乃ちゃんは今はその神事に関わってないから、おそらく辿り着くことはないはずよ」


望「そこに行けば、この体質をどうにか出来るんですか?」


冷「えぇ。ちょっとコツは要るけれどきっと何とかなると思うわよ」


冷「そういう事で、ちょっとばかし望ちゃんを借りていくわね、蒼人さん」


望「わわっ!?」


蒼「よろしくお願いします」


望「そ、それじゃあね蒼人くん!今度はちゃんとぎゅってあぁぁぁぁ…」


蒼「引きずられながら山に消えていった…」



………



蒼「あれから一週間か」


蒼「そろそろ年末も近いが、あの二人は大丈夫だろうか」


明「冷泉さんもいることですし、ここは落ち着いて待っていてもいいんじゃないですか?」


蒼「お前はどうして断りもなく俺の家に入ってきてみかんを食ってるんだ」


明「断りならずっと前に取ったじゃないですか。どうせ勝手知ったる仲なんだし、これからも気兼ねなく遊びに来いって言ったのはもう今年の夏のことですよ」


蒼「そこまで図々しくなるとは思ってなかったがゆえの言葉だったんだがな?」


明「でも、追い返したりしないんですよね?」


蒼「そりゃそうだが」


明「だから蒼人さんは好きです、もういっそここに住みたいくらいに…」


蒼「お前、そもそも受験生だろうに。こんな所で暇つぶししてないで勉強をしろ」


明「人がせっかく受験の荒波から逃れようとしていたというのに、なんて無粋なことを」


蒼「逃げるな逃げるな」


明「…しかし、冷泉町の秘殿ですか」


明「おばあちゃんが入ったことのある場所」


蒼「もしも、冷泉町の祭りが続いてたら明乃も立ち入ることが出来たかもな」


明「そうですね、でもいいんです。そういうめぐり合わせも仕方のない事だと思っているので」


蒼「神社のことになると、俺なんかよりよっぽど達観してるんだな」


明「まるでそれ以外はしてないみたいじゃないですか。私はいつでも落ち着いていますよ」


蒼「俺に告白した奴が?」


明「あー、そういう事言うんですねー、なら望ちゃんにあの日蒼人さんが私を抱きしめてくれたこと、尾ヒレつけて話しますからねー」


蒼「悪意満々じゃねえか」



望「もーう、私を置いて楽しそうにするんだから」



明「あっ、望ちゃん!?」


冷「どうにか今年中に間に合ったわね、あら明乃ちゃん、お久しぶり、勉強は捗ってる?」


明「ぐぅ…蒼人さんなら適当にあしらえたけど冷泉さんには嘘はつけない…」


蒼「えらく失礼な独り言が聞こえたんだが?」


蒼「それで、うまく言ったんですか?」


冷「まあね、ほら望ちゃん」


望「うん」


望「ほら、蒼人くん!」


蒼「…おお?」


蒼「冷たく…ない?」


蒼「ちょっと体温の低い人程度の状態だ」


望「やったぁ!」


蒼「うわっ!いきなり抱きつくなって!」


冷「どうやら無事成功したみたいね」


明「これが、秘殿の力なんですか」


冷「まあね。ただどちらかと言うと本人の努力の方が大きいわよ」


望「これで私も冷たくないよ!これで蒼人くんのそばにもっといられるようになるよ!」


蒼「まったく…そうだけどはしゃぎ過ぎだって」


望「………」


望「…ほんとに、嬉しい」


蒼「望…」


蒼「…喜んでるところ悪いんだけど、なんかだんだん冷えてきたんですが?」


冷「そうそう。言い忘れてたけど、これはまだ完全にコントロール出来るわけじゃないから、あまり長い時間は制御できないからね。望ちゃん」


蒼「そういう事は早く言って…おい望!凍る!凍るって!うわっ!服が霜でくっついて…おい望!」


明「うわあ…望ちゃんがすごくいい表情して寝てる…」


望「うーん…蒼人くん…」


蒼「冷泉さん!親族の責任でどうにかしてくださいよ!」


冷「あらあら、仲睦まじいことは良いことよ?」


蒼「揃いも揃ってぇーーーーーーーー!」



………



明「結局、一日あたり6時間程度は体質をコントロール出来るらしく、この長さも使っていくにつれて長くなるので、今年の冬は限りある6時間を大事に使おうと話し合った蒼人と望さんだったのでした」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フリージィ・サマー 黒羽@海神書房 @kuroha_wadatsumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る