エピローグ:今日は何の日ですか?

 はぁ……にしても昨日の了華りょうかは怖かったな……。

 あのあと始終笑顔だったが、あれは絶対怒ってやがった。

 ……今日は機嫌が直ってるといいんだが。


 そんなことを思いながら生徒会室を訪れると、しかしそこに了華の姿はなかった。

 おっと……どういう状況だ、これは? いつも俺より先にいるやつが珍しい。

 たまたま席を外しているだけか、それとも遅刻か……。

 まぁ、そのうち来るだろう、多分。


 ……けれど暫く待っても一向にくる気配がない。

 どっかで厄介事に巻き込まれてんじゃねーだろうな、あの幼馴染様。

 探しに行ってみるか……そう思って席を立つとふとそれが目に留まった。

 いつも了華が使っている机の上に置かれた見覚えのある一通の封筒。


 近付いて手に取ると、表の宛名には「八月朔日初ほずみ はじめ様へ」と書かれていた。

 裏の差出人は「五月女了華さおとめ りょうかより」……さてさて、これはどう解釈すべきか流石のはじめさんも困惑するんだが?


 姿を現さない幼馴染様から俺宛への置手紙……読むべきか?

 だがなぁ……この封筒は見覚えがあんだよな。

 たしか7月23日の【文月ふみの日】にお嬢様が使っていたやつだ……。

 これがあの時の手紙なら、ちーっとばかし読むのは躊躇われるんだが……。

 便箋の枚数が半端なく多かったしなぁ……どうすっか……。


 だぁ~クソがっ。迷ってても始まらねーし、とりあえず読むか。

 なになに……っておい……なんか小学校時代の思い出から話が始まってんだが?

 あ? まさかこの便箋全部に似たような話が書かれてんじゃねーよな?

 ざっと10枚以上軽くあるんだが……マジかよ幼馴染様……。


 ……どうにか読み終えた頃には30分も時間が経過していた……長いわっ!

 結局なんだったんだ、この手紙は……最後まで全て思い出話で終わったぞ?

 意味が分からん……とか思いつつ便箋を封筒へしまおうとしてそれに気が付いた。

 最後の便箋、裏になにか書かれてんな……。


はじめへ、全て読み終えたら屋上へ来てください。鍵は開いています。あ、できれば飲み物を持ってきてくれると嬉しいです。はじめが来るまでずーっと暑い中待ってますからね!!」


 おいぃぃい!? なにやってんだ幼馴染様!?

 この炎天下の中、屋上に出るとかバカか!?

 俺がここに来てどれくらい時間が経った? 1時間ぐらいか?

 お嬢様はそれ以前に来てる筈だから……2時間以上は待ってるってことだよな。

 だぁ~くそっ世話の焼ける! お嬢様マジ面倒!



 手紙の指示に従い自動販売機でペットボトル飲料を買うと、急いで屋上へ。

 着くと日傘を差して隅の方で校庭を見下ろす了華の姿が。


「おい、お嬢様なにやってんだよ、こんなクソ暑い場所で。熱中症で倒れんぞ」


 無事だったことに安堵しつつ、呆れる思いで声をかけるとこっちを向く幼馴染様。


はじめぇ、遅いですよぉ~! もう、喉がカラカラです!」

「いや自業自得だろうが。ほらご所望の飲み物だ、お嬢様」


 近付いて冷たいペットボトルを手渡してやる。

 あ? 投げたりしねーよ? お嬢様だぞ? 確実に落として泣くし。


「ありがとうございます! ……健康茶ですかはじめ。チョイスが渋いです」

「甘ったるいジュースより茶の方がマシだろうが」

「……それもそうですね。じゃあ、頂きます」


 そう言って納得すると、蓋を開け少しずつ飲み始める了華。

 うん……この様子だと熱中症とかは大丈夫な感じか?

 全く心配させやがって、この幼馴染様は……。

 

「は、はじめ……そんなに見られると恥かしいですよぉ……」


 思わず見つめていると、お茶を飲むのをやめ頬を赤く染めて俯く了華。

 

「あ~、すまん……あっち向いてるから安心して飲め」

「もう大丈夫です。それより、はじめはあの手紙を読んでここに来たんですよね?」

「おう、にしてもお嬢様、よくあんなに細々と憶えてんな、すげーわ」

「ふふっ。はじめとの大事な思い出ですから……」

 

 小さく微笑むと、恥かしがってたくせに今度は自分が真剣な表情で見つめてくる幼馴染様。うん……どうしたお嬢様? 妙に真面目な顔をしてるんだが……。

 アレか……まだ昨日のことを怒ってんのか? だからこんな妙なことを?

 

はじめ……大事な、大事なお話があります」

「お、おう?」


 ちょっ、待て待て待て。昨日と凄いデジャブなんだが?

 なんの話をするつもりだ、幼馴染様。

 内心では酷く焦りながらも、表面上は冷静な振りをして了華の言葉を待つ。


はじめは小学校からの幼馴染ですよね。小さい時はいつも一緒に遊びました。学校行事でもなんでも私の隣には常にはじめがいてくれました」


 唐突にそんな話を始める了華。

 確かに、ガキの頃はいつも一緒だったな。

 なにをするにしてもコイツが隣にいた……というか危なっかしくて目が離せなかった訳だが。


「中学生になると友達が増えたり、はじめも部活が忙しかったり、クラスも違う事もあってあまり学校では一緒にいられませんでしたけど……それでもなにか困ったことがあるたびにいつも駆け付けてくれました。たまに部活休みが重なった日には遊ぶこともありましたよね……ここでもやっぱり気付けば隣にいてくれるのははじめでした」


 それでも中学生になると、俺も色々考えちまうわけだ。

 了華と仲良くしてるとからかってくるバカも一定数湧くしな。

 だから部活に打ち込む振りをして、少しずつ了華から距離を取った。

 けど、やっぱり心配でちょくちょく様子を見てたりしたもんだ。

 

「高校に入学すると私は生徒会、はじめは部活と委員会。学校で一緒にいる時間は前よりずっと減ってしまいました。それでも本当に困った時は陰ながら助けてくれていたことを私は知っています。とっても嬉しかったんですよ? 会えないけど、はじめは傍にいるんだって思えて。同じ校内にいるのに会えないって不思議ですよね……」


 高校になると流石に安心だった。中学時代、俺が離れたことで了華には頼れる仲間が沢山できてたからな。だから俺が手を貸すこともほとんどなくなった。

 けど極々たまに幼馴染の俺しか対処できないようなことが出てきた場合だけ、お嬢様の友達にアドバイスしたり、直接フォローしたりしていた訳だが……。


 それが全部ばれてるっぽいなこれは……なんかすげー恥かしいんだが!!


「そして、高校最後の夏にはこんな部活の為にわざわざ毎日学校へ来てくれる。はじめも色々予定があった筈なのに……呆れながら付き合ってくれます……どうして? どうしてはじめはそんなに優しいんですか?」


 本当、我がことながらなにやってんだか。

 所属してた部活は夏前に引退したから、今年の夏こそは遊ぶつもりだったんだがな。彼女とかつくってよぉ。


「そんなに優しくされると、沢山頼ってしまいます、ずっと傍にいて欲しいと願ってしまいます……はじめ、私は、私は……」


 感極まった様子で目に薄らと涙を溜める了華。

 おい、おいおいおい! 待て、ちょっと待て! 少し落ち着こうか幼馴染様!?

 そのあとの言葉は色々不味い気がすんぞ、はじめさんの直感的に!!


「初のことが大好きです」

「…………」


 言っちまいやがった……このバカが……なんで言うんだよ……。

 その言葉を聞いたら、もう普通の幼馴染じゃ……友達じゃいられないんだぞ……。


「だから、私をはじめの傍にずっといさせてください。他の誰でもなく、私を彼女にしてください。……昨日、はじめが呟いた言葉を聞いてから、苦しいんです、辛いんです……いつも私の傍にいてくれたはじめがいなくなると思うと耐えられないんです!」

「…………」

「お願いですはじめ……これからも傍にいてください」


 そう言うと抱き付いてくる了華……俺はそれを受け止め、そっとその頭を撫でた。

 なんだよ……お嬢様。俺だってずっといられるならそうしたいさ。

 だから、今まで何食わぬ顔をして常に傍にいられる幼馴染でいたのに……。

 それなのに……俺が怖くて越えられなかった一歩を踏み越えてくるんだな。

 やっぱりすげーよ、幼馴染様。流石はお嬢様だよ。

 了華がここまで頑張ったなら、俺も覚悟を決めるべきだよな? そうだろう?


「……お嬢様?」

「…………」


 その呟きだけで、ビクッと肩を震わせる了華。

 どんだけ勇気を振り絞って告白したんだか……。


「俺の方こそお嬢様の隣にいさせてくれよ」

「……は、はじめ? それって」

「俺もお嬢様の、了華のことが大好きだよ」


 その言葉に目を見開き、涙を零す了華……。ははっ、泣くなよ。

 あぁ~あ、今日は一段と暑いねぇ~。

 

 ――こうして俺と了華はこの夏、はれて付き合う事になった。

 

 あ? 今日は何の日かって? 俺と了華が幼馴染から恋人になった日。

 

 ――【初と了華の恋人記念日】なんじゃねーかな。


 

 ~おしまい~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日は何の日? 俺と了華の夏 荒木シオン @SionSumire

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ