終章


第十章


   場面は公園。

昴が一人、空を見上げている。


由希がゆっくりと歩いて来る。

二人の間には距離が。


由 「昴、ねえ、昴」

昴 「……………」

由 「昴、返事してよ、ねえ」

昴 「どうして」

由 「え?」

昴 「どうして、ここがわかったの?」

由 「だってここは……」

昴 「ユキはどうして俺たちを拾ったの? あの日、この場所で。どうして拾ったの?」

由 「雨が、降ってたね」

昴 「雨が降ってた」


   SE・雨音が静かに鳴り出す。

   昴はその場に膝を着き、さらに仰向けになって地面に寝そべる。


由 「雨が降ってたから」

昴 「雨が?」

由 「言ったでしょ? 捨てられた子犬みたいな目をしてあたしを見上げたから。こんなところで、びしょ濡れになって」

昴 「そんな目えしてない」

由 「してましたー」

昴 「そんなに同情引いた?」

由 「てゆーか、自己投影? あの時のあたしも多分、あんたと同じ目をしてたんだと思う。

   誰かを求めてたんだと思う。救いの手を差し向けて欲しかったんだと思う」


   ゆっくりと手を差し伸べる。


由 「ねえ、帰ろうよ。家に。響も待ってる」

昴 「あんた、頭大丈夫か? 俺はあんたのこと、食いたいって言ったんだぞ! 

あんたのこと、めちゃくちゃにしたいって言ったんだぞ」

由 「でも、好きだって言ってくれた」

昴 「そんなの前から言ってるだろ。信じてくれなかったくせに。俺だって自分の気持ちが

信じられなくなったよ。もしかしたら、いつもの冗談かもしれないだろ?」

由 「でも、冗談じゃないんでしょ?」

昴 「響だって壊れちまった。もうやめにしようぜ。こんな、人間ごっこなんて」

由 「大丈夫、響だってきっと元に戻るよ」

昴 「そんな根拠がどこにある!? どうしてそんな楽観的な考え方ができるんだよ。元に

戻れるわけないだろ、だって俺は――」

由 「関係ない!あんたの言い分なんて関係ない。あたしがそうしたいの。あたしは戻りた

いの。今まで通りに、いつもみたいに戻りたいの。これはあたしのわがままだから。で

も、譲れないわがままだから」

昴 「ユキ」

由 「ねえ、帰ろうよ。一緒に帰ろうよ」

昴 「ユキ」

由 「戻れるから。きっといつもみたいに笑えるから」

昴 「ユキ!」


   雨の音が消えると同時に昴が由希を押し倒す。由希は咄嗟に拳銃を突き出す。


昴 「撃てよ」

由 「……(いやいやをするようにわずかに首を振る)」

昴 「引き金を引けよ。そうすれば俺が死んで、終いだ」

由 「………」

昴 「ユキ!

   俺はお前のことを食いたいんだよ。会ったときからずっと、今でも! もうダメなんだ。がまんできないんだ。気が狂いそうなんだ。

   こんなことなら、いっそ、俺を撃ち殺してくれよ」


由 「食べて」


昴 「な、に?」

由 「あたしを食べてよ。気が狂いそうなんでしょ、がまんできないんでしょ。だったら、

あたしを食べればいいじゃない。どうしてあたしを食べないのよ」

昴 「そんなに食われたいのかよ! 馬鹿じゃないのかお前は。どうして、そんなこと言うんだよ、そんな――」

由 「死んで欲しくないから」

  「人間なんて食べて欲しくないけど、それでも、死んで欲しくないんだ。勝手なこと言

うみたいだけど、やっぱり、死んで欲しくないんだ」

昴 「…………」

由 「ごめん、本当は違うんだ。ほんとうは、あたし、うれしかったんだ。昴が、あたしの

こと食べたいって言って……すごくうれしかったんだ。

   あたし、頭おかしいね。昴になら、食べられてもいいって思っちゃった。昴になら、

殺されてもいいって。

   だって、あたしだけだって言ってくれたから。あたしだけが欲しいって言ってくれた

から。あたしだけを見てくれた。あたしだけを必要としてくれた。誰かの代わりとかじ

ゃなくて、あたし自身を見てくれた。

   ――うれしかったんだ。初めて、自分に価値を見出せた気がして、うれしかった。

   おかしいかな――おかしいよね、こんなの」

  「好きだよ昴。好きだから、死んでほしくないんだ」


      間。


昴 「俺だって、死んでほしくない。だから、食べられなかった。でも、今もユキのこと食

べたいと思ってる。本当に俺は、君に惹かれていたのが好きだったからなのかただ食べ

たかったからなのかわからないんだ」

由 「……あたしね、お父さんから「もういらない」って言われたんだ。お前みたいな役立

たず、もういらない。もう娘だとも思わないって。さっき、電話がかかってきた……。

   お姉ちゃんにも、お兄ちゃんにも、お父さんにも捨てられた。あたし、独りになっち

ゃった。すごく、悲しかった。あなたがいれば、もう一度がんばれるから。また一緒に笑っていられるから。きっと響だって」

  「ねえ、昴の苦手なものって何? 言ってたじゃない。苦手なものトップスリー。ピーマンと、ゴーヤと、あと一つはなに? やっぱり、人間?」

昴 「違うよ。人間は苦手なんかじゃない。別に俺は人間が嫌で、食わなくなったんじゃな

い。人間が好きだから、一緒に暮らしていくうちに、食えなくなってしまっただけだよ。

情が移ったのかな。だってそうだろ? 自分と同じカタチをしたものを食えるわけがないだろ」

由 「じゃあ、なに?」

昴 「ユキだよ」

由 「え?」

昴 「俺の苦手なものは、ユキだよ。前にも言っただろ? 俺はユキに嫌われたら終わりだから。もう俺は、ユキなしに、生きていくことはできないから」


   昴、ゆっくりと手を伸ばして不意に由希の手から銃を奪う。銃口を由希に向ける。


昴 「言っただろ、もう戻れない。響が俺の頭をこじ開けて、スイッチを入れちまったみたいだ。もうどうしようもない」

由 「昴、やめてよ。帰ってきてよ」

昴 「これでお前を殺せば、心置きなく俺はお前を喰える。生きたまま食おうとするから、決心が鈍るんだ」

由 「………」

昴 「俺はいつだって、この瞬間のために、お前を、お前を……」


   ゆっくりと瞳を閉じる由希。体は震えているが、表情は穏やかである。


昴 「な、んで」

由 「だって、死んで欲しくないから。必要としてくれたから」


   眸を開く。


由 「好きだと言ってくれたから」


響 『大切なものを壊さない為には、自分の手を壊すしかない』

   

   銃の狙いを定める。


   次に自分の頭に銃を押し付ける。


   暗転と同時に乾いた銃声。


      沈黙。


由 「あ、ああああ―――――――っ!!!」


   由希の慟哭が響き渡る。


   誰の声も聴こえない。何も見えない。何も感じない。


   これが、ユメノオワリ。


                                   ――終幕。

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