第35話 新たな恐怖7

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「ああ、もどってきました。この人たちが狙撃を阻止してくれたのです」

 と、松本がいった。

「隼人。隼人。じやないか。ありがとう。助かったよ」

 幼馴染の福沢秀人だつた。「サタン」のボーカルと隼人は熱い握手を交わした。

「どこへいってたのですか」と松本に訊かれた。

 とてもいままでのことを説明しても信じてもらえない。

 松本が困惑しているところへふたりが現れたのだ。

 吸血鬼がいるなんてことをだいの大人が信じてくれるだろうか。

 ことの経緯をどう説明したらいいのか。こんどは、隼人が困惑した。

 事件現場に初めから関与した。

 目撃もした。

 その松本でも信じられないのだ。

「いわぬが花」

 夏子が澄ました顔で他の人には聞き取れないようにいう。

 じかに脳裏にひびいてくる声だ。

 路上で車が上げる炎が窓を赤く染めている。

 黒煙がもうもうと部屋に充満する。

 警官が窓からつきでていた銃を撤収する。

 あわただしく窓をしめる。

「失礼。お手柄でしたね」

 部屋は警官でごったかえしている。

 煙の中で、松本の記憶が薄らいでいく。

 ぼんやりとかすんでいく。

 夏子がそうしむけているのだ。

 鹿人が狂った野望を抱いたからだ。

 吸血鬼の影響下にあって街が狂っていた。

 暴走族がのさばり、街が狂いだしていたのだ。

 こんな事件は在ってはいけないことだ。

 人気歌手を狙ったテロ。

 見たくもない。

 聞きたくもない。

 話題にするのも愚かしい。

 こんな事件は起きては、起きてはいけなかったのだ。未然にふせげたからいいようなものの、街全体が汚名をきるところだった。

 黒煙が夜空に立ち上っている。

 あの夜空に蝙蝠が飛んでいる。

 人はいつも危険と紙一重のところに住んでいる。

 隼人はそんなことを思っている。

 やっと救急車のサイレンが近寄ってくる。

 燃え上がる車の炎が赤い。

 警察車のランプが赤い。

 消防車の車体が赤い。

 救急車のランプが赤い。

 夏子が、シーっと唇に指をそえている。

 あまりしゃべるなと松本を見ている。

 あの目も、唇も赤かった。

 黒髪がするすると伸びてなにかを捕えていた。

 まるで、あの娘吸血鬼のようだった。

 この美しい娘が、吸血鬼であるはずがない。

 目が赤く光っていた。

 どうして娘の目が赤く見えたのだ。

 いまみれば唇はいまどきの娘にはめずらしく自然な色だ。

 それを、なぜ真紅と見誤ったのだ。

 松本は夏子の美しい顔をみつめている。娘の顔が揺らぐ。

「シィ……」

 と唇に指をあてて夏子がほほ笑んでいる。

    

                           完

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新 ムンク「浜辺の少女」は吸血鬼だよ 麻屋与志夫 @onime_001

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