第28話 短冊に想いを込めて2
光はまっすぐに自宅には帰らなかった。将人を置いて走って向かったのは、両親が働いている病院だ。
入院設備のある中規模な病院のエントランスを抜け、待合室に飾られた笹の下で立ち止まった。
――あの短冊、どこかしら……?
色とりどりの色紙で作られた短冊は、数十枚という数が笹につけられている。自分が書いた物を探すのは大変そうだ。
――確か、桃色のだったはず……。
たくさんの願い事がここにはある。病気が早く治りますように、とか、みんなが笑顔でありますように、とか、それぞれのお願いが吊されているのだ。
――あった。
光は目的の短冊を見つけると、それを迷わずに引きちぎった。どうせ叶わないことだ。
二人で花火を観に行きたいだなんて。
姉たちの結婚式は三連休の中日で、八王子市の花火大会より前。将人が両親のところに戻るなら、結婚式を終えたあとだろう。ちょうど夏休みに入るから、都合も良い。
――今がつかの間の夢でしたのね……。
胸が苦しい。でも、どうしようもないことだと諦めてもいるのだ。将人の心には自分の姿は映っていないのだから。
短冊をくしゃりと丸めたところで、スマホが新着メッセージを知らせた。光は待合室を離れて、携帯電話の使用が認められている階段の踊場まで移動する。
『どこ?』
アプリを起動して、メッセージを既読にする。すると電話がかかってきた。将人からだ。
「あんた、今、どこだ?」
「病院……ですが……」
通話状態にするなり切迫した声がして、黙っているつもりだったのに思わず応えてしまっていた。
「じゃあ都合が良いな。短冊、見とけ。そんだけだ」
ぷつりと通話は切れてすぐに静まる。
――まったく、将人くんは……。
一方的な言い方ではあるが、それが彼なりの気遣いだとわかってしまって、光はわずかに口を綻ばせた。
「短冊……」
左手の中でくしゃくしゃになっているもののことを言っていたのだろうか。光は念のために注意深く広げていく。
――あ。
心の深いところから温かくなるのがわかった。視界が歪んで、文字が読めない。だけど。
――将人くんのバカ……。
サインペンで書かれた光の几帳面な手書き文字『今年こそは将人くんと一緒に花火を見られますように』の横に、雑な鉛筆書きで『その日は空けておく』と書き添えてあったのだ。
通話したかったが、涙声だと心配させてしまう。光は指先でメッセージを作った。
『花火、一緒に行ってくださるのですか?』
すぐに返信があった。
『あんたの姉さんの希望でもあるからな。ボディガードには最適だろうって』
『お願いしますね』
『おれでいいなら』
すごくすごく嬉しかった。七夕のお願いがこんなふうに叶うなんて。
「光」
「姉さん」
急に声を掛けられて、光は涙を慌てて拭う。声の主を見て確認するまでもなく、そこにいたのは姉だった。
「あなた、まだ告白してなかったの?」
「だって……振られるの、わかっているじゃないですか」
――将人くんが好きなのは紅ちゃんで、彼は代用品なんて必要としないもの。
「失恋するとわかっているからって保留にしていたら、いつまでも気持ちに折り合いをつけられないわよ?」
「うん……わかってます」
次、そう、花火の日には告白しよう――光は短冊をスクールバッグに仕舞いながら決意した。
月長石は黒曜石に恋をする 一花カナウ・ただふみ @tadafumi
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