猫の忘れ物

矢和崎 士道

探偵の日常➡︎非日常

 探偵の仕事は何?と聞かれると、大抵の人は殺人事件を解決したり不可解なトリックを抜群の推理力で推理する仕事だと答えるのではないのだろうか。しかし現実は違う。たまには偶然事件に居合わせたり、たまたまその探偵の推理力が優れていて事件を解決することがあるかもしれないが、実際の探偵というものは主に浮気調査や落し物探しなど、解決したからといって名探偵だなんだとテレビや新聞などで取り上げられることにはならない地味な案件を地道にこなして生計を立てているものだ。

 青森一もその一人だ。彼は地元の猫探し専門の探偵で、今までに見つけられなかった猫はいないほどの腕前を持ち合わせている。それはそれで優れた能力ではあるが、これもテレビなどで取り上げられて有名になる程優れたものではない。せいぜい地元の猫好きたちの間で名が知られる程度である。それでも青森は他の地味な探偵同様今日も猫好きの主婦の猫探しの依頼に勤しんでいる。

 青森は近所の公園の隅の日陰でゴロゴロしている白猫に声をかける。

「やあ、そこの清水さんの家で飼われている黒猫のミィを見かけなかったかい?」

突然声をかけられた白猫は驚いて逃げることもなく青森に向かってニャア、と鳴いてゴロゴロし始めた。

「ありがとう」

青森はそう言うと、公園を出て南、近所の小学校のあるところに向かって歩き出した。

 小学校の校門の前には、数匹の猫がちょこんと座ってニャアニャア鳴き合っている。青森はその猫たちに近づいて、さっきの白猫に話したように声をかけると、その中の一匹が急に立ち上がって校門の中に入っていった。

 青森がその猫についていくと、猫は鶏やウサギが飼育されている小屋の裏へと入って行き、そこの角には依頼されていた黒猫のミィが気持ちよさそうに眠っていた。

「ミィ、君の飼い主の清水さんが心配していたよ。そろそろ帰ってあげよう」

 それを聞いたミィはムクッと起き上がり、ニャアと鳴いて青森の声に応えた。青森はミィを優しく抱きかかえ、自分の事務所に向かって歩き出した。


「ミィちゃん!無事だったのね〜。よかった〜」

 ミィの飼い主の清水夫人は青森にお辞儀をしてミィを抱きかかえながら事務所を出て行った。

 これが青森探偵の日常である。

 そういえば、一つ言い忘れていたことがある。この日常の光景を見て気づいた人もいるかもしれないが、青森は猫と会話することができる能力を持っている。青森はいつも猫に目撃調査をしながら猫探しの依頼をこなしているのだ。目には目を、ということだ。しかし、この能力のことを知っている人間は青森以外にはいない。この能力が知れ渡れば、猫探しの依頼が増えて忙しくなる可能性があり、それでは自分の相棒の猫と戯れることができないので、隠しているらしい。


 次の日、いつものように相棒の猫と戯れていると、午後に一人来客が来た。その来客は、昨日猫探しの依頼をしてきた清水夫人であった。清水夫人は50代くらいの主婦で、夫は大手自動車会社の部長をしている。

「今日はどうなさいましたか?清水さん」

 青森はまたミィが行方をくらましたものかと思って訊ねた。

「今日は違うんです。ここが猫探し専門なのを承知でお願いがあるんですけど、私の家に変なものが落ちていて、主人にも聞いたんですけど主人のものでもなくて、誰かに忍び込まれたのかとも思ったのですけど、何も盗まれた様子がなくて」

「その落し物って、何が落ちていたんですか?」

 そう聞くと、清水夫人は手提げカバンの中からハンカチで包まれたものを出して、そのハンカチを開いて中のものを青森に見せた。

「これは、磁石ですよね?」

 ハンカチの中にはU字磁石が入っていた。よく見るとその磁石の中間あたりには、タコ糸のようなものが結ばれていて、磁石は全体的に泥が付いていて汚れている。

「不思議ですね。清水さんは常連さんなので、力になれるかどうかわかりませんが調査はしてみることにしましょう」

「本当ですか?ありがとうございます。この磁石が見つかったのは…」

 清水夫人の話によると、最初に磁石が見つかったのは二ヶ月ほど前で、最初はよくわからないけどどこかから落ちたものだろうと思って気にもとめていなかったようだ。しかしその後二回も同じように謎の磁石が落ちていることが多かったので、今日相談しに来たのだという。

「では、調査したいので、清水さんのお宅へ伺ってもよろしいですか?」

 清水夫人はその提案を受け入れ、青森を清水宅へ招待した。

 清水宅は主人が大手企業の部長というだけあって十分な広さで、外見だけで豪邸だと分かってしまうほどである。隣の家は少し老朽化が進んでいるであろう見た目の家なので、この家は余計に存在感が漂って見える。家の扉全てには、猫が出入りできるような小窓が配置されていて、清水夫人が玄関に近づくと小窓から出迎えてくれた。

「こっちです」

 清水夫人が案内してくれた部屋には、大きめの高級感のあるソファーが学校の黒板並みの大きさのテレビの前に配置されていて、壁には愛猫ミィの写真が何枚も飾ってある。どうやらリビングのようだ。

「ここに磁石が落ちていたんです」

 清水夫人は、ソファーの後ろの壁に置かれたタンスの近くの床を指差して言った。確かに、そこには磁石についていた泥と同じ色の泥が少量落ちている。

 そこまで聞いた青森はすぐに調査に取りかかった。

 毎日猫が出入りしているせいか、部屋の所々に猫の足跡が付いているが、全体的によく整理整頓されていて、とても清潔感にあふれている。これだけ清潔に保たれているということは、泥棒が侵入して物色したというようには考えられない。

 家具の近くをくまなく調査していくと、一つだけ不自然なものが見えた。装飾のいきどどいたタンスと壁の隙間に何か光るものが見えたのだ。青森は清水夫人に長い棒を借りて取り出してみると、カチューシャのようなものが出てきた。そのカチューシャは骨組みが鉄でできていて、その上に鮮やかな色の花の装飾が施されている。これは何かと清水夫人に尋ねると、

「これは二十五年前の結婚記念日に主人がプレゼントしてくれたものです。この時の主人は入社したばかりで給料も少なかったものですから、かなり無理をして買ってくれたものだったのでよく覚えていますわ。でも、どうしてこんなところに落ちているのかしら」

「ということは、いつもはこのタンスの上に飾ってあって落ちたとは考えられないということですか?」

「はい、タンスの上に置いてはいるのですが、いつもはタンスの右上のここらへんに置いてあるんです。だから、こんな左端の隅に落ちるなんてそうそう考えられませんわね」

 清水夫人はタンスの右上をさしながら話した。

「そうですか。良い手がかりを見つけることができたと思うので、また後日もう一度調査に伺ってもよろしいでしょうか?あと、落ちていたカチューシャと磁石を貸していただけると嬉しいのですが」

 清水夫人はそれを承諾し、カチューシャと磁石を青森に渡したあと、青森は清水宅をあとにした。


 その日の夜、探偵事務所にて…

「今日は久々に猫探し以外の調査をしたよ。思ったより短時間でいい手がかりを見つけることもできたしね。明日は清水さんの家の周辺の調査をしたいから久々に協力してもらうよ、相棒」

 青森に相棒と呼ばれた三毛猫は眠そうに青森の方を見て

「仕方ない、久々に付き合ってやろう」

と言って目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫の忘れ物 矢和崎 士道 @100546

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る