7.死闘

 トランスポーターから地上に降りる。乾いたコンクリートの感触。まだ原形を留めた無数の巨大な倉庫群が、マキトたちの周囲をぐるりと取り囲んでいた。

 イズミ4区画、倉庫街だ。仮想世界でも訓練でよく使われるフィールド。ある意味慣れた場所ではある。


「三年一組三班、戦闘開始する」

「了解、放送委員、索敵開始します」


 マキトは空を見上げた。既に陽が西に傾き始めている。あまり良いことではない。

 夜になると、より強力で活発なエネミーが地上をうろつき始める。人間がかろうじて地上にいられるのは、太陽の光で照らされている時間帯だけだ。作戦は日没前に完了させておく必要がある。


「ちょっと待ってください。これは、司令部の配置ミスかもしれません」


 エリーの声が動揺している。どういうことだろうか。マキトはサチカの顔を見た。サチカは黙って肩をすくめてみせた。


「敵戦力、中型種四体。巨鬼トロル型と推定。それに、大型種一体。牛頭鬼ミノタウロス型と推定」


 その場にいる全員が息を飲んだ。

 牛頭鬼ミノタウロスは体長十メートルを超える人型のエネミーだ。その名前の通り、牡牛に似た頭部を持つ。戦斧やそれに類する武器を携行し、そこそこに高い知能もある。下手に戦えば、ギフト能力者五人がかりでもまるで歯が立たない。

 重戦車相手に歩兵だけで挑むようなものだ。


「彼我戦力差が大きすぎます。直接攻撃能力者二名で対抗出来る相手ではありません。班長、差し出がましいようですが、放送委員からは撤退を進言します」


 単純な戦力で判断するなら、エリーの言うとおりだろう。巨鬼トロル四体というだけで、一歩間違えば全滅の危険性がある。そこに牛頭鬼ミノタウロスまでがいるとなれば、これはもう圧倒的に不利な状況だ。


「放送委員、この付近の人類軍全体の配置を見てくれ。俺たちが撤退したら、付近の部隊はどうなる」


 マキトはそう告げると、静かにエリーの報告を待った。一分も経たずに、インカムに応答が入ってきた。


「二年生を中心とした部隊が大型種、竜獣ベヒーモス型と交戦中。恐らくここを通るエネミー部隊はその増援です。通過を許せば、現在交戦中の部隊は」


 エリーはそこで言葉を止めた。言うまでも無い。壊滅するだろう。


 マキトたちが諦めることは簡単だ。ペナルティを受けることはあっても、命までは失わない。

 だが、二年生の何名かは確実に命を落とす。大型種複数を相手にどうのこうの出来る戦力では、確実に無いだろう。


「聞いたとおりだ」


 マキトは班員たちの顔を見まわした。


 サチカは無表情だ。やることは決まっている。青い目がそう語っている。


 ミキヤはにやにやと笑っていた。もうすっかりる気だ。こうなってしまっては、マキトが止めたところで言うことなど聞きはしないだろう。


 トモミはいつものように身体を縮こまらせていた。それでも、逃げ腰ではない。黙ってマキトの判断を待っている。


 意外なのはケンジだった。マキトを真っ直ぐに見返してくる。強い覚悟がある。怯えて、すぐに姿をくらませていたケンジとは明らかに何かが違っていた。


 全員の様子を見て、マキトは力強くうなずいた。


「状況は不利だ。一歩間違えば死ぬ。みんな、その覚悟を持ってほしい」


 自分自身にも言い聞かせる。この戦いは、生きるためのもの。死ぬつもりなんて毛頭ない。

 仲間たちの力があれば、必ず勝機はある。


「みんな」


 マキトは右拳を突き出した。この手で、必ず生き延びてみせる。



「明日また、学校で」



 班員全員が、拳を突き合わせた。そうだ、明日また、学校で会おう。全員揃った晴れやかな笑顔で、三年一組三班は戦いに臨むことを決した。




 戦力差が大きいことが判っているのなら、まずはそれを分断し、各個撃破する。

 マキトは班を二つに割った。まとまって行動する方が望ましかったが、ミキヤをうまく使うなら分割した方が都合が良い。


 倉庫街の立地は非常に有利だった。建物の陰に身を隠し、エネミーに悟られないように接近することが出来る。真正面からは勝ち目のない相手でも、不意打ちを繰り返せば切り崩していける。



 大きな倉庫は、優に十メートルを超える高さがある。入り口のシャッターは何処も歪んで崩れていて、中はがらんとした空洞だ。マキトはサチカ、トモミと組んで、その内部を物陰伝いに移動した。

 エネミーもこちらの接近に気が付いたらしい。絶えず警戒し、倉庫の中を覗き込んでいる。だが、まだこちらの戦力がどの程度かまでは把握出来ていないだろう。この状態で、一匹でも多く数を減らしておく。


 マキトたちが潜んでいる建物の中に、巨鬼トロルが一匹侵入しようとしてきた。マキトの合図で、サチカが遠隔格闘リモートグラップルで頭上の鉄骨を破壊した。轟音と共に大小無数の瓦礫が巨鬼トロルの上に殺到する。

 当然致命打にはならないが、隙を作り出すには十分だ。混乱した巨鬼トロルに、マキトがトモミの精密蹴激カタパルトショットで接近、貫く右パイルライトで急所を一撃した。


巨鬼トロルA、マキト先輩により撃破」



 倉庫の天井が崩れた音に、他のエネミーが反応した。別な建物の中にいた巨鬼トロルが、ぐるりと首を巡らせる。

 その視界の隅を、人影がよぎった。壁に大きく空いた穴の向こうを、ケンジが走り抜けた。巨鬼トロルはそれに気が付くと、穴に首を突っ込もうとした。

 途端に穴が消え失せ、巨鬼トロルはコンクリートの壁に頭を強打した。大気の衣ガーブオブエアの作り出した虚像。そこにあった穴も、その向こうを走り抜けたケンジも幻だ。倉庫の頑丈な壁が砕けて、巨鬼トロルは頭部に大きな衝撃を受けた。体勢を崩して、その場に尻もちをつく。


 物陰から、すかさずミキヤが飛び出した。一息に間合いを詰めて、巨鬼トロルの首を切裂く左スラッシュレフトね落とす。まばたきほどの時間もかからない早業だった。


巨鬼トロルC、ミキヤ先輩により撃破」



 仲間を倒された巨鬼トロルが、マキトの姿を見つけて激高した。マキト目がけて大股に迫ってくる。背中を見せて、マキトは倉庫の外に飛び出した。


 マキトを追いかけて、巨鬼トロルが広場に姿を晒した。マキトはその真正面に立っている。振りかぶった棍棒の一撃が、マキトに直撃しようとする寸前。

 マキトの身体は、横っ飛びにスライドした。精密蹴激カタパルトショットで打ち出されたサチカが、マキトの手を遠隔格闘リモートグラップルで引っ張っていた。


 そのまま空中で、サチカは空いている方の手を伸ばした。その先には、金属の支柱がある。遠隔格闘リモートグラップルで掴む。ぐきっ、と支柱がくの字に折れ曲がる。遠心力がかかり、ぐるり、とサチカの身体は大きな弧を描いた。


 サチカに手を握られたままのマキトも同様だ。勢いを保ったまま、無防備な巨鬼トロルの背後に猛スピードで接近する。マキトは貫く右パイルライトをその急所目がけて構えた。


巨鬼トロルB、マキト先輩により撃破」




「さすがにもう各個撃破は厳しいか」


 牛頭鬼ミノタウロスの姿を、マキトは物陰から確認した。そのすぐ横に、巨鬼トロルが一体付き従っている。連続して三体もの巨鬼トロルを倒されたのだ。警戒もするだろう。

 生き残った二匹のエネミーは、血走った眼を四方に走らせている。もう分断も不意打ちも、容易なことではなさそうだ。


「このまま逃げてくれれば色々と助かるんだけど」


 トモミがぼそぼそと希望的観測を口にした。残念だが、その可能性は限りなく低い。


「逃げるくらいなら、奴らは時間を稼ごうとするだろうな。陽が落ちれば増援が望める。こちらとしては帰りのことも考えて、さっさと始末しないと都合が悪くなる一方だ」


 ミキヤの見解が正しい。それに、竜獣ベヒーモスを相手にしている二年生の動向も気になる。あちらが一段落していないなら、マキトたちは意地でも目の前のエネミーを足止め、あるいは排除しなければならない。


「班長、日没まであまり時間がありません」


 エリーの声が緊張していた。暗くなれば、飛行型のエネミーが姿を現す。トランスポーターが安全に航行出来るのは、明るいうちに限られる。


「よし、決めてしまおう」


 マキトの言葉に、班員たちは静かに動き出した。



 エネミーの正面に、マキトとミキヤが立った。距離は五十メートル。牛頭鬼ミノタウロス雄叫おたけびを上げた。空気が震える。大型種の威圧感だ。

 手にした巨大な戦斧を構えて、牛頭鬼ミノタウロスは大きく振りかぶった。まだかなり間合いがある。そう思った矢先、牛頭鬼ミノタウロスは宙に跳んでいた。十メートル以上を一気に跳躍。戦斧の一撃が二人に襲いかかった。


 轟音と共に地面のコンクリートがえぐられる。破片が飛び散り、砂煙が巻き上がる。手応えが無い。大気の衣ガーブオブエアだ。牛頭鬼ミノタウロスが身体を起こしたとき、マキトたちの策は完了していた。


 倉庫の屋根に身を隠していたサチカが、巨鬼トロル牛頭鬼ミノタウロスが離れた隙に、ワイヤーを遠隔格闘リモートグラップルで巻き上げていた。巨鬼トロルの身体を、特殊素材製のワイヤーが締め上げる。

 これもまた、致命打になる必要は無い。その動きをわずかに抑えられればいいのだ。精密蹴激カタパルトショットでミキヤが接近、ワイヤーごと切裂く左スラッシュレフト巨鬼トロルの身体を分断した。


巨鬼トロルD、ミキヤ先輩により撃破」


 エリーのアナウンスが全員に届けられた。

 牛頭鬼ミノタウロスが怒りの声を上げた。巨体に似合わず動きが素早い。一息に移動し、ミキヤの眼前に戦斧が迫る。トモミは思わず息を飲んだ。


「へ、くせぇんだよ」


 ミキヤは臆せず、切裂く左スラッシュレフトでそれを受けようとした。

 が、次の瞬間、ミキヤは倉庫の屋上にぐいっと引っ張りあげられていた。


「カッコつけないで」


 遠隔格闘リモートグラップルでミキヤを回収すると、サチカはすぐに倉庫の反対側に飛び降りた。ミキヤがそれに続き、倉庫全体が牛頭鬼ミノタウロスの一撃で崩壊した。



 残ったのは、牛頭鬼ミノタウロス一体だけだ。だが、怒りに飲まれた牛頭鬼ミノタウロスは厄介だった。貫く右パイルライト切裂く左スラッシュレフトの間合いの外から、巨大な戦斧を大きく振り回してくる。重い一撃は倉庫の建物をいとも簡単に破壊し、身を隠す物陰を次々と潰してしまう。


 あれを今の人員だけで仕留めるのは、相当なことだ。巨鬼トロルよりも図体が大きく、急所への攻撃であっても、より深く、強い一撃を与える必要がある。マキトはミキヤを振り返った。


「行けるか?」

「バカか?俺は殺すしかねぇんだよ」


 大型種は本来、より大人数の編成で対抗するものだ。撃破報酬はそれだけの頭数で割られたものになる。

 三年一組三班だけで牛頭鬼ミノタウロスを撃破したとなれば、その実入りは相当に大きい。ミキヤにとって、それは何よりも望むものだった。


「死ぬつもりはねぇ。オレはちゃんと生きる。生きて、あいつを殺す」


 サチカが二人の背中を叩いた。その後ろで、トモミが不安げな表情を浮かべていたが。

 ぐっと、硬く唇を結んだ。


「大丈夫、あたしは、みんなを信じてる」


 トモミの送り込んだ先にあるのは、死の待つ場所ではない。みんなが生きている、明日だ。


「やるよ。僕は、あの場所に帰るんだ」


 ケンジが姿を現した。さっきから縦横無尽に走り回って、エネミーのすぐ近くで大気の衣ガーブオブエアを展開してくれている。

 フェイの遺言。生きるために、ケンジは戦うと誓った。逃げていても、大切なものは守れない。本当に大切なら、自分から立ち向かっていくべきなのだ。


 サチカが、くすりと笑った。


「みんな、明日また、学校でね」


 サチカが笑うというだけで珍しいのに。

 その言葉を聞いて、全員が吹き出した。死ぬかもしれないなんて考えない。みんな、この先のことを、明日のことを考えている。

 明日また、学校に行くことを考えている。



「行くよ!」


 トモミがサチカを精密蹴激カタパルトショットで蹴り上げた。はるか上空。空中で、サチカは身体をひねると、地上の様子を確認した。牛頭鬼ミノタウロスがこちらを見上げている。勘が良いヤツだ。

 両手を下に伸ばす。その先には、マキトとミキヤがいる。遠隔格闘リモートグラップルで、二人の手を掴む。


「ええいっ!」


 力いっぱい引っ張り上げる。二人の掌の感触が判る。明日を掴む手。サチカの位置を越えて、マキトとミキヤは更に上空へと飛び上がった。

 その姿を確認すると、サチカは少し離れた位置の支柱を遠隔格闘リモートグラップルで握った。身体をそちらに引き寄せて離脱する。後は二人に任せるしかない。


 高高度で、マキトとミキヤは地上の牛頭鬼ミノタウロスに狙いを定めた。サチカはしっかりと真上に放り投げてくれた。トモミの精密蹴激カタパルトショットでは届かない、更なる高み。ここから落下の勢いをつければ、いくら大型種といえどもひとたまりもないだろう。


「落下ダメージで自爆ってのはシャレにならねぇぞ?」

「耐衝撃スーツだ。それくらいは耐えてくれるだろう」


 エネミーの攻撃には気休めにもならない装備だが、それぐらいは役に立ってもらいたいところだ。

 ミキヤはニヤリ、と笑った。


「これに命預けるとか、今まで考えたことも無かったぜ」

「奇遇だな、俺もだ」


 二人の落下速度がぐんぐんと上がる。こちらを見上げて、戦斧を構える牛頭鬼ミノタウロスの姿が見えてきた。

 牛頭鬼ミノタウロスは攻撃性が強い。避けるくらいなら迎撃して来るはずだ。その読みは当たった。牛頭鬼ミノタウロスはその場を動かず、じっと二人を見上げていた。

 落下中、その軌道を変えることは出来ない。速度を変える手段も無いとなれば、位置の予想は付けやすいだろう。牛頭鬼ミノタウロスが吠えた。戦斧が、無防備な二人の身体目がけて一閃する。


 ぶぅん、という空気を切り裂く音がして。


 戦斧は空振りした。直撃したと思った次の瞬間には、マキトとミキヤの姿は消えていた。


 大気の衣ガーブオブエアによる虚像。牛頭鬼ミノタウロスが上空に気を取られている隙に、足元までケンジが接近していた。

 攻撃が外れたことを確認して、ケンジは素早くその場を離れる。精密蹴激カタパルトショットで打ち出されたサチカが、その腕を引っ張って運び去った。


「喰らえっ!」


 一秒にも満たない誤差の後。


 落下の勢いを加えた貫く右パイルライト切裂く左スラッシュレフトが、牛頭鬼ミノタウロスの身体に直撃した。


「「メテオイリュージョン!」」


 断末魔と、轟音と。

 激しい地響きが、夕暮れの迫った倉庫街の廃墟にこだました。




 暗い室内で、数名の人間がテーブルを囲んでいた。

 重苦しい雰囲気の中、独りの年輩の男が、ふぅ、と息を吐きだした。


「班一つで大型種の撃破に成功。驚いたことに、全員無傷だそうだ」


 その言葉に、小さなどよめきが起きた。ひそひそと何かを話し合う声が、そこかしこから聞こえてきた。


「喜ばしいことだ。我々はいつまでも見失った英雄の背中を追いかけているわけにはいかない」


 椅子を引いて、誰かが立ち上がる音がした。スポットのように照明が点く。

 あかりの中に浮かび上がったのは、マキトの父、戦闘教官アサトの姿だった。


「兄の失態は、弟が取り返すことになりそうだな」


 アサトは無言だった。

 ただ強く、両の拳を握りしめていた。


「第十六次反攻作戦。予定よりも前倒して進めていこう」


 一際大きな声が、室内に響いて。

 まばらな拍手が、苦しげな表情のアサトを取り囲んだ。




 トランスポーターの中から、マキトは夕陽を眺めていた。


 あの後、二年生たちはなんとか竜獣ベヒーモスの殲滅に成功したということだった。負傷者こそ出したが、死者はいない。良い知らせだ。マキトたちが踏ん張った甲斐があったというものだ。

 班員はみんな疲れ果てている。ケンジとトモミは、膝を抱えて丸くなっていた。ミキヤは壁に寄りかかって、静かに目を閉じている。サチカは。


「すー、すー」


 マキトに寄りかかって、小さな寝息を立てていた。

 普段のサチカなら、こんなことは絶対にしない。それだけ、今日は厳しい戦いだった。マキトはサチカの寝顔をそっと覗き込んだ。


「みなさーん、ウチらの学校が見えますよー」


 突然、インカムにエリーの大声が鳴り響いた。マキトは慌ててサチカから顔を背けた。そんなマキトには目もくれず、サチカはもそもそと起き上がると、窓の外に視線を向けた。


 他の班員も、エリーの声に起こされたようだった。みんな、眼下に広がる現実世界の廃墟、その中の一点に注目していた。


 一際大きな建物の残骸。廃墟。

 新星学園。現実世界の校舎だった。


「学校、ボロボロだな」

「サッカーゴールなくなっちゃってるよ」

「屋上、穴が開いてる」

「道場潰れちまってるじゃねぇか」

「みんな、本当に学校が好きね」


 思い思いの言葉を口にして、三班のメンバーは笑った。笑い合った。

 明日また、あの場所で会える。ここではないが、確かにあの場所。みんなが通って、生きている場所。



 明日また、学校で。

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明日また、学校で NES @SpringLover

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