7.死闘
トランスポーターから地上に降りる。乾いたコンクリートの感触。まだ原形を留めた無数の巨大な倉庫群が、マキトたちの周囲をぐるりと取り囲んでいた。
イズミ4区画、倉庫街だ。仮想世界でも訓練でよく使われるフィールド。ある意味慣れた場所ではある。
「三年一組三班、戦闘開始する」
「了解、放送委員、索敵開始します」
マキトは空を見上げた。既に陽が西に傾き始めている。あまり良いことではない。
夜になると、より強力で活発な
「ちょっと待ってください。これは、司令部の配置ミスかもしれません」
エリーの声が動揺している。どういうことだろうか。マキトはサチカの顔を見た。サチカは黙って肩をすくめてみせた。
「敵戦力、中型種四体。
その場にいる全員が息を飲んだ。
重戦車相手に歩兵だけで挑むようなものだ。
「彼我戦力差が大きすぎます。直接攻撃能力者二名で対抗出来る相手ではありません。班長、差し出がましいようですが、放送委員からは撤退を進言します」
単純な戦力で判断するなら、エリーの言うとおりだろう。
「放送委員、この付近の人類軍全体の配置を見てくれ。俺たちが撤退したら、付近の部隊はどうなる」
マキトはそう告げると、静かにエリーの報告を待った。一分も経たずに、インカムに応答が入ってきた。
「二年生を中心とした部隊が大型種、
エリーはそこで言葉を止めた。言うまでも無い。壊滅するだろう。
マキトたちが諦めることは簡単だ。ペナルティを受けることはあっても、命までは失わない。
だが、二年生の何名かは確実に命を落とす。大型種複数を相手にどうのこうの出来る戦力では、確実に無いだろう。
「聞いたとおりだ」
マキトは班員たちの顔を見まわした。
サチカは無表情だ。やることは決まっている。青い目がそう語っている。
ミキヤはにやにやと笑っていた。もうすっかり
トモミはいつものように身体を縮こまらせていた。それでも、逃げ腰ではない。黙ってマキトの判断を待っている。
意外なのはケンジだった。マキトを真っ直ぐに見返してくる。強い覚悟がある。怯えて、すぐに姿をくらませていたケンジとは明らかに何かが違っていた。
全員の様子を見て、マキトは力強くうなずいた。
「状況は不利だ。一歩間違えば死ぬ。みんな、その覚悟を持ってほしい」
自分自身にも言い聞かせる。この戦いは、生きるためのもの。死ぬつもりなんて毛頭ない。
仲間たちの力があれば、必ず勝機はある。
「みんな」
マキトは右拳を突き出した。この手で、必ず生き延びてみせる。
「明日また、学校で」
班員全員が、拳を突き合わせた。そうだ、明日また、学校で会おう。全員揃った晴れやかな笑顔で、三年一組三班は戦いに臨むことを決した。
戦力差が大きいことが判っているのなら、まずはそれを分断し、各個撃破する。
マキトは班を二つに割った。まとまって行動する方が望ましかったが、ミキヤをうまく使うなら分割した方が都合が良い。
倉庫街の立地は非常に有利だった。建物の陰に身を隠し、
大きな倉庫は、優に十メートルを超える高さがある。入り口のシャッターは何処も歪んで崩れていて、中はがらんとした空洞だ。マキトはサチカ、トモミと組んで、その内部を物陰伝いに移動した。
マキトたちが潜んでいる建物の中に、
当然致命打にはならないが、隙を作り出すには十分だ。混乱した
「
倉庫の天井が崩れた音に、他の
その視界の隅を、人影がよぎった。壁に大きく空いた穴の向こうを、ケンジが走り抜けた。
途端に穴が消え失せ、
物陰から、すかさずミキヤが飛び出した。一息に間合いを詰めて、
「
仲間を倒された
マキトを追いかけて、
マキトの身体は、横っ飛びにスライドした。
そのまま空中で、サチカは空いている方の手を伸ばした。その先には、金属の支柱がある。
サチカに手を握られたままのマキトも同様だ。勢いを保ったまま、無防備な
「
「さすがにもう各個撃破は厳しいか」
生き残った二匹の
「このまま逃げてくれれば色々と助かるんだけど」
トモミがぼそぼそと希望的観測を口にした。残念だが、その可能性は限りなく低い。
「逃げるくらいなら、奴らは時間を稼ごうとするだろうな。陽が落ちれば増援が望める。こちらとしては帰りのことも考えて、さっさと始末しないと都合が悪くなる一方だ」
ミキヤの見解が正しい。それに、
「班長、日没まであまり時間がありません」
エリーの声が緊張していた。暗くなれば、飛行型の
「よし、決めてしまおう」
マキトの言葉に、班員たちは静かに動き出した。
手にした巨大な戦斧を構えて、
轟音と共に地面のコンクリートがえぐられる。破片が飛び散り、砂煙が巻き上がる。手応えが無い。
倉庫の屋根に身を隠していたサチカが、
これもまた、致命打になる必要は無い。その動きを
「
エリーのアナウンスが全員に届けられた。
「へ、くせぇんだよ」
ミキヤは臆せず、
が、次の瞬間、ミキヤは倉庫の屋上にぐいっと引っ張りあげられていた。
「カッコつけないで」
残ったのは、
あれを今の人員だけで仕留めるのは、相当なことだ。
「行けるか?」
「バカか?俺は殺すしかねぇんだよ」
大型種は本来、より大人数の編成で対抗するものだ。撃破報酬はそれだけの頭数で割られたものになる。
三年一組三班だけで
「死ぬつもりはねぇ。オレはちゃんと生きる。生きて、あいつを殺す」
サチカが二人の背中を叩いた。その後ろで、トモミが不安げな表情を浮かべていたが。
ぐっと、硬く唇を結んだ。
「大丈夫、あたしは、みんなを信じてる」
トモミの送り込んだ先にあるのは、死の待つ場所ではない。みんなが生きている、明日だ。
「やるよ。僕は、あの場所に帰るんだ」
ケンジが姿を現した。さっきから縦横無尽に走り回って、
フェイの遺言。生きるために、ケンジは戦うと誓った。逃げていても、大切なものは守れない。本当に大切なら、自分から立ち向かっていくべきなのだ。
サチカが、くすりと笑った。
「みんな、明日また、学校でね」
サチカが笑うというだけで珍しいのに。
その言葉を聞いて、全員が吹き出した。死ぬかもしれないなんて考えない。みんな、この先のことを、明日のことを考えている。
明日また、学校に行くことを考えている。
「行くよ!」
トモミがサチカを
両手を下に伸ばす。その先には、マキトとミキヤがいる。
「ええいっ!」
力いっぱい引っ張り上げる。二人の掌の感触が判る。明日を掴む手。サチカの位置を越えて、マキトとミキヤは更に上空へと飛び上がった。
その姿を確認すると、サチカは少し離れた位置の支柱を
高高度で、マキトとミキヤは地上の
「落下ダメージで自爆ってのはシャレにならねぇぞ?」
「耐衝撃スーツだ。それくらいは耐えてくれるだろう」
ミキヤはニヤリ、と笑った。
「これに命預けるとか、今まで考えたことも無かったぜ」
「奇遇だな、俺もだ」
二人の落下速度がぐんぐんと上がる。こちらを見上げて、戦斧を構える
落下中、その軌道を変えることは出来ない。速度を変える手段も無いとなれば、位置の予想は付けやすいだろう。
ぶぅん、という空気を切り裂く音がして。
戦斧は空振りした。直撃したと思った次の瞬間には、マキトとミキヤの姿は消えていた。
攻撃が外れたことを確認して、ケンジは素早くその場を離れる。
「喰らえっ!」
一秒にも満たない誤差の後。
落下の勢いを加えた
「「メテオイリュージョン!」」
断末魔と、轟音と。
激しい地響きが、夕暮れの迫った倉庫街の廃墟にこだました。
暗い室内で、数名の人間がテーブルを囲んでいた。
重苦しい雰囲気の中、独りの年輩の男が、ふぅ、と息を吐きだした。
「班一つで大型種の撃破に成功。驚いたことに、全員無傷だそうだ」
その言葉に、小さなどよめきが起きた。ひそひそと何かを話し合う声が、そこかしこから聞こえてきた。
「喜ばしいことだ。我々はいつまでも見失った英雄の背中を追いかけているわけにはいかない」
椅子を引いて、誰かが立ち上がる音がした。スポットのように照明が点く。
「兄の失態は、弟が取り返すことになりそうだな」
アサトは無言だった。
ただ強く、両の拳を握りしめていた。
「第十六次反攻作戦。予定よりも前倒して進めていこう」
一際大きな声が、室内に響いて。
まばらな拍手が、苦しげな表情のアサトを取り囲んだ。
トランスポーターの中から、マキトは夕陽を眺めていた。
あの後、二年生たちはなんとか
班員はみんな疲れ果てている。ケンジとトモミは、膝を抱えて丸くなっていた。ミキヤは壁に寄りかかって、静かに目を閉じている。サチカは。
「すー、すー」
マキトに寄りかかって、小さな寝息を立てていた。
普段のサチカなら、こんなことは絶対にしない。それだけ、今日は厳しい戦いだった。マキトはサチカの寝顔をそっと覗き込んだ。
「みなさーん、ウチらの学校が見えますよー」
突然、インカムにエリーの大声が鳴り響いた。マキトは慌ててサチカから顔を背けた。そんなマキトには目もくれず、サチカはもそもそと起き上がると、窓の外に視線を向けた。
他の班員も、エリーの声に起こされたようだった。みんな、眼下に広がる現実世界の廃墟、その中の一点に注目していた。
一際大きな建物の残骸。廃墟。
新星学園。現実世界の校舎だった。
「学校、ボロボロだな」
「サッカーゴールなくなっちゃってるよ」
「屋上、穴が開いてる」
「道場潰れちまってるじゃねぇか」
「みんな、本当に学校が好きね」
思い思いの言葉を口にして、三班のメンバーは笑った。笑い合った。
明日また、あの場所で会える。ここではないが、確かにあの場所。みんなが通って、生きている場所。
明日また、学校で。
明日また、学校で NES @SpringLover
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます