第15話

「倭さんが大筋を作る、って……」

 それはつまり、倭さんが脚本を作るということ。

 全員で考えたアイデアを、一つのストーリーへと昇華させる仕事。

「でも、そういうのって慣れてる人がやったほうがいいんじゃ……」

 例えば文芸部とか。

 正直なところ、不安は募る。いくら倭さんがよく創作作品を読んでいる、観ているからといって、自分で作るとなると勝手が違うのではないか。

「そうだな」

 花村君が便乗する。

「正直な話、ブレインストーミングの提案を聞いた時はこういうのに長けているんだと思ったけれど。ここまで考えてきたアイデアを一人に任せるのは正直不安だ」

「…………ならば全員で考える?」

 時間はかかると思うけど。倭さんの言葉は脅しのようにもとれる。

 僕や花村君、薙紗ちゃんが一人でストーリーを書けるかと言われれば難しい話だ。かといって全員で話し合って作れば時間はかかるだろうし筋が通った物語になるかは分からない。

「…………それに、私も全くビジョンがなくて提案したわけではない」

 花村君の意見に反論するように、倭さんが口を開いた。

「……私は小説を書いたことがあるし、……それで賞をとったこともある」

「え、本当に?」

「…………ネット小説だけれど」

 さらっと言ったけれど。

 倭さん一体何者なんだ。

 僕だけじゃなく、花村君も薙紗ちゃんもその言葉には呆気に取られていた。

「なんだ、それを先に言えばよかったじゃない」

「…………証拠は出せないから」

「それでもよ。これはもうえりなちゃんに決まりね!」

 先ほどまでとはうってかわって、テンションの高い薙紗ちゃん。

 小説を書いて受賞経験もある、そんな倭さんが自ら脚本を書く――この場の誰がやるよりも適しているのは確かだ。

「……任せてもらえるのなら、ゴールデンウィークが明けるまでに仕上げてくる」

「うん、そうだね――」

「ちょっと待ってくれ」

 横で黙っていた花村君だった。

 決して怒っているのではない、しかし納得いかないといったような表情だった。自然、僕も薙紗ちゃんも表情がこわばってしまう。

 花村君の視線は、倭さんを狙っていた。

「さっきも言ったが、オレは倭さん一人に任せるのは不安だ。それに受賞したことがあるっていうのも本当か分からない」

「…………賞のことは今すぐ証拠を出せるというわけではない。どうしてもというなら私の書いた小説を見せるくらいはできる」

「、でも小説とドラマ脚本だ、勝手の違いはどうしても出てくるだろ。むしろ小説になれている分うまくいかないんじゃないのか」

「…………小説も脚本も、ストーリーを考えるという点では同じ。私も考慮しながら作る」

 それでも不満? と倭さん。

「――それでも、オレは任せっきりにするのは不満だね」

 椅子に背を預けながら、倭さんを睨む花村君。

 これは、完全にムキになっている。

 横目で薙紗ちゃんを窺うと、視線が合う。なんとかしてよ、とでも訴えかけるような視線だった。

「……花村君、言い過ぎだと思うよ」

 それに、花村君の言うことは。

「結局花村君が反対する理由としては、倭さんが信用できない、からになってしまう」

「……まあそういうことだけど」

「そうじゃ駄目だと思うんだ」

 僕は。

 僕たちは。

「映研の一年生というチームなんじゃないかな、僕たちは」

 必然的に集まったメンバーじゃない。まだ一か月も経っていない、メンバーの人となりも分からない。

 それでも、僕たちはチームとして作品に向き合っていかなければならない。

「僕が倭さんのことを信じてくれ、って言うのも変な話かもしれないけど、頼む」

 チームとして作品に向き合う。

 ――文芸部ならば、そこの部員は一人で一つのものを作り上げればいい。しかし映像研究部は、そこで作る作品は、一人で作るものではない。

 倭さんが映研に入ったのも、何か考えがあってのことなのかもしれない。

 最後のは単なる深読み。

「……分かったよ」

 溜息を吐きながら、花村君は眼前の少女から視線を逸らした。

「確かに今のはオレのわがままだった。謝る。――けれど、あんたが書いてきたものは全員でチェックして、直していく。それでもいいな」

「…………元からそのつもり」

 倭さんは表情の見えないままだった。度胸があるのか、鈍感なのか。

 ひとまずは話し合いはひと段落ついた、と言っていいのだろうか。

 再び薙紗ちゃんに視線を送ると、彼女はすぐにそれに気付き、なぜか体を乗り出して僕に近づいてきた。

「……やるじゃん」

 耳元で囁かれた。

 良い匂いがした。

 どうも、とだけ返しておいた。

「……ふう」

 まあメンバー間に軋轢が残らないでよかった。

 ……何か大事なことを忘れている気がする。

「……結局どのアイデアにするか決めてないじゃん」

 その日、僕たちは二年生が帰ってきて、部活が終了した後も部室に残り話し合いを行うことになった。

 部室を出るころには、日は暮れてしまっていた。

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僕たちの映研 (中断) 天風 @amakaze

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