その7(終)・冬・また会う日まで

 春が近いとはいえ、3月の風はまだ冷たかった。

 俺は校門の前に立ち止まり、校舎を見上げた。

 赴任してから一年足らず。決して長くはない期間だが、短いというにはあまりにも色々なことがあった。

 

――結局、閉校サービス終了という事実の前に俺が出来ることは何もなかった。


 閉校を防ぐために奔走する、とか、新任教師にそんなことができるわけがない。

 目の前の仕事を処理していくだけで、あっという間に終業式サービス終了の日がやってきた。

 閉校サービス終了の話を聞いた生徒達には、驚くほどに動揺がなかった。彼女たちはただ当然のように告知を受け入れていた。


「おはようございます、先生」


 校門に入ると、ピンクが声をかけてきた。手には何やら封筒を持っている。


「本日の出勤ログインボーナスです。どうぞ!」

「いや、今更そんなん渡されても……」


 渡されたのは分厚い封筒だった。

 Sレア5%転入届にあるような装飾はされていない、地味な茶封筒だ。

 受け取ると、ずしり、と重みが手に伝わってきた。


「今日の出勤ログインボーナスは特別ですので、帰宅してから開けてくださいね」

「開けたら俺の家の扉が光って生徒が入ってくるとか無いよな?」

「……生徒をうちに連れ込めるか、なんて何を期待しているんですか先生……」

「冤罪だ!」


 ゲスピンクのゲスな勘ぐりも、これが最後だと思うと少し寂しいような気がした。

 立ち話をしていた俺達の横を、生徒が通り過ぎた。うちのクラスの生徒ではない。背の高い、赤い短髪の生徒だ。

 終業式で、今日でこの学校は閉校サービス終了。だというのに、赤髪の生徒は走りながら部室棟へと向かっていく。


「今のは……」

「ヒート属性のSSレア「星は何度でも輝く」ほし飛鳥あすかさんですね。陸上部の子ですし、部活に向かったのではないでしょうか」

「……マジで!?だってこないだあいつ「帰還不能点ポイント・オブ・ノーリターン」になってなかった!?」


 ピンクは、馴染みのある「こいつマジで分かってねえなぁ~~」みたいな顔をした。訂正しよう。こいつの雑な扱いに関しては全然寂しくなかった。


「いいですか、「帰還不能点ポイント・オブ・ノーリターン」ってそこを過ぎたら帰りの燃料がなくなる場所、って意味なんですよ」


 つまり、とピンクは言う。


「燃料を足すことができれば、いくらでも戻ってくることが出来るんですよ」


 俺は遠ざかっていく星の背中を見た。

 彼女は、彼女の学園生活を過ごしてあそこに辿り着いた。そこに俺が口を挟める点は存在しない。俺と関係ないところでも、生徒たちは人間関係を作りそれぞれの人生を生きているのだ。

 

「……そうか、そうだよな」

「さ、こんなところで立ち話もなんですし、職員室に行きましょう」

 

 ピンクに促されて職員室に入った。職員室は閑散としていた。出勤ログインしてこなくなった先生もそれなりに居た。むしろ、今まで残っている先生が居るのがびっくりだ。

 隣の席の尾上先生も残っている内の一人だ。

 最後の期末試験ランキングイベントで1位になると息巻いていた彼は、壮絶なデッドヒートの末に2位に収まったせいで未だに燃え尽きていた。もやしすら持っていなかった。


「尾上先生、おはようございます」

「ああ……おはようございます、先生。今日も来たんですね」

 

 尾上先生は少し驚いたように言った。


「なんですか、その言い方」

「いえ……先生は来なくなる側かな、と思っていましたので」

「俺は、教師ですから」

「……そうですか」


 尾上先生はそれ以上何も言わなかった。俺は自分の席に座り、缶コーヒーを開けた。

 

「しかし、尾上先生は最後まで走りましたねえ。よくやるもんですよ」

「ま、最後ですし。残るものはありますからね」

「……そうですね」


 なんだかんだで、尾上先生も湿っぽい人なんだな、と思った。俺も人のことは言えないが。

 尾上先生はこっちの気持ちも知らずに、飢えた野獣のような目で俺の飲んでいる缶コーヒーを睨んでいた。

 

「尾上先生、よかったら奢りますよ」

「いいんですか!?」

「ええ、せっかくですから」

 

 俺は苦笑しながら席をたった。尾上先生は、露骨に嬉しそうについてきた。なんとなく、隣の席がこの人で良かったと思った。


――――


 終業式は、特に大きな出来事もなく終わった。

 教室に戻った俺は、生徒たちに通知票を渡していた。これが、このクラスの担任としての最後の仕事だ。


「大原」

「はーい」


 大原の目は、少し赤かった。目の下にはくまが出来ていた。


「お前は頑張れる奴だと思ってるからな。今後も頑張れよ」

「いやー、どうかなー?勉強とかあんまりしないしなー!」


 大原は、いつもの様に言い訳をした。俺は大原に通知票を渡した。


「できるさ。お前なら、出来る」

「……うん。ありがとう、先生」


 大原は、珍しく素直に答えた。


「高橋」

「はい」


 高橋はいつもと変わらないように見えた。いつものよう背筋を伸ばし、俺から通知票を受け取った。


「なんだかんだで、お前には世話になったよ。ありがとう」

「いえ……私も、先生が担任で良かったです」


 高橋が握手を求めるように手を差し出してきた。俺は、握手を返した。


「田中」

「……はい」


 田中はいつもより少し光が弱いようだった。


「お前は……たぶん、このクラスで一番成長したと思う」

「……はい」

「だから、大丈夫だ。不安になる必要なんか、無いんだ」


 田中は通知票を受け取った。それを胸に抱き、俺を見た。


「大丈夫です……『普通』の毎日は、変化しないって意味じゃ、ありませんから」


 それが分かっているなら充分だ。俺はうなずいた。

 田中と入れ替わるように、黒い影が俺の前に現れた。


「《反魂侯はんごんこう》」

此処ここに」


 反魂侯は、通知票を受け取り、ローブの中にしまった。


定命じょうみょうの者よ。我は不滅。故に此度の邂逅も又、いずれは無限の刻に流される泡沫の夢に過ぎぬ」

「……そうか」

「だが……」


 《反魂侯はんごんこう》は教室を振り返った。そこには、クラスの生徒たちが居た。


「願わくば、しばし午睡を楽しみたかったものである」

「仕方ないさ、《反魂侯はんごんこう》。僕らの生は君と比べてあまりにも短いんだ。立ち止まっている時間はない」


 次に通知票を取りに来たのは山本……いや、聖霊院だ。


「だからこそ、僕らは前に進み続けなければならないんだ」

「聖霊院……」

「その道程で、誰と出会い何を得るか。それが人生を形作るパーツなのさ」


 聖霊院は、いつもどおりポーズを取って通知票を受け取った。


「ありがとう、先生。この一年間は、代えがたい時だったよ」


 これで、全ての通知票を渡し終わった。俺の仕事は、これで終わりだ。

 本当は、最後に何かを言うつもりだった。でも、俺が言うべきことはこれ以上なかった。生徒たちは皆、自分の道を見つけることが出来ていた。

 だから、最後のホームルームはあっさりと終わり、俺の最終勤務も、終わった。


「校門までお見送りしますよ。先生」


 帰る時、ピンクはそう言って校門までついてきた。


「……そういや、結局名前きいてないな」


 俺がそういうと、ピンクは「こいつマジで分かってねえなぁ~~」みたいな顔をした。


「私の名前なんてどうでも良いんですよ、先生。私は名もないサポート役で、先生が分かり合うべきは生徒たちなんですから」


 思わぬピンクの言葉に、息が詰まった。

 こいつは、こいつなりに生徒のことを考えていたんだと思った。


「だって生徒に思い入れ持って貰ったほうが生徒を転入させてガチャを回してもらえますし」

「本当に最後までいい雰囲気にさせてくれねえな!」


 俺は笑い、ピンクも笑った。


「それでは先生。お元気で。いずれ、また」

「ああ、またな」


 そうして、俺は帰宅した。

 ピンクに渡された封筒を開くと、中にはアルバムと、生徒たちの寄せ書きが入っていた。


「なんだよ。いつもいつも……俺が無料で良い物引くと機嫌悪くなるくせに」


 ピンクに貰った封筒には、いつもいつも当たりが入っていたなあ、と俺は思った。


―――――

 

 4月頭。今日から新学期が始まる。

 そして、勤務先の無くなった俺にとっては新天地での第一歩のスタート日である。

 これから定年まで40年と少し、前の学校での思い出を胸に働こう。

 熱い気持ちを胸に出勤した俺を最初に出迎えたのは。

 

「お久しぶりです、先生!ただいまリニューアルキャンペーン実施中ですよ!」


 明るい笑顔で俺にそう告げる、やたらパステルピンクのスーツを着た若い女性であった。


「え!?お前なんでここにいるの!?」

「そりゃ居ますよ。リニューアル期間も終わりましたし」

「……リニューアル?」

「ええ、教師プレイヤーが増えてきて校舎も手狭になってきたので、一時閉校して色々増強してたんですよ。言いませんでしたっけ?」

「そういや確かに一旦って言ってたけど、でも、サービス終了って……」

「この期に校則システム面も大幅改善したので、実質的な再オープンですからね!まあ、生徒や給与評価の引き継ぎもある程度できますので、変わってないって言われても否定できませんけど」


 呆然とする俺に、ピンクは笑顔でチラシを渡した。


「ただいまリニューアルキャンペーン転入ガチャ実施中ですよ!この機会にいかがですか!」

「要らねえよ!」

 

 俺はチラシを押し返し、自分の教室へと向かった。

 慣れ親しんだ教室では、きっと生徒たちが待っている。張り切って授業をしなければならない。

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私立ソシャゲー学園高等部 ロリバス @lolybirth

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