その6・秋・二学期もイベント目白押しです
長かった夏休みが終わり、生徒たちが久々に登校してきた。
昨日までガランとしていた教室は今、賑わいに満たされている。
「おはよう、大原さん。宿題はやってきた?」
「いやー!ギリギリまでやってなくてさー!不味いなー!」
高橋と大原が雑談している。
大原に関しては口ではああ言っててもそれなりにやってきているんだとは思っている。あいつはもしもの時のための言い訳グセが酷いだけで、真面目ではあるのだ。
「やあ、《
「……」
「確かに僕と君の出会いは良好であったとは言えないが、とはいえクラスメイトとして挨拶ぐらいはしてくれても良いんじゃないかな?」
「……解せぬ。我を避けるというのなら汝の方であろう。何故、関わろうとする」
「決まっている。君がクラスメイトだからさ」
「……」
「おはよう。《
「……うむ」
登校してきた聖霊院は《
二人の間にはまだ距離があるが、それでも、いずれは解消されるであろうということはまず間違いなかった。
教室の扉が光り、生徒が入ってきた。残念ながら転入届を開いたわけではないので
「良かった……遅刻しなかった」
田中だった。田中の体は《運命の加護》の力で柔らかく発光していた。ちょっと眩しかった。
クラスメイトはそんな田中に当たり前のように挨拶をしていた。誰も《運命の加護》の力を敬遠したりしない、彼女が護りたかった「普通」がそこにはあった。
始業のチャイムがなるまで後数分。俺は目を閉じ、天井を仰いだ。
「……思えば遠くまで来たもんだな……」
「まだ
「…………生徒を選びたくはないけど、あんま
「でも、ステータスは優秀ですよ?」
ピンクはきょとんとしてそういった。そういう問題ではなかった。俺のキャパシティの問題だ。
「レベル上がってるからクラス編成コストも充分あるのに」
「数字だけじゃ全てを解決することは出来ねえんだよ……」
「コラボキャラ必須イベントもあるのに……」
「そんなのあるんだ……」
始業のチャイムがなったので、俺は目を開いた。
光っている生徒が居ようと《破滅の影》が居ようと、俺はこのクラスの担任だ。さあ、今日も授業をしよう。
――その6・秋・
◯6-1:ある日の教室で
「すいません、先生……ちょっと体調が……」
「おっと、大丈夫か?」
「はい……少し休ませて貰えば治ると思います」
「そうか、無理はするなよ」
念のためモブ生徒に付き添わせ、高橋を保健室に向かわせた。
高橋が出て行き、授業をはじめようとしたところでピンクが声をかけてきた。
「では先生、クラス委員長が不在になったので新しい委員長を決めてください」
「別にちょっとぐらい不在でもいいだろ」
「ダメですよ!」
「なんで」
「システムなので」
反論する気のなくなる理由だった。
まあ、委員長なんて所詮指名制だし、うちのクラスにテスト時以外に効果を発揮するタイプのクラス委員長スキル持ちは居なかったはずだ。
「田中さんは常時発動タイプのクラス委員長スキルですよ?《加護の共有》」
「……全員光るのは困るなあ」
というわけで田中は没。
それ以外は特に誰でも良かったので、一番近くの席に居た生徒に頼むことにした。
「聖霊院、ちょっと高橋が戻ってくるまでクラス委員長を頼めるか?」
「構わないよ。
聖霊院はポーズを取った。ちょっと嬉しそうだったので、適当な決め方をしたことに罪悪感を覚えた。
「よし、それじゃあ授業を……」
「はい!では今日の授業は
授業を開始しようとしたところで、ピンクが笑顔で口を挟んできた。
「
「はい、各クラスの授業進度をチェックするために不定期に行われるんですよ。先生は今回が初めてでしたっけ?」
初耳だった。
「あれー?職員室に
「抜き打ちなのに予定表貼ってるのってどうなんだ!?」
「本当に抜き打ちでやっても誰も得しませんし。ポーズですよ、ポーズ」
ピンクはそう言いながら手際よくテストを配っていく。科目は英語だった。
……今の委員長の聖霊院のクラス委員長スキルは《
「まあ、知らないなら知らないで仕方ないですね。次からは気をつけてくださいね」
「まて!ちょっとまて!じゃあテストの前に委員長の変更を……」
「委員長の変更は一日一回までです」
「そういや言ってたな、そんなこと!」
ゲスピンクは満面の笑みだった。こいつわかってて委員長の設定急かしやがったな。なんだってそんなことを。
「まあ、先生は無料
それか。まだ根に持ってやがったのか。
理不尽だったが、俺に対抗する方法はない。
できるのは、生徒たちが上手くやってくれることを信じることだけだった。
…………テスト終了後。
ピンクに促されてその場で採点したが、全員驚くほどよく出来ていた。どうやら、聖霊院のスキルが良い方に働いてくれたようだ。
「ちっ、運がいいですね。さすがはSSレア生徒……」
ゲスピンクの目論見が外れて、少し気分が良かった。
「みんな、今回のテストはよく出来たな。それじゃあ答案を返すぞ。まず聖霊院」
「ふ……世界に偶然なんてない。有るのは全て必然さ。ならばこの結果も予想できたものだよ」
聖霊院はポーズを取ってちょっと調子にのっていた。まあ、今回の功労者であることは間違いないのだが。
「実際、今回はお前のおかげだからな。感謝してるよ」
「先生も
「偶然なんてないってそういう意味かよ!」
案外抜目のないやつだった。
「次、大原。お前も今回良かったな」
「私は私の無知を知っていますからね。己の内面を正しく認識していれば、自然と答えは導けます」
大原はポーズを取りながら回答を受け取った。見事に
「……まあ、これぐらいは必要経費か。次、田中。お前は普通に良かったな。この調子で頑張れよ」
「『普通』……ふふ、私はただ、私が私のままであるだけですよ」
田中もポーズをとっていた。《運命の加護》で光っているせいでやたら神々しかった。
「……次は、えー」
「
聖霊院一人が中二病だとアクセントになっていいが、全員そうだと非常に疲れる。そう思いながら俺はテストを取りに来た生徒に答案を手渡した。
白骨の手が伸びてきてそれを受け取った。《
「……あんたは普段からその口調だったっけ……」
「
あれだけ仰々しく聞こえた反魂侯の口調が、今はなんだか普通の聖霊院亜種のように聞こえた。シチュエーションって大事だった。
……結局、今日一日委員長を変えることが出来なかったため一日聖霊院口調に囲まれて過ごすことになった。
クラス委員長を変える時はスキルをきちんと確認しよう。俺は心にそう誓った。
◯6-2:ある日の職員室で
「
「
職員室に行ったら尾上先生の机に大量の色紙がつまれていたので、何事かと聞いたらそんな言葉が帰ってきた。
「
「で、それと色紙に何の関係が?」
「やっぱり戻ってくるのに重要なのはきっかけだろうってことで、現役
なるほど、だから色紙なのか。しかし、やけに大量にある。
「尾上先生ってそんなに
「いえ、全員知らない人ですよ」
「知らない人に向けてメッセージ書いてんの!?」
「一人分書くとスタポン一個もらえるので割が良いんですよ。先生も書きます?」
尾上先生は書き終わった色紙の束を渡してきた。
色紙にはぎっしりとメッセージが書いてあったが、大体は「頑張ってください」「早く来てね」「ファイト」などと、お決まりのメッセージが殴り書きされていた。
「俺、こういうの見たことある……担任の先生に強制されて不登校のクラスメイトにメッセージ書くやつだ……」
「報酬がもらえる分、あれよりはマシですかね」
「これで戻ってくる人居るんですかね……?」
「さあ?とりあえずこの人にカムバックメッセージ書くのは三度目ですけど」
「もうやめろよこのキャンペーン……」
そう言いつつ、俺も色紙にメッセージを書いた。
なんだかんだで、無料でもらえるスタポンは重要なのだ。
ちなみに、俺がメッセージを書いた中で帰ってきた
◯6-3:体育祭は真剣勝負
体育祭の今日は、幸運な事に雲一つない秋晴れだった。
まさに運動日和で、日差しと風が気持ちよかった。全身で伸びをして秋の空気を吸い込んでいると、隣でピンクが嫌そうな顔をしていた。
「先生、本当に体育祭全員参加にするんですか?基本任意参加のイベントですよ?」
「らしいけど、でも折角の学校行事なんだから参加しないと損だろ?」
俺がそう答えると、ピンクはこれみよがしに大きくため息をついた。
「……まあ、まず最初の競技を見て下さいよ。それから、生徒たちに参加させるか決めてください」
「もちろんそのつもりだって。最初の騎馬戦はうちのクラスからもエントリーしているしな」
ちなみに騎馬戦は撃破数を競うバトルロイヤル形式で、エントリーしているのは田中を中心とした騎馬と《
会場を見ると、《反魂侯》の騎馬はすぐに見つけることができた。
いつものローブに瘴気を漂わせているその姿は、有り体に言ってラスボスにしか見えなかった。というかラスボスだったわけだが。
競技開始の合図がされると同時、周囲の騎馬が《反魂侯》の騎馬に群がった。
騎馬戦は強いやつと一騎打ちになったら勝てない。まず協力して強い騎馬を落とすのはセオリーだ。だが、相手が悪かった。
「
《反魂侯》は軽く手を振った。それだけで、全ての騎馬は動きを止めた。
あとは悠々と撃破マークである鉢巻を《反魂侯》が集めるだけでよかった。
その瞬間、一陣の風が吹いた。違う、風ではない。騎馬だ。
黒い長髪の女子生徒が乗った騎馬が《反魂侯》とすれ違うように駆け抜けた。一瞬後、《反魂侯》の頭部が落ちた。女子生徒が振った長柄の刃物……三国志に出てくる、青龍偃月刀が《反魂侯》の首を落としたのだ。
「何あれ!?」
「人気ソーシャルゲーム《ドキドキ!脱衣三国志 ポロリもあるよ!》コラボキャラの「美髯公」
「いや!首!首がポロリって!」
「体育祭は生徒の安全に配慮されているので問題ありません。それに、まだ終わっていませんよ」
ぞわり、と怖気が背を撫でた。
《反魂侯》の首を落とした青龍偃月刀に、黒い影が纏わりついていた。
「我は死の化身。破滅の影。死を殺す事、
関の判断は早かった。彼女が青龍偃月刀を離すと、一瞬後にそれが崩れ去った。
《反魂侯》は先ほどと変わらぬ姿で佇んでいた。撃破マークの鉢巻は腕に巻いていたので脱落していなかった。
「面白い!名のあるお方と見える!私は
「名などあらず。ただ《反魂侯》と呼ばれておる」
関はどこかから新しい武器を取り出し、《反魂侯》へと襲いかかった。だが、彼女は《反魂侯》に斬りかかることは出来なかった。
横合いから飛んできたミサイルが、二人をもろともに吹き飛ばしたのだ。
「あれは……」
「学園ロボットアニメ『戦騎養成ブレイド&ガンズ』のコラボキャラですねえ」
学園要素だけ持って来いといいたかった。あとこの学校はもう少しコラボ相手を選んで欲しい。
ミサイルの爆炎が晴れた。関は騎馬から落ち、倒れていた。撃破マークの鉢巻が燃え尽きているので失格だろう。
倒せない相手の鉢巻を炎で燃やす、効率的な戦法だった。
《反魂侯》は無事だった。鉢巻にも引火していなかった。《反魂侯》の前に光る壁が発生し、爆炎から守っていたからだ。
「何故我を護る。《『普通』の護り手》よ」
《反魂侯》を守ったのは田中だった。彼女は、《反魂侯》をまっすぐ見た。
「あなたも今はクラスメイトだから。私の、普通の日常の一部だから」
「……我を、日常と呼ぶか」
「協力しましょう。一緒に、この行事を楽しむために」
「……否む理由は無い」
二人は協力し、ミサイルが飛んできた元に向かっていった。
俺は呆然とそれを見送った。
「ね、先生分かったでしょう?
「というかコラボキャラ無双じゃねえかよ……」
細かいことを無視してコラボしまくることの弊害だった。流石に、普通の学生ではこの戦いに入っていけないだろう。
「そうでもないですよ。スコアボードを見ればわかりますけど、今一番稼いでるのは「
「陸上部の星」は「落ちた流星」になった後「蘇る復讐鬼」となり、ついには帰ってこれないところまでたどり着いたようだ。
初期Sレアで選ばなかった俺が言うことではないが、せめて幸せになって欲しかった。
「で、どうします?生徒全員体育祭に参加させます?」
「……希望者以外は自習で」
ピンクは当然、というふうにうなずいた。
バランスって大事だな、と俺は思った。
ちなみに、うちのクラスの成績は騎馬戦で《反魂侯》と田中が2位3位だった。1位は星飛鳥だった。筆舌に尽くしがたい、壮絶なぶつかり合いだった。
◯6-4:その後
「いやあ先生、二学期も色々ありましたね」
職員室で
「あ、どうも……まあ、疲れましたけど、充実してましたよ」
「そうですか。思い出になったようならそれは良かったです」
ピンクらしからぬ、しんみりとした物言いだった。
「ちょっと気が早いけど、三学期もよろしくな」
「ええ、この学校では最後の学期ですからね……充実したものにしましょう」
ピンクは何か、おかしなことをいった。
最後って……ああ、今の学年は最後、という意味だろうか。
「あ、いえ、違いますよ。3月になったら一旦
「は?」
「それでは、お仕事がんばってくださいね」
ピンクが平然と去っていってしまったので、俺は聞き返すことが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます