偽悪者の仮面が剥がれる時

逢神天景

偽悪者の仮面が剥がれる時

 その日は、普通の朝だった。

 明日はセンター試験――そう、俺の人生が決まるかもしれない大事な日だ。なればこそ、今日は気合を入れていく必要がある。

 もう今さらジタバタしても無駄だろうから、満遍なく全教科の基礎を勉強しておこう。

 そう思って、家を出た時――俺は、謎の光に包まれた。



*  *  *



「は?」


「おお……成功か!」


 こりゃどーいうことだ?

 辺りを見回す。うーん、ぱっと見、中世ヨーロッパの宮殿みたいな感じだ。

 金ぴかで、シャンデリアとかがあって――なんというか、観光地みたいだ。

 それで、目の前にはなんというか……階段があり、そののぼった先には超豪華な椅子がある。

 その椅子の上には、白髪で、髭を蓄えた……50歳くらいの、王冠を被った、おっさんがいた。


「なんだこりゃ」


 過去にタイムスリップでもしたか? いや、それとも……


「まさか、勇者召喚が成功するとは……」


「そうですな、儂らも驚いております」


 王(?)と、その横にいる、所謂爺や的なサムワンが、うなずき合っている。

 ……なーるほど。


「チッ……拉致かよ。巫山戯んな」


 コレが全部ドッキリでもない限り……どーやら、異世界召喚とかいう、おきまりの拉致、みたいだな。俺の人生いきなりどーなってんだよ。つーか、異世界なんてモンがリアルに存在するとはな。

 そりゃね? 異世界召喚されて、勇者として戦う――男なら一度は夢見るシチュエーションですよ?

 でもさぁ……考えても見ろよ。

 唐突に拉致られて、言われる言葉は「世界を救ってください」だろ? 俺、この世界に愛着も何も無いのに? 冗談じゃない。

 そもそも、英雄譚がカッコいいのは、成功したからだ。逆境に打ち勝てるのは、逆境に打ち勝てたからだ。つまり、成功した、という結果があるから英雄譚は英雄譚として成立するのであり、俺のような凡人は力を与えられようが英雄にはなれない。というかそもそも、力を与えられたのかすら怪しい。

 そう、異世界なんぞに呼び出されたところで、無駄死にするのが関の山だ。

 まして、俺は超高校級の軍人でも、武偵でも、幻想をぶっ殺せる人でもない。一般人。

 こんな状況に放り込まれても、なんか出来る分けがない。

 ……ヤベぇ、マジでどうする?


「では……勇者よ、貴殿に任務を与える」


「魔王を倒せ、か? お断りだボケ」


「魔王を……は?」


「そんなことより俺を早く元の世界に返せ。俺は明日はセンターなんだよ。センター試験、知ってるか? 人生が決まる場合があるんだよ、それの結果如何で。だから俺はこんなところで遊んでる暇はねーの。分かる? ドゥーユーアンダスタン? 分かったらとっとと俺を元の世界に戻せ。分かんなくても俺を元の世界に戻せ!」


 つーか、今魔王って言いかけたよな。マジで魔王がいんの? とうとうドッキリカメラの可能性も消されたか? オイ。

 俺は鞄の中の筆箱からこっそりカッターを取り出し、ポケットに入れておく。


「だいたいよぉ、俺は一般人だぞ? 何でいきなり勇者なんぞに任命される? おかしいよな、なぁ、おかしいだろ?」


 カンカン、と階段を一歩ずつ上っていく。周りにいた兵士(ずっと置物だと思ってたら、中身がいたらしい)が俺の方へ来ようとしているが、王っぽいのがそれを手で制す。へぇ、度胸あんな、王様っぽい奴。


「とっとと俺を元の世界に戻せ」


 王様っぽいやつの前まで行って、改めて言う。


「それは出来んな。勇者召喚に必要なのは、時と魔力。そのどちらも、今は失われている」


「どーいう意味だ三行で答えろ」


「星の運行が正しい位置にないと、異世界への扉は開けん。また、魔力も莫大な量を使う。此度の勇者召喚に使った魔力量は、桁が違う。これだけの魔力を集めるのには、数年かかるだろう。故に、貴殿を送り返せない」


 三行じゃおさまってなさそうだな。

 って、そうじゃねえ!


「なん、だと……っ!? 巫山戯るなよ! 勝手に拉致しておいて帰せないだと!? バカバカしいこと言うんじゃねえ! とっとと元に戻せ!」


 何度も言うが、俺は明日がセンター試験だ。つまり、今日中に戻れないと俺は一年間棒に振ることになる。無論、私立は受験するが、俺の家はそんなに裕福じゃない。俺が一流私大に入れるくらい頭がいいんなら話は別だが、そんな大した頭じゃない。私立に行くくらいなら働け、がうちのモットーだ。


「貴様! 陛下に向かって口が過ぎるぞ! そもそも正装でもないのに陛下の御前に――」


「うちの文化じゃこれが正装だ。俺はこの服で、冠婚葬祭オールOKなんだよ。テメェは人の文化にまでケチをつけるクズか? よくもまあ、国王陛下の側近やってられんな、それで」


「な、何をっ……!」


 ちなみに、今の俺の服装は、学ランにコート、そして学校バックだ。学校バックの中には、世界史、数学、物理、化学、国語、英語の教科書と、筆箱。そんで昼飯の弁当と、電子辞書。あとはプリント類か。

 その他には、ポケットにソーラーバッテリーに、スマホの充電と電子辞書の充電の両方が出来るケーブル、それとスマホ、財布か。中身は1万円札と数枚の1000円札と小銭。腕には腕時計。

 日本なら家出しようが文句無しに数日過ごせる内容だけど、この世界じゃ意味ねぇんだろうなぁ……ッ!


「……で、俺は奴隷として一生働けと? 冗談じゃねえぞクソが」


「だから貴様! 陛下に向かってなんたる口のきき方を――」


「よい、バルナサス。下がっていろ」


「し、しかし……っ!」


「下がれ」


「っ! ……ハッ」


 スッと、じいや的な誰かが後ろに下がる。


「おい、とっとと俺を元の世界に戻せ。出来ねぇとは言わせねえぞ、こっちに呼べたんだからよ」


「…………それは、出来ん」


「……クソッ!」


 チラリと周りを見る。この王がいい度胸してるおかげで、誰もこの玉座っぽいところには近づいてきていない。

 ……やるか。

 俺はポケットからカッターを取り出し、王様の首元につける。


「全員動くな! 俺が持ってるのはカッターっつってな、端的に言うなら携帯できる剣だ」


 俺の一言に、全員がざわめく。無論、王とて例外でない。顔はポーカーフェイスを保っているが、冷や汗を隠せていない。


「……儂を殺したところで無駄だぞ」


「誰がテメェを殺すかよ。テメェは人質だ。俺と一緒に外の世界に出てもらう」


「そんなことをしたところで――」


「無駄だろうな。なんせ相手は国家だ。俺一人でどうにかなるもんじゃねぇ。国王が街を歩いてりゃあそれだけで事件だろうしな。……けどよ、それをしなきゃなんねぇほど俺も追い詰められてんのよ」


 アホみたいに心臓が高鳴る。ああ、ああ。くそっ、でもどうすりゃいいのか分かんねぇ。

 とにかく、王を人質にして、時と魔力とやらが揃うまでどうにかするしかない。ああ、自分の情けない頭が嫌になる。こんなことしか思いつかない。ああ、クソッ……

 俺がとにかく時間を稼ごうとしていると、扉が開いて中に誰かが入ってきた。


「お待ちください!」


「そ、ソニア、入ってきてはならん!」


 金髪で、綺麗な蒼い瞳、そして動きにくそうなドレス……よく見ると、王様と瞳の色が一緒だ。王女か?


「勇者様……どうか、どうか父を離して下さい!」


 父っつったな。じゃあ、やっぱり王女か。


「ダメだ。俺も命がかかってる。そう簡単にジョーカーは渡せない」


 俺は、かなり虚勢をはって王女を見ると、王女は唐突に膝をついて、俺に祈るような体勢をとった。


「……私が、私が人質になりますから、どうか……」


「っ! ソニア! 何を言っているんだ!」


「へぇ、そりゃあいい。よし、お前こっちに来い」


「! き、貴様! ソニアは、ソニアは関係ないだろう!」


 途端に王様の声が慌てたものになる。へぇ、赤の他人を拉致することに抵抗はないのに、自分の娘が危機にさらされたら流石に慌てんだな。


「うるせぇ! 元々俺だって勇者だの何だのには関係ねぇんだよ! 今さらどの口がほざきやがる!」


 俺は王から人質を王女――ソニアに換えて、全員を威嚇した。


「よしッ! テメェら、寄るなよ? 寄ったら、この女の喉をブスリだ。確実に殺す。もし、追っ手が来てると思ったら、その時点で殺す。俺が勇者として召喚された、と噂が流れた時点で殺す。とにかく、俺が不利になった瞬間、この女を殺す! 分かったな!」


 人質なんて、上手くいくはずがない。しかし、もう俺の頭ではこんなことしか考えつかなかった。

 あれよあれよという間に、俺は城の外へと出た。

 金と武器くらい貰っとけばよかったか……いや、そんなことをして人質を取り替えされたら殺されてる。今はとりあえずあそこから逃げられただけでもよしとしよう。

 さて……どうするかなぁ。



*   *   *



 街へ行く道すがら、この世界のことをソニアに聞いた。

 金の価値から、魔物やらから、魔法やら、誰も入ったことのない未開の島があることまで。とにかく、ソニアが知ってること全てを聞いた。

 そしてその中で奴隷契約というのがあったので、ソニアを奴隷にすることにした。


「ん……? はて、王女様に似ているような」


 余計なことに気づくんじゃねえよ。

 他人のそら似ということで誤魔化すか。


「だからいいんだろ? せめて、王女様に似ている奴くらい犯さねぇとやってらんねぇからな」


 ニヤリとソニアの肩を抱きながら言う。

 ソニアはぴくりともせず、俺になされるがままになっている。ちなみに、ソニアは16歳らしいんだが……この落ち着きよう、本当に16歳か疑わしくなるな。


「はっ、言うなあ、アンタ」


 笑みを深める奴隷商人の男。ゲスどうし、わかり合えるものがあるらしい。


 俺はソニアを奴隷にしたんだが、何故かソニアは平気そうな顔をしていた。


「おい、ソニア」


「なんですか?」


「俺はテメェを奴隷にしたんだぞ? 恐くないのか? 犯されるとかよ」


 ソニアは美人だ。かなりの。故に――俺も、男子高校生として多少はそういうことにも興味が出てくる。


「えぇ。勇者様はそんなことを出来ないと知っていますから」


 澄ました顔で微笑むソニア。……奴隷落ちしてんのに、この態度か。大物なのか?


「はぁ? ……まあいい。よく分かんねーけど騒がれないなら結構だ。それと、俺の名前は城ケ崎刀牙だ。勇者なんて呼ぶな」


「分かりました、トーガ様」


「様もいらん」


「分かりました、トーガ」


「……よし、行くか」



*   *   *



 さて、それから俺は、冒険者とやらになった。なんでも、日雇いで稼ぐにはこれが手っ取り早いらしい。

 くそっ……ジャンプの続きが読みたいなぁ……


「やぁ! トーガちゃん。アンタのおかげで稲が実ったよ! ホント、なんて礼を言ったらいいか」


「いいんすよ、ケンドゥおばさん。好きでやったことですから」


 俺は、冒険者とやらをやる傍ら、いろんな村や、人を助けていた。

 無論、見かねて――というのもあるが、一番の目的は、味方を作ること。そして、王族への反感を募らせることだ。

 とにかく、俺が元の世界に帰るには、王様を……国を倒して、無理矢理にでも帰る魔法を使わせるしかない。

 だが、国と喧嘩するなんて、一個人じゃ無理だ。

 なら、個人じゃなきゃあいい。たくさんの味方と、革命を起こせばいい。

 これは、そのための下準備だ。


「しかし、何処でそんなことを知ったんだい?」


「田舎の爺からちょっとな」


 ちなみに、俺は色んなところで現代の知識を提供している。要らねぇと思っていた教科書も、役に立つ日がくるとはね。

 電子辞書、教科書の内容を、俺は困っている人に伝えていった。そして、どんどん――死ぬほどダサいが――「お助け人、トーガ」という名前を広めていった。

 こうすることで、後々のためになるからな。


「あとは……魔王さえいなくなればねぇ」


「魔王ってのはそんなに、悪いのか」


「……うーん、魔王が悪いのかは知らないんだけど、とにかく魔族がいるから、魔物が湧くらしいんだよ」


「……ふぅん。魔物がいなくなったら俺達冒険者は廃業なんだけどな」


「あっはっは。そりゃあそうだ。でもさ、やっぱどうにかならないもんかねぇ、とは思うんだよ」


 そんなもんか。


「ソニア」


「なんですか?」


「率直に聞く。魔王ってのは本当に悪か」


「分かりません。しかし、倒すと人族の利益に繋がることは間違いありません」


「何故」


「魔族がいると、魔物が湧く。そして、魔族の土地を奪えれば……人族は、もっと領地を拡大できて、食糧難や、人口密度の増加などを解消できます」


 ことはそう単純じゃねえだろうけどなぁ……


「魔王は人間を襲ってるのか?」


「はい。魔族と人族の国の国境には、度々兵が送られています」


「……魔族と人族が手と手を取り合う国ってのは、出来たのか?」


「今のままでは無理ですね」


 そうか……よし。


「決めた、魔王を倒すぞ、ソニア」


「それは、何故ですか?」


「純粋に、名声が手に入る。そうすれば、王族を倒すことも簡単だ」


「……はい、そうですね」


「止めないのか?」


「はい。それがどんな結果になろうと――」


 何故か、最近ソニアはこんなセリフを言う。


「私は、トーガを信じていますから」




*   *   *




 勇者召喚とやらには意味があったらしい。

 何故かって? それは――俺には、尋常ならざる力が宿っていたからだ。

 初めは、気づかなかった。しかし、戦いを経るに連れて、俺はメキメキと成長していった。それは、勇者と言っても過言ではないほどに。

 そして、勇者召喚されてからはや10年。俺はとうとう、人類最強クラスの力を手に入れていた。


「……人族の勇者よ。貴様に敬意を払おう。我が軍勢を打ち破り、我を倒したことにな」


「そうか。んじゃ、何か言い残すことはあるか?」


「ふむ……魔族は、例え魔物を生み出すとしても……そこには、考えが、感情があるのだ。確かに、我のやったことは許されることではない。しかし、それも魔族を思ってのこと。どうか、どうか民だけは許して欲しい……」


「知らねぇよ。それじゃあ、俺の名声のために死んでくれ」


 俺が剣を振り上げると、おもむろに魔王が笑い出した。


「……フッ、では、最後に我から貴様に言葉を贈ろう」


「あ?」


「……………この、偽悪者めが。いつか、その化けの皮は剥がされるぞ」


「はっ、何のことやらさっぱりだ。じゃあな、魔王」


「地獄で会ったら、酒でも酌み交わすか」


「地獄で、か……そうだな。俺達にゃあ地獄が似合いだ。精々、上等な酒を用意しておいてくれ」


 俺の剣が一閃され、辺りに静寂が満ちた。

 この日、俺は人族最強の男から、人族を救った英雄となった。




*   *   *



 さて、それから更に5年経った。俺としては、とうとうこの日がやってきたか、といったところだ。


「打ち壊せ-!」


「怯むな、撃て-!」


 今、俺は人族と魔族の混合軍を従えて、人族の国の最後の砦――俺が最初に勇者召喚された地、王城へと辿り着いていた。

 人族と魔族の混合軍――今は救世勇王軍と呼ばれている――には、俺の元の世界のチート知識……銃火器なんかが与えられており、更に人数も10倍近い。どう見ても、人族に勝ち目はなかった。


「よう。王様。テメェらに復讐しに来たぜ?」


 15年前のあの日、なんにも出来ないガキだった俺が召喚された場所――つまり、王の間に、俺は剣を肩に担いで入っていった。


「………………貴様、勇者、か。ゴホッ、ゴホッ!」


 咳き込む王様。やっぱり、重病だっていう噂は間違いじゃなかったんだな。


「ああ。王様、随分と歳とったなぁ。今、いくつだ?」


 言って、ブーメランだと気づく。もう、俺も33歳だ。そろそろ、皺も目立ってきた。毎日鍛えているから腹は出ていないが、髭もビロビロ伸びる。


「そんな話をしに来たんじゃあるまい。ゴホッ!」


「ああ。俺から言いたいことは1つだけ。……よくも巫山戯たことをしてくれたな。コレは復讐だ。せめてむごたらしく死んでくれ」


 首をかっきる動作をした後、剣を抜いた。


「さて、と。辞世の句は詠めたか?」


「ゴホッ! ……辞世の句? なんだそれは」


「こっちにゃあそんな文化がねぇのか。じゃあしょうがねぇな、もう死ぬしかねぇ」


 俺は剣を振り上げる。


「あばよ、王様」


 ザシュッ! と刃物が肉塊を切断した音がして、その空間は静かになった。

 ――こうして、人族と魔族は対立を止め、新しく、人魔共同民主主義国ができあがった。




*  *  *



 さて、あれから2年。俺も35歳になった。いくら鍛えようと、見た目の老いはごまかせない。どっからどう見ても立派なおっさんだ。


「総理、今日のご予定は?」


「おい、総理はよせよ。それはもう先月止めただろうが」


「失礼しました。……それで、今日は何も予定を入れていないとのことですが……何処かへ行かれるのですか?」


「ああ。もう帰ってこねぇ」


「!? そ、それはどういう……」


「そこの引き出しの中に、今後の方針と、俺からの言葉が書いてある。明日になったら、全ての民に読み上げてやってくれ」


「で、ですが……」


「おいおい。お前は誰に向かって意見するつもりなんだ? ……俺は、世界最強の勇者なんだぜ?」


「ッ! し、失礼しました!」


「分かったら下がれ。ああ、あと、ソニアを呼んできてくれ」


「はっ、畏まりました」


 ばたばたと、俺の秘書が遠ざかっていく音が聞こえる。

 この2年で、随分この世界は変わった。

 科学と魔法が融合し、今までに無い急速な発展を遂げていて、あと10年かそこらしたら、向こうの世界に追いつくんじゃないかというほどだ。

 そして、俺は今日、願いが叶う。


「ソニアです。お呼びですか?」


「おう、よく来たな、ソニア。じゃあ、行くぞ」


「何処へですか?」


「決まってるだろ。最後の復讐にだよ」




*   *   *




 俺とソニアは、最後の復讐の地――人知れない、無人島へと辿り着いていた。


「ここは?」


「おお、いたいた」


 俺が手を振ると、向こうから手を振り替えしてくる人達がいた。

 ここは、俺の思考に――人族と魔族の共存に――賛同できなかった人間共を、纏めて島流しにした地だ。

 ココには、当然元王の下にいた奴らも全員。集められている。つまり――ここには、俺が元の世界へ帰る手段が残されている。


「おい、準備は出来てるな?」


「は、はい!」


「そうか……よし。やっと……やっと、帰れるぞ、日本に……っ!」


 異世界に来て17年。一度たりとも忘れ事が無かった俺の故郷、日本。富士山、芸者、NINJA……そして、家族に友達。

 ついに、ついに帰る時が来たのだ。


「日本ですか……とうとう、お別れの日がきたんですね」


 なにやら暢気なことを言っているソニアに、俺は満面の笑みを浮かべて、こう宣言してやる。


「何言ってるんだ、ソニア。お前も行くんだぞ?」


 コレが、最後の復讐だ。


「そうですか」


 って、あれ? なんか反応薄い?


「お前、意味分かってんのか? 異世界に行くんだぞ。俺と同じ苦しみを味わわせるんだぞ?」


「ええ。分かっています」


「???」


 なんでこんなに冷静なんだ、こいつ。

 無論、俺が本当に復讐したかった王は、既に俺が殺している。

 だから、その血縁であるこいつに苦しみを味わわせたかったんだが――まあ、いい。

 どのみち、俺は向こうじゃ死んだ人間扱いされているはずだ。道連れが一人くらいいないと寂しい。


「よし、術を起動しろ」


「わ、分かりました! ……ソニア様、ご無事で」


「心配無いですよ」


 そう言うと、ソニアは俺を向いて微笑んだ。


「トーガを信じていますから」


 こうして、俺とソニアは謎の光に包まれて――異世界から、元の世界へと転移した。



*   *   *



 光が晴れると、そこは――


「東京駅、だ……」


 日付を見ると、なんと1年しか経っていない。おお、これなら親にも会える! 俺はかなり老けたが!

 周りの人が少し不思議そうに俺たちの方を見ているが、とくに気にしない。そもそも、東京っていう都市は、どんな不思議な格好をしていても「コスプレです」の一言ですべてが片付く夢の都市だから気にする必要性もない。


「よかった……!」


 あまりのうれしさに、飛び上がりたいところだが、俺はそれをグッと堪える。


「ココがトーガの故郷ですか……人が多いですね」


 のんびりとしたソニアの声に、俺はいらだちを覚えて、ソニアをギラリとにらみつける。


「……だから、お前なんでさっきからそんなに平然としていられるんだよ! お前、心細くないのか!? 国の敵……国賊に連れられて、誰も知り合いがいない世界に放り出されて! たぶん言葉も通じねぇぞ。テメェは、何にも感じてねぇのか!?」


 俺が怒鳴ると、ソニアはにこりと微笑み……そして、俺に抱きついてきた。


「なっ、何をする!」


 慌ててふりほどこうとした俺の手をそっとつかんでら、ソニアが告げてきた。


「トーガ。私には1つ、誰にも言っていない秘密があるんです」


 真剣さが感じられる声に、俺が思わず固まると、ソニアはとんでもないことを言ってきた。


「は?」


「実は……私、心が読める魔法が使えるんです」


「…………………は!?」


 ソニアの目を見るが、嘘を言っているように思えない。

 ソニアは、俺の心が、読める!?


「だから、私は知っているんです。トーガが、本当は心優しい人だって。トーガのやっていることは……全て、人のためなんだ、って」


 はぁ!?


「な、なななな……何言ってやがる! 俺は、俺は、俺は優しくなんかねぇ! 徹頭徹尾、自分のためにやったことだ! 村を復興したのだって!」


「見ていられなかったから、ですよね? 飢えた子ども達を見て……心を痛めていましたから」


「魔王を殺したのだって!」


「……魔王を殺さなくては、魔族は止まらなかった。そして、魔族を止めて見せた上で、魔族と人族が手を取り合える国を作り上げていたじゃないですか」


「お、王を! 俺は、テメェの父親である、王を殺したぞ!」


「父上は……病気で、もう長くは保たなかったんです。それを見越して……楽にさせたんでしょう? それに、父上の死体がないと……革命は、成功しませんから」


「俺は元王族や、それに連なる人間共を――軍隊も含めて、辺境の地においやった! 島流しにしたんだ!」


「それだって、あの人達がそのままだと全て殺されてしまうから……逃がしただけでしょう?」


「なっ、わっ、がっ、ぐっ……そ、そうだ! 俺はテメェを異世界に放り出すんだぞ! どう考えても、これは、これは――」


「私のため、ですよね」


「は?」


「……私が、元王の娘だと知っていて、どの人も見る眼が冷たくて……それで、私が生きづらそうにしていたから、トーガは私をここへ逃がしてくれたんでしょう?」


「ち、違う! 俺、俺、俺、俺はっ!」


 再び、俺は抱きしめられる。

 そして何故か……本当に何故か、俺の瞳に涙が浮かんでいた。


「もう、いいんです。トーガ。もう、誰も貴方を攻撃しません。味方も、私がいます。だから、だからもう無理しなくていいんです……」


「……でも、俺はお前を、人質にして、奴隷にして」


「確かに、それは褒められた事ではないです。けれど、トーガはそのことをずっと気にしていました。片時もそのことを忘れたことはなく、悔いていました。だからこそ、私に結局手を出してくれませんでした。まあ、私が我慢できずに襲っちゃったんですけど」


「あの時夜這いしてきたのはお前だったのか!?」


 ぎゅっ、と俺を抱きしめる腕に力が籠められる。


「トーガ、本当は……私、最初は打算だったんです。貴方が、恐がっていて、パニックになっていることをしっていたから。だから、誘導して魔王を殺させるつもりだったんです。そのためには……例え、この身体が穢されたとしても、構わなかった」


 けれど、とソニアは一度言葉を切った。


「トーガと接しているうちに……本当は優しくて、人のために戦える人だって知ったんです。だから、この人なら……この人なら、変えてくれる。この世界を、導いてくれる。そう思ったんです」


 何をいってやがる。俺は、そんな奴じゃない。俺の復讐に、世界を巻き込んだ、ゴミだ。クズだ。外道だ。

 俺を、認めるんじゃ、ねぇよ……っ!


「だから、もう、悪ぶらないでください。怖がらないでください。強がらないでください。私は味方です。もう……もう、悪役でいる必要はないんですよ……?」


 ソニアの労るような声。その――本当に、俺のことを思ってくれているような声に、俺の瞳から、暖かい水が溢れていく。


「あ、あ、ああ、あああ、あああああああ!!!!!」


 ボロボロと、涙がこぼれる。張り詰めていた緊張の糸が、プッツリと切れたようだった。


「いいんです。もう泣いて、いいんです……これからも、私はずっとトーガの側にいますから」


 その日、俺は泣いた。17年間、どれだけツラくても流さなかった涙を、流した。

 今まで――ずっと我慢していたからか、その涙はなかなか止まってくれなかった。

 悪役の仮面は――完全に、剥がれ落ちてしまった。


「もう、我慢しなくていいんだ……」


 35歳のおっさんになってまで、何をしているんだ、俺は。

 そっと抱きしめてくれるソニアの温もりが、俺の心を溶かしていった。

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