第2話 現状の把握
目の前に浮かぶ惑星が地球ではなく人類が発見したことのない未知の惑星。
イヨよりそう告げられたテツヤは突然の事態に頭の中が混乱しながらもすぐにイヨへ指示を出す。
「光学迷彩を展開、周囲への警戒を厳となせ」
『了解、光学迷彩を展開します』
イヨはテツヤの命令に基づき、『イヨ』の船体部分に可視光線や赤外線を含む電磁波やあらゆるレーダーを遮断させる特殊な迷彩を施す。
状況が不明確な今、全長200mを誇る巨艦を晒し続けるのは得策ではないため、これによって他に発見されるリスクを大幅に軽減することができる。
ただし、この光学迷彩は攻撃を行ったりすると効果が半減してしまうため、もっぱら敵を待ち構えたり逃げ隠れたりする時に使用されるもので、決して万能ではない。
「一先ずはこれで安心か。イヨ、詳しい説明を」
テツヤは一息つくとイヨに詳しい経緯と現状の説明を求める。
これが分からなければ今後の対応も決められない。
『はい、艦長。敵が生成したブラックホールに飲み込まれた後、約10分間、本艦は非常用の生命維持装置以外の全ての機能を喪失していました。その後、自動復旧が完了し、周囲の状況を確認したところ現在の位置に本艦が漂流していることが判明しました』
イヨは空中に自艦がいると思われる周辺の地図を立体映像で映し出す。
そこには中心に太陽と思しき恒星とその周囲を浮かぶ惑星があるが、それら惑星の大きさが太陽系にある火星や地球などとは違うことがデータとして示されていた。
「ここが太陽系ではないのは間違いないか」
テツヤは眉間にしわを寄せてこうなった原因を尋ねる。
「俺たちがこうなった原因はやっぱり敵の攻撃が原因か?」
『確証はありませんが状況からして間違いないかと』
敵の新型兵器と思われるブラックホールに吸い込まれて別宇宙に転移するなど通常であれば考えられないが、実際にそうなってしまったのだから仕方がない。
「近くに友軍は?救難信号は出したか?」
ここに味方の艦艇がいないか確認するが、イヨは首を横に振る。
『少なくとも本艦の索敵範囲内に友軍の反応は見られません。また、救難信号はすでに発していますが、友軍に届くまで何年かかるか皆目見当も付きません。ここから観測可能な星々を見る限り、ここが太陽系のある銀河系である可能性は低いと思われますので』
「そうか、状況は最悪か……」
ここが地球がある銀河系でないとするのならば、救難信号が無事に味方に届く可能性は0に等しいだろう。
仮に届いたとしても数百年、数千年後になるかもしれない。
己の身に降りかかった不幸にテツヤは深いため息をつく。
「ここで泣き喚けば気が紛れるんだろうが、そんなキャラじゃないしな」
何事にも冷静沈着に、それがテツヤのモットーである。
こんな時だからこそ、気持ちを落ち着かせてこれからどう行動すればいいかを考える。
「ともかく今後を生き延びるための行動をしよう。燃料は基本的に核融合炉だから心配ないとして……イヨ、弾薬と食料は?」
『弾薬に関しましては先ほどの戦闘で対空ミサイルを1発使用しましたが、それ以外は満載です。また、6ヶ月分の水と食料が艦内に保管されています』
無人補給基地で補給を済ませたばかりだったのが幸いだった。
この先、半年は無補給でも生きていけるし、弾薬も十分にあるので何かとの戦闘に巻き込まれてもある程度の対応が可能だ。
「後は司令部と連絡がつかない場合……確か軍法にこのような状況下での行動規範があったはずだ」
『司令部との連絡が途絶えた場合、軍法第53条に基づきまして現場の最高指揮官に判断が委ねられます。つまり、この場では艦長の判断に全て委ねられることになります』
つまりは司令部との連絡手段が確保される、又は地球へ戻る手段が見つかるまではテツヤに今後の作戦行動の指揮権限が与えられることになる。
「やれやれ、『イヨ』の指揮自体は変わらないが責任が跳ね上がったな」
テツヤは疲れた表情で肩をすくめながらそんなことを呟く。
自由に行動できるということはそれに比例して責任も増してくる。
無事に地球へ戻れたとしても、テツヤの行動に問題ありと判断されたら軍法会議送りになるだろう。
そんな時、艦内に警報が響き渡る。
「状況確認」
『11時の方角より
モニター画面には見たことのない型の戦闘機がこちらに向かって飛行してくる様子が映し出されていた。
「発見されたか?いや、光学迷彩が展開されているからその可能性は……だが、相手の軍事技術力も分からないから断言もできないな」
『攻撃しますか?』
もし今の段階で見つかっていないとしても、このまま接近されたら発見される恐れがある。
そうなる前に撃ち落としてはどうかとイヨが提言するが、テツヤは首を横に振ってその案を蹴る。
「いや、迎撃態勢のまま待機だ」
『イヨ』から攻撃をして未確認勢力と戦闘になったら補給のめどが立たないこちらが圧倒的に不利だ。
意味もなく息を殺して件の戦闘機がそのまま飛び去っていくのを願う。
しばらく国籍不明の戦闘機は『イヨ』がいる周辺で何かを探すように旋回していたが燃料が切れそうになったのか、もと来た場所へ戻っていった。
『アンノウン、本艦より遠ざかっていきます。本艦の存在には気付かなかったようです』
その報告にテツヤは安堵のため息をついて艦長席に深く座り直す。
「どうやらここには宇宙進出を果たした勢力がいるようだな」
種族は不明だが、この宇宙にも宇宙圏に進出できるだけの技術を持った勢力がいることが分かった。
それはテツヤたちにとって大きな収穫であった。
『はい、本艦には気付かなかったことからそれほど科学文明が発達していないと思われますが、いかがしますか?彼らと接触するのも一つの案としてありますが?』
食料と弾薬に限りがある以上、いずれは彼らと接触するのは避けられないだろう。
テツヤもその案には賛成だが、その前にやるべきことがある。
「しばらくは情報収集を行う。この宇宙にはどんな勢力が存在して、どのような情勢であるのかを知る必要がある」
言葉が通じるかも分からないし、文化や宗教といったことを知らないまま接触すれば必ず相手と無用な摩擦を生むことになる。
そうなれば信頼関係を結ぶことなど不可能になるだろう。
『了解しました』
イヨはテツヤの指示に反論することなく、己がするべきことをピックアップしていくのだった。
気苦労の多い艦長と蒼き戦艦 深夜 @sinkage
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