気苦労の多い艦長と蒼き戦艦
深夜
第1話 始まり
西暦2464年。
21世紀に勃発した第三次世界大戦を経て、地球連邦という統一国家を成立させた人類はついに自分たち以外の知的生命体とのコンタクトに成功する。
その知的生命体―――人類はそれをバルタと呼称―――は人類と接触するや否や突如として無差別攻撃を行い、奇襲を受けた人類は甚大な被害を出しつつもバルタへの反撃を開始する。
こうして人類はいつ終わるかもわからない長い戦いへと足を踏み入れたのであった。
◇
西暦2564年 地球連邦軍無人補給基地
バルタとの戦争が始まってすでに100年。
火星と木星の間にある小惑星帯に紛れるように地球連邦軍が建造した無人補給基地があった。
この無人補給基地は直径10キロメートルもの大きさを誇り、1個艦隊分もの燃料や弾薬、食料を保管することが可能である。
基地内のドッグには10隻以上の艦艇を収容することができるが、現在は蒼に塗られた1隻の戦艦が補給のために駐留しているだけだった。
その戦艦の艦長室には一人の軍人が空中に浮かんだ画面に目を向けながら、時々その画面に手を当てて画像をスクロールさせていた。
『艦長、また読書ですか?』
そんな時、不意に自分にかけられた声にその軍人は視線を上にあげる。
そこにはホログラムによって空中に投影された一人の軍人女性の姿があった。
戦闘艦AIイヨ。
この戦艦の戦闘やメンテナンスといったあらゆる面で艦長をサポートするAIだ。
艦によってAIの姿は違っており、イヨは地球軍の青い軍服を着た黒髪黒目の大和撫子の姿をしていた。
イヨから艦長と呼ばれた黒髪黒目の青年、テツヤ・カザミ大佐はとても若く見える。
それもそのはず、彼はまだ19歳なのだ。
しかし、連邦法では16歳を成人に指定しているため、彼は未成年というわけではない。
これは睡眠学習などで必要な学力や知識を短期間で学ぶことができるようになったことも理由の一つだが、長引く戦争で足りなくなった兵士の数を確保するために連邦政府が成人年齢を引き下げのが大きな理由だ。
それでも19歳で艦長というのはさすがに若すぎるかもしれないが、これにもあまり喜ばしくない理由がある。
先にも述べたように、長引く戦争によって地球軍では人手不足に悩まされている。
そこで軍上層部はその問題を解消するために、ある戦闘艦を建造することを決定した。
それがカズサ級航宙戦艦である。
「人間は艦長だけにしてあとは機械に任せればいい」をコンセプトに建造されたこの戦艦の最大の特徴は戦闘やメンテナンスを戦闘艦AIの指示により自動的に行われることによって、搭乗する軍人は艦長のみで済むという点だ。
それならば完全な無人艦を造ったほうがいいのではという意見もあったのだが、軍上層部はAIに全てを任せた場合での暴走を懸念し、最終的にはAIのストッパー役として最終決定権を持つ人間を乗艦させることに決まった。
しかし、いくら彼が士官学校を主席で卒業したからといっても20歳にも満たない若者が艦長候補に選ばれなければいけないとは、地球軍の人手不足は深刻なものなのだろう。
ちなみに戦艦の艦長ということで大佐の階級を与えられているが、指揮を受ける部下はおらず、飾りのようなものであった。
「このマンガというのは本当に面白くて何度も読み返してしまうんだ」
かつてはニホンという国を中心に広く国民に親しまれていたマンガという娯楽用の本があったのだが、戦争による国家総動員体制に移ってからは廃れてしまっており、今ではほとんど見ることができなくなっていた。
それでも僅かではあるがデータとして残されているものもあり、テツヤは時折読み返すことがあった。
「それよりどうした?何かあったのか?」
テツヤの質問にイヨは自分がここに来た理由を思い出したようだ。
『そうでした。艦隊司令部より第12戦隊の応援に向かうようにとの命令です』
イヨから伝えられた新たな命令にテツヤは深いため息をつく。
今回の補給は久しぶりの休暇も兼ねていたのだが、それは取り消しになってしまった。
「出撃準備は?」
『整備、補給ともに完了しています。後は艦長の命令のみです』
「わかった」
そう言ってテツヤは空中に浮かんでいた画像を消すと艦長室を出て艦橋へと向かう。
艦橋に着いて艦長席に座るとテツヤはイヨに発進の命令を出す。
「これより本艦は第12戦隊の応援に向かう。機関始動」
『命令を受諾、機関を始動します』
『イヨ』は微速でドッグから離脱するとそのまま補給基地から出るが、すぐにイヨから敵の出現を伝えられる。
『前方に敵艦隊を補足しました。距離3000、戦艦1、巡洋艦2、駆逐艦4』
「……いきなりか」
補給基地を出ていきなりの遭遇にテツヤは苦い声を出すが、絶望するほどではなかった。
カズサ級の『イヨ』は地球軍最大の大きさを誇るヤマト級に比べると一回り以上小さく見えるが、戦闘力は決して低くない。
数では圧倒的に不利だが、逃げ切るだけならこの『イヨ』でも十分に可能であった。
すぐ後方にある補給基地は放棄することになってしまうが、ここでテツヤたちが刺し違える覚悟で敵艦隊と戦っても結果は変わらないだろう。
イヨに撤退ルートを算出するように伝えようとするが、その前に敵艦隊に動きがあった。
『艦長、敵艦隊から何かが発射されました。数は1』
「1発だけだと?」
テツヤは不審に思いレーダーの画面を見るが、確かにレーダーに映っているのは1発のみだった。
敵の狙いはわからないが、このままでは『イヨ』に衝突するのは確実だ。
「迎撃を開始」
テツヤの指示で船体の前方に設置されているVLSから迎撃用のミサイルが発射されると、そのまま接近してくる飛翔体に向かって飛んでいく。
そして『イヨ』の近くで迎撃に成功したかと思うと爆心地を中心に黒い空間のようなものが生成され、周囲のあらゆるものを飲み込んでいく。
その様子を艦橋にあるモニターで見たテツヤは思わず驚きの声を上げる。
「ブラックホールか!?」
目の前で作り出されたブラックホールは小規模なもので惑星を丸ごと飲み込むほどの重力はないと見えるが、それでもブラックホールを作り出せる敵の科学技術の高さに戦慄してしまう。
「機関最大!現宙域から最大船速で離脱!」
テツヤは普段の落ち着いた雰囲気からは考えられないほど必死な表情で叫ぶ。
『イヨ』は動力である核融合炉の出力を最大限まで上げてこの場を離れようとするがブラックホールの強力な重力には逆らえず、あっという間に引っ張られてしまう。
『駄目です!飲み込まれます!』
イヨの悲鳴にも似た報告を聞いたのを最後にテツヤの意識はそこで途絶える。
ブラックホールは『イヨ』だけでなく周囲のもの全てを飲み込むと徐々に小さくなっていき、そして自然に消滅していった。
◇
『艦長!目を開けて下さい!艦長!』
どれだけ気を失っていたのだろうか。
泣きそうな声で自分を呼ぶイヨの声と誰かに体を揺さぶられる感触を受けてテツヤは目を開ける。
どうやらあの後、気を失って床に倒れ込んだみたいだ。
周囲に目を向けると目の前には全長1メートルくらいの人型ロボットの姿があった。
『ああ、艦長!お目覚めになりましたか!良かったです!』
どうやらイヨがメンテナンス用ロボットを介してテツヤを揺さぶっていたらしい。
「俺はどれくらい気を失っていた?」
『2〜30分くらいです。それと艦長、目を覚ました直後で申し訳ありませんが、艦橋の外をご覧下さい』
「外?」
頭を押さえながら立ち上がって艦橋の外に視線を向けると、テツヤはその場で動きを止めてしまう。
艦橋の窓からは青い海が広がる一つの惑星が漆黒の宇宙に浮かんでいた。
「ここはどこだ?敵艦隊は?」
さっきまで自分たちは火星と木星の中間地点にいたはずなのにいつの間にか地球へ接近していたのか。
あり得ない状況に頭の中が混乱しながらもイヨに状況の説明を求める。
『本艦の索敵範囲内に敵艦の反応はありません。そして現在位置ですが……不明です』
「何だと?」
戦闘艦AIにはあらゆる地図がインストールされており、それは定期的にアップデートされている。
そのイヨであっても現在位置がわからないということはどういうことだろうか。
嫌な予感がしてテツヤは冷や汗を流しながら彼女の続きの言葉を待つ。
『艦長、目の前の惑星は地球ではありません。それどころか人類が今まで観測してきたどの惑星でもありません。全くの未知の惑星です』
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