第5話 異界の都市、ドワーフとの出会い

「ここは…、日本じゃない…」


街の入口で立ち尽したおれは、目の前の光景に、この世界がおれの知らないどこかであると確信していた。

いや、日本どころか、おれのいた”世界”ではない。


身長の低く、ずんぐりむっくりとした男。

耳の長い、やけに色白で華奢な女。

極めつけは、首から上がなく、胸から顔を覗かせている二足歩行者。性別不詳。


呆然とするおれと、それを気にすることなく街を行き来する彼ら。

まるで街路樹になったような気分だ。


街へ出れば、この狂った状況が解決されると見込んでいたおれの期待は、この狂った街によって打ち砕かれた。


あまりの心細さに、なにかおれの知っているものはないかと、周囲を見回してみる。


この街は、おれの知っている街とは様相が著しく異なっていた。

それは、ユニオンという観点からは確かに街であったが、ユニットとしては集落に近く、粗末な作りの家々が林立している。

目の前には大きな通りがあり、通りに沿ってやはり粗末な家々が並び、その軒先には店が構えられ、いわゆる商店街のようなものを形成していた。

店では、先の珍妙な連中が威勢の良い声をあげ、客を呼び込んでいる。

売られている品々は果物から穀物、なにかの肉、もはやなにに使うのか分からない石の破片など様々だ。

商人らを注意深く観察していると、どうやら物々交換で取引が成立しているらしい。


しばらくの観察で分かったことは、この場に、おれの知るものは存在しないということだ。

果物であるとか、肉であるとか、そういうのは別として…。


さきほどの心細さが再びおれを満たしていく。


「おい、あんた、道のど真ん中で立ち止まっていると危ないぞ」


だれかに声をかけられた。

振り返って声の主を探すと、真後ろにおれの腰ぐらいの身長の男が立っていた。


「そうだよ、あんただ。足下の轍が見えないのか?ここは馬車が通るから、立ち止まるなら道の端へ寄ったほうがいい」


男は、ほかの民衆と同じように、粗末な布切れを体に巻き付けている。

そのみすぼらしさに、おれはいかにも不快だといった表情を浮かべたが、どうやらこの世界では、ジーンズとTシャツの組み合わせのほうが不気味らしい。


「あんた、どこから来たんだ?人間なんて、この辺りじゃ滅多に見かけないし、それにその身なり…、…気持ち悪いな」


男は警戒するような表情を浮かべながらも、おれに害意がないことを察しているようで、どこかおれという異物を楽しんでいるようにもみえた。


「あの…、おれ、なんでここにいるのかもよく分かっていなくて、とにかく誰かに助けてもらおうと街まで来たんです」


ひと (?) を選んでいる余裕などないおれは、この男に助けを求めることにした。


「へえ、記憶障害ってやつかい。まあ、その身なりでお前がよそ者ってこともわかるよ。よそ者で記憶もなきゃ、そりゃあ難儀なことだ。まあ、俺でよければ話だけでも聞いてやるよ、ついてきな」


男はおれを自宅まで案内してくれるようだ。

おれは男の後に続いて歩き始めた。


さきほどの商店街から 2 区画ほど奥へ進んだところの、長屋のように住宅が並んだ居住区に男の家はあった。

目の前の通りのくぼみには汚らしい水がちょろちょろと流れ、棒切れをもった子供らが駆け回るたびにその飛沫があがる。

あまり衛生環境はよくないらしい。


男は家のなかへ案内し、奥のイスにかけるようおれを促した。


「さて…、まず自己紹介から始めようか。記憶障害といっても、自分のことは分かるだろう?おれは、ドワーフのナムサンだ。お前は?」


どうやら、この小柄な人種はドワーフというらしい。

俺の予想、期待と合致した呼び名だ。


「おれの名前は…、土田拓也といって…、それ以上のことはわからない…」


混乱を隠せないおれを落ち着かせるように、ナムサンは状況をひとつひとつ整理しながら話し始めた。


「オーケー、まずおまえは人間の土田拓也だな。それで…、わからない、というのは過去に遡ってわからないということか?」

「いや…、過去の記憶ははっきりしている。だが、気づいたらこの世界にいて、この世界が何なのか、おれはなぜここにいるのか、ということがわからないんだ…」

「この世界がわからないということは、おまえが過去にいた世界とこの世界はまったく違ったものなのか?」

「ああ、すべてが異なっている。まずナムサンのような人種は、おれの世界にはいなかった。それだけじゃない。街にいる華奢なやつらや、首のないやつらだって見たことがない。あと地名だ。ここはシモンズ・スミス公国だっけ?俺がいたのは日本の福岡県ってところだ。わけがわからない…、ほんと…、なんなんだこれは…」


心細さや混乱が次第に苛立ちへと変わっていく。


「まあ、落ち着くんだ。お前がイカれてなくて、その話を全面的に信じるならば、お前は異界から迷い込んだことになるな。異界なんて聞いたことないが、お前の奇妙な身なりや、嘘をついているとは思えないその態度から、そうであると仮定してもいい。だが、どういった経緯であるにせよ、お前がこの世界で生きていかなければいけないことには変わりない。だから前の世界との違いにいつまでも拘るのではなく、いかにこの世界に順応するかを考えるべきだ。違うか?さて、質問を続けよう…」


この世界に順応…。

ナムサンの非情にも聞こえる極めて現実的な言葉に、おれは冷静さを取り戻す。

だが、こんな珍妙な人種の繁栄した異界で、どのようにして生き延びていけばよいのか。


「そんなこと急に…、…いや…」


そのとき、おれはポケットにしまい込んだ”仕事道具”の存在を思い出した。


ネカフェ店員、土田拓也

ドワーフの男、ナムサンと出会う。

バッテリー、残り 94%

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高卒ネカフェ店員の俺がスマホ片手に異界転生したら神になれた件 @tutida

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