第4話 異界の都市へいざ行かん!
「シモンズ・スミス公国…?」
聞いたことのない国名だ。
単におれが知らないだけという可能性を考え、念のためにスマホで検索をかけてみる。
ブラウザアプリを起動し、ブックマークの検索サイトを開く。
やはり当該の国名はヒットしない。
状況をまったく整理できない。
アルバイト先に穴があり、友人は両足が折れている。
そして存在しない国。
おれは思考を巡らせるのをやめた。
少なくとも、いま、おれの手元にある情報だけでは合理的な結論を結べない。
なにか行動を起こせば新しい知見が得られるはずだ。
とにかくこの場から出よう。
地図アプリをふたたび起動し、現在地を拡大してみる。
どうやら現在地は洞窟の最深部にあたる空間で、出口につながるうねうねとした通路が存在しているようだ。
そこから外へ出て、近くの街を探せば何かわかるだろう。そして水田の助けも。
地図アプリは現在地からそう遠くないところに街があることを伝えていた。
おれは地図アプリを見ながら出口を目指すことにした。
水田を無理に連れてはいけない。
あれほどの重傷ならば気絶したままのほうがいいはずだ。
おれはスマホ片手に歩き始めた。
「…」
「…、…」
どれくらい歩いただろうか。
光の届かない、己の発する音だけがこだまするこの空間を歩き続ける作業は、徐々におれの正気を蝕んでいく。
地図アプリの示す現在地が、おれが着実に歩を進めていることを保証してくれなかったら、おれはとっくに狂人となっていただろう。
いや、この常軌を逸した状況。
すでに狂人なのかもしれない。
またしばらく歩いていると、前方から差し込む光が出口の存在を伝えにやってきた。
ふと、スマホの時計を見ると、歩き始めて 10 分しか経っていなかった。
出口へ到達すると、おれの眼前には鬱蒼とした木々の大群が広がっていた。
外が真昼間であるのを見て、おれは違和感を覚えた。
「あれ…、バイトは深夜だったはず…」
そこで初めてスマホの時計も昼の 12 時過ぎを示していることに気づき、いままで何度か時計を確認しながら、件の違和感を感じなかった自分を恥じた。
だが、先ほどから訳の分からないことばかりの連続で、時間の経過など気にするにはあまりに瑣末な事象だった。
おれは地図アプリを覗き込み、街の位置を確認する。
洞窟の出口から見て、およそ 2 時の方向へ歩き続ければ着くらしい。
幸いにも数キロ程度の距離である。
森のなかをスマホ片手に歩くのは危険だと判断して、スマホをポケットにしまい込んだ。
しばらく森を横切るように歩いていると、おそらく街へ通じているであろう街道に出た。
地面には轍が残されている。馬車が通っているらしい。
おれはその街道に沿って歩き始めた。
歩き続けていると、徐々に木々がまばらになり、畑や果樹園のようなものが見えてきた。
どの農園も、水は干上がり、土地が痩せているようにみえる。
だが、このときは、その農園が街の存在を保証する良い知らせに思えていた。
しかし、この田園風景、現代日本とは思えない光景だ。
地平線の先に山々が見えるものの、ほとんど勾配のない土地に見渡す限り森と農園が広がっている。
ここが現代日本であるならば、もういくらか見通しが悪くてもいいはずだ。
そして足下にある轍。この平成の時代に、馬車が?
手持ち無沙汰な歩行作業の片手間に思考を巡らせながら街道沿いを歩き続けていると、小高い丘に差し掛かった。
ネカフェ店員のフリーターとって、ヒルクライムは重労働といえる。
足に疲労を感じながらも丘の頂上に到達すると、眼下には巨大な街が広がっていた。
近くに立て看板には
「この先、ポンドルフ領シュミット」
と日本語で書かれている。
相変わらず知らない地名だが、とにかくひとに会えるという多幸感と、いざとなればスマホで調べればよいという全能感がおれを満たしていた。
そして日本語の標識。ここは日本に違いない。
さあ、あともう少しだ。
ネカフェ店員、土田拓也
異界の都市へ向かう。
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