第3話 解答編
《甲羅》の新しいギルドマスターは、サブマスターの裂固だった。そしてそのアカウントは、他でもないケンジのアカウントだった。
どのアカウントが誰のアカウントかということを、本人に直接確かめたことは今まで一度もなかった。だが、確かめるまでもなく明白なことだった。俺の名前を「海人」と間違えるWENYは、同じく執拗に俺の名前を間違えるボウに違いない。そして19時から塾の授業があるイケのアカウントは、19時のギルド戦にただ1人参加していなかった赤い稲妻に違いない。そして消去法から、裂固がケンジのアカウントであることは簡単にわかる。
さて、次に俺を除名することができるのは誰か、ということだ。いや、もっとわかりやすく言い直せば、俺に対する除名要求を承認出来たのは誰か、ということだ。
まずイケには無理だ。なぜなら、あいつのスマホはタッチパネルの上半分が全く反応しないからだ。除名要求を承認するにはメールボックスを開かなければならない。メールボックスはマイページからしか確認することが出来ない。メールボックスのアイコンはマイページの最上部にある。以上のことからイケには除名要求を承認することはできない。
じゃあ、イケが除名要求をして、ケンジがそれを承諾したのか? しかしそれも不可能だ。なぜならイケにはアリバイがあるからだ。
俺は実際にギルドから追い出されたが、俺がギルドに所属しているかどうか、それは『ギルド戦に関わる情報』だ。そしてギルド戦に関わる全ての情報は、ギルド戦開始1時間前からギルド戦が終わるまで、変更できないのだ。さて、ギルド戦開始の1時間前と言うと、18時。その時までケンジが何をしていたかと言うと、バスケの試合だ。バスケの試合が何時に終わったかなんていうのは正直俺も覚えていない。だがあいつが部室へ戻ってきて、そして写真を撮ろうとスマホを取り出したちょうどその時に、完全下校時刻のチャイムが鳴ったのは覚えている。昨日、LINEでイケ達とやり取りしてる時に響いた、あのチャイムだ。あれが18時数分――確か校則では18時10分だった気がするが、まあイケとLINEしていたのだから18時より後であることは間違いない――を告げていたのだ。つまり、バスケの試合が始まってからケンジには除名要求を承認することはできなかった。じゃあ、バスケの試合が始まる前はどうなのか? 俺が部室でスマホを弄っていた時に、ギルドの異変はなかったし、俺が部室を離れた後は鍵が掛かっていた。その鍵はずっと返し忘れたままで、試合が終わった後に再び俺が使ったわけだ。つまり鍵が掛かっている間、ケンジはスマホを弄れない。以上の点から、ケンジにはアリバイが成り立つわけだ。
じゃあ、WENYことボウがサブマスターかエースになって、除名要求を承認したのか?
しかし、それもありえない。
まずボウはエースになれない。なぜなら、有料ガチャを回す金がない上に、無料ガチャも昨日には全部回していた。新規カードは1枚も得られない状況だ。その上、あいつはオススメデッキを装備していた。オススメデッキは初期戦闘力が常に最大になるように組み立てられているので、デッキを変更することで赤い稲妻の戦闘力を上回ることはできない。そして赤い稲妻もデッキを変えることはないと言っていたので、赤い稲妻の戦闘力がボウのデッキを下回ることもない。つまり、俺が試合している間にボウがエースになることは不可能だった。
そして、ボウはサブマスターにはなっていない。なぜならサブマスターになるにはサブマスターから役職譲渡をしてもらう必要があるが、俺が試合中、サブマスターの裂固ことケンジもまた試合をしていた。
以上のことから、ボウは除名要求を承認できる立場になかった。
さて、3人とも除名要求を承認することはできなかった。これが何を意味するか?
つまり、俺は除名されたわけではない。だとすれば答えは1つ。脱退したのだ。
だから、サブマスターの裂固が新しいギルドマスターになっていたのだ。
だがしかし、当然のことながら、俺には脱退ボタンを押した覚えがない。
俺が押したのではないのなら、他人が押したということになる。つまり、俺が試合に出ている間に、誰かが俺のアカウントで『神龍アポクリファ』に入り、そして脱退ボタンを押したということになるのだ。
『神龍アポクリファ』に入る方法は2つしかない。PC版か、スマホ版か。しかしバスケの試合中、俺のスマホはずっと部室の鞄の中にあった。つまりスマホ版から脱退ボタンを押すことはできない。では、PC版はどうだろう? 俺のノートパソコンはずっと家にあったではないか。母1人しかいない、家に。
つまり、母が俺のノートパソコンを勝手に使い、お気に入り欄から『神龍アポクリファ』へ勝手に入り、そして俺のキャラクターをギルドから勝手に脱退させた、ということだった。
「おい、母さん、俺のノートパソコン勝手に弄っただろ! 何してくれんだよ!」
部屋を飛び出した俺は、リビングで料理している母に後ろから罵声を浴びせかけた。母はヒステリー気味に手をわななかせると、握っていた包丁を流しに叩きつけた。
「何度も呼んでるのに、あんたが一緒に晩御飯を食べようとしないからでしょ!」それから恩着せがましく唇の端を歪めた。「データを消されなかっただけでも感謝しなさい!」
大切なものを奪っておいて自分を正当化しようとする母を目の当たりにし、遂に俺はキレた。壁を思い切り蹴飛ばし、思いつく限りの罵詈雑言を吐き出した後、リビングのドアを乱暴に閉めて部屋に戻った。向こう3日は口を利いてやるものか、と思いながら。
鼻息荒くして部屋に戻れば、スマホの画面に光が点っていた。母と口論している間に何かを受信していたようで、俺はすぐさま手に取った。
『なあ、海人、なんでギルド抜けたんだ?』
俺が抜けたことにはすぐ気がついたようで、LINEを通じてボウからそんなメッセージが届いていた。
『ああ、ちょっとしんどくなってな。毎日何時間も拘束されるし。』
母のせいで、なんて恥ずかしいことが言えるはずもなく、思わず俺は本心を誤魔化した。
『そっか。せっかく昨日お前が言ってたことがわかったのにな。つまんねぇの。』
『昨日俺が言ったこと?』
『自分から前に出なければ、活躍できないってこと。』
『……どういう心境の変化だ?』
『今日のバスケの試合をちゃんと観ていたから、な。』
俺は「ようやくわかってくれたか」と満足し、それが何を指しているのかすぐには理解できなかった。
だが、それがケンジと俺の対比を言っているのだと気がついた瞬間、俺の手はスマホを壁に投げつけていた。液晶が割れる程強く。
「俺が一体何したって言うんだ、コケにしやがって」
気づけば、俺はそんな風に呟いていた。
どうして俺はこんなに苛々してばかりなんだ?
母のせいだ、ボウのせいだ、ケンジのせいだ、バスケ部のせいだ。結局いつも周りのせいで、俺ばっかり割を食う。
こういう時、俺はいつもどうしてた?
気の済むまで10連ガチャを引いて、一心不乱に10連ガチャを引いて、少なくない金と引き替えに一歩前進したふりをして、それで気を静めていたのだ。
だが、今となっては引きたい10連ガチャなんてもうない。
――それに、やっぱり10連ガチャは高すぎる。
(了)
10連ガチャは高すぎる クロロニー @mefisutoshow
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