第2話 冒険者タツキの第1歩

翌朝、早速ダンジョンに潜るために役場で紹介してもらった宿から装備を整えて、辺りが暗いこんな早朝からダンジョンへと向かった。


何で冒険者なんかしなきゃいけないんだと昨日の夜も散々悩んだが、現実世界に戻る方法を探るためにも今はこの世界で生き抜かなければいけない。

そう思ったら言い訳を言っていられる余裕などちっとも無かった。



今日、俺が向かっているのは役場のダンジョン課のアドバイザーに教えてもらった。初級冒険者がまず挑戦するダンジョン。「Moon Forest」。

この世界にあると言われている10個のダンジョンの中で最も難易度が低くい。

名前にForestとついてるから森林のダンジョンと思いきや、思いっ切り洞窟である。月明かり程度の薄暗い洞窟の中に数々の木などの植物が生えていることからその名前がついたらしい。


ダンジョンの入り口に着いた頃には辺りは明るくなり始めていた。

入り口付近にはいかにも冒険者といった格好の人たちが数多く集まっていた。まぁ、そりゃダンジョンだったらパーティーで攻略するのが定石なはずだから当たり前なのだが。

当然、知り合いのいない俺はソロだけど……

パーティーを組むことも考えてみたのだが、ひとまずは無理をしない程度にソロでどこまでやれるか試してみたかった。一応、ゲームでは散々やってきてはいたからだ。あくまで、命も何もかかってないゲームだが。


パーティーで今日の予定を話している人たちを横目にひと足先にダンジョンに足を踏み入れた。

このダンジョンに出現するモンスターは一応森ということもあって、植物系や昆虫系のモンスターがほとんどだ。時々イレギュラーもあるらしいが。


また、ダンジョンは全15層から成っていて、5層ごとに上層、中層、下層と別れ、ポップするモンスターの種類や強さが変わってくる。当分は上層で経験を積むことになるだろう。


言い忘れていたことが1つ。この世界の冒険者は役場で冒険者としての登録をすると、右手の中指にリングをはめられる。そのリングがモンスターとの戦闘で得た経験値を蓄え魔法などのスキル習得を手助けしてくれる。あと、このリング、死なない限り取れないらしい。それって、完全に社畜じゃないですか?


まぁ、そんな冒険者としての基礎の基礎を頭の中で復習しながらダンジョンを探索していく。そんな時、人生初のダンジョンでモンスターとエンカウトした。


人生初のモンスターはこのダンジョン内で最も個体数が多く、1番危険度低いとされている、グリーンパペットだ。見た目的には、少し大きめのぬいぐるみに近い。毒や麻痺などの状態異常になるような危険性は皆無なのだが、主な攻撃に使う触手は見た目以上に伸びてくるので注意がいる。


 前日に、一通りの動きは練習してきたが、命の危険がある戦いで練習通りできるかと言われればそれは否だ。その瞬間、瞬間で柔軟に動けるかが攻略のカギになる。あくまでも、ゲームの時はそうだった。

 ゲームと大きく違う点は、実際に体力を使うこと、集中力の消耗の仕方が尋常じゃないことだ。いくら、初級モンスターといっても緊張はするし恐怖も感じていた。その証拠に、背中や剣を握る手に汗がにじんでくる。


 覚悟を決めて勢いよく走り出す。それを見てグリーンパペットも突っ込んでくる俺に向かって縮めていた触手を限界まで伸ばして、弾き飛ばそうとしてくる。

その触手に対して両手持ちに切り替えた片手剣でパリィを試みる。触手と剣先がぶつかった瞬間フロア全体に鈍い音が響き、体が吹き飛ばされそうになるが、寸前のところで踏みとどまることができた。


 本気のモンスターの攻撃はすさまじく重たいものだった。今でも両手がしびれている。ぎりぎりの戦いのはずなのに、自分の顔からは笑みがこぼれていた。なぜかって?どんなゲームよりも面白いからに決まっている。

こんな状況でさえ、ゲーマとかした自分の血が騒いでいる。その雰囲気を察したのか、グリーンパッペトは一瞬重心が後ろに動いた。俺は、その瞬間を見逃さなかった。


「はぁぁぁぁぁぁーーー」

 雄たけびをあげながら敵に突っ込む。もう1度触手で吹き飛ばそうとしてくる触手に狙いを定める。

「せいやぁぁーーー」

 一瞬で剣振りぬいた。その瞬間2本あった触手が1本になる。その瞬間、痛みからか悲痛な叫び声をあげた。俺は、勢いそのままに剣先を相手の胸に躊躇なく突き刺した。剣に貫かれたグリーンパペットは力なくドロップアイテムを落とし、爆散した。


 ドロップアイテムを素早く拾い、近くにあったセーフティエリアに腰を下ろした。現実世界にいたころとは比べものにならないくらい速く走ることができたし、重いはずの片手剣も容易に振り回すことができた。それもこれも、冒険者として登録した時にもらったリングのおかげなのだろう。これ、チートレベルの性能だろとゲームをしているときのように、右手の決して外れないリングを眺めていた。

 しばらく休憩した後、またダンジョンのフロアに繰り出していくのだった。


 その日は、初めてのダンジョン攻略にしては上場の出来だった。3層の途中まで攻略することができ、その日の撃破数は、グリーンパペット11、ムーンフラワー6、イエローパペット3のちょうど20体だった。アドバイザーの人にも驚かれたくらいだ。周りの冒険者にも驚かれるくらいに。正直、気分が良かった。その日は酒場で食事をとり攻略の疲れもあったことから、死んだように眠った。


 翌日は、アドバイザーの助言の通り休むことにした。この世界に来てから、3日になるがこうしてみるとなかなか賑わっていて、活気があるいい街だと思えてきた。決して、この街でずっと暮らしたいなんて思ってはいないが。


 その日は1日、オラリオンの街を観光して回った。オラリオンの街が一望できる時計塔に登ったり、武器屋を回ったりと有意義な1日を過ごすことが出来た。いい息抜きにすることが出来た。


次の日からは、またダンジョンの虫と化していた。朝から晩まで、ダンジョンに潜り続けていた。その甲斐もあって4日間で借金を返済し、少しだが貯金が出来てきた。


モンスターの撃破数はその日によってまばらだが、なかなかのスコアを記録出来ているらしい。ゲームを勧めてくれた友人に少しは感謝をしなければいけないだろうか。モンスターに対する恐怖心も初めての頃に比べればかなり小さいものとなっている。


ダンジョンに潜り始めて1ヶ月が過ぎようとするある日もいつもと変わらず迷宮に潜っていた。その日は、普段より深い階層に降りようと、中層域と呼ばれる第6層に降りてきていた。事前にアドバイザーからはポップするモンスターの種類や特徴は聞いてきたし、そこまで心配することはないとアドバイザーにも太鼓番を押して貰っていた。


この1ヶ月の間に応急処置魔法と索敵スキルを覚えることができた。応急処置魔法はあるだけで戦闘がかなり安定することが多かった。

また、索敵スキルは地味だがかなり有能なスキルだった。取った直後はその効果を実感出来無かったが、1度エンカウトしたことのあるモンスターだと、近くにいることが分かるため、奇襲を未然に防ぐことができる。

これまでに、何度も助けられてきた。このスキルのおかげでこちらから奇襲を仕掛けることが出来るようになったため、戦闘を有利に進められるようになっていた。


その日初めて降りた6層にテンションも少なからず上がっていた。初めて見るモンスターも少なからずいたが、事前情報のおかげで危険な目に会うことは無かった。

ダンジョンの攻略を半分ほど終えたところで、セーフティエリアで休憩を取った。武器のメンテナンスを終えて颯爽とセーフティエリアをあとにしてフロアに戻っていった。


もともとは、6層のいる場所で折り返すつもりだったのだが、体の調子が良かったこともあり、7層の様子を見るつもりで少しだけ降りてみることにした。この時点で引き返すべきだったのかもしれない。

7層に降りてすぐに思ったのはフロアの空気の違いだった。これまでの、階層とは比べものにならない位重たいものだった。


殺気というべきなのか、明らかにダンジョンが別もののように感じたのだ。まるで、生き物といったらいいのだろうか。これはマズイと本能的に感じた俺はすぐに引き返えそうと戻ろうとしたときだった。

背後に視線を感じたのだ。慌てて振り返り武器を構えたと同時フロアの壁に叩き付けられた。


目の前に立っていたのは中層にいるはずのない、このダンジョンの深層域にしか現れないフォレストベアーだった。体長は3メートル近いだろうか。圧倒的な力の差を戦わずして感じる。頭の中では逃げないといけないと分かっている。なのに、体が動かない。これが恐怖心で体が竦むということなのだろうか。


しばらく、俺とフォレストベアーの睨み合いが続いていた。しかし、フォレストベアーの方が痺れを切らして突っ込んできた。


「グゥゥオオーー」

恐怖心を振り払うように剣を強く握りしめ、雄叫びをた。

「うぉぉーーー」

一瞬にして、互いの距離が詰まる。俺のブロードソードとフォレストベアーの爪がぶつかったその刹那。高い金属を発して砕け散った。その直後、衝撃に耐えられずまたもや、壁に叩き付けられた。


「ゲホ、ゲホ……」

気づいたら吐血をしていた。だが、こんな所で死ぬわけには行かない。現実世界に戻る方法を見つけ出すまでは諦めるわけにはいかないのだ。

とにかく今は、生きて地上に戻ること。それだけを考えて行動をしようと心に決めた。


ふと、今日の朝バックパックに突っ込んでおいた煙玉のことを思い出し、バックパックからありったけの煙玉を取り出し、相手の顔面に向かって投げつけた。フォレストベアーに当たった瞬間、フロア全体が煙に包まれた。

あらかじめ確保しておいた、逃走経路に向かって全力で走り出した。肋骨や腕の骨を折られ激痛が走るなか、死に物狂いで走った。


か細い意識の中で、なんとか4層のセーフティエリアに転がりこんだ。なかなか、傷口から溢れる血が止まらない。ふと、考えてしまった。このまま死んだらどうなるのだろうか。

まだ、モンスターに喰われずに死ななくて良かったと思ってしまった。


遠のく意識のなかで、誰かが俺に声をかけている。一体誰が俺のことを呼んでるんだろ……しっかりと天国に行けるだろうかと考えている内に、朦朧としていた意識が、細い糸が切れるようにプツリと途切れた。



「ま、眩しい……」

あれ、俺ってどうなったんだっけ。そうか、調子に乗って7層までおりたら深層域のモンスターであるフォレストベアーに殺されかけて、そのあとセーフティエリアで……


「あ、気がつきました?本当に良かった。4層のセーフティエリアで血を出して倒れていたんですから」

あれ、おかしいな人の声が聞こえる。

「あれ、俺って死んだじゃ。ここは天国ですか?」

「演技でもないこと言わないで下さい。応急処置は済んでますから、安静にしてればすぐ良くなりますよ」

この女の人に助けられたのか……本当に情けない。恥ずかしくて穴があったら隠れたい。


「助けて頂いてありがとうございます」

「お礼には及びませんよ。まぁ、初級の冒険者さんがフォレストベアーからよく逃げてこられたものです。それこそ運がいいですよ」

やはり、7層にいるべきのモンスターでは無かったようだ。たまに、ダンジョン内で起こるというイレギュラーに遭遇してしまったということか。


こんなみっともない姿をもう誰にも見せたくない。この世界の人にも現実世界の奴らにも。そう思うといても立ってもいられなくなってしまった。


3日後の夜体が動かせると判断した自分は罪滅ぼしなのかただの死に急ぎなのか、どちらとも言えるような行為に出ていた。

病院を抜け出し、武器やで片手剣を持てるだけ買いダンジョンに潜った。強くなるために、2度とあんな風に他人に助けて貰わなくてもいいように。本調子では無い体に鞭を打ち、一心不乱にモンスターに対して剣を振るった。


タツキが病室から姿を消したことに医師やここまで運んできた、少女が知ったのはタツキがダンジョンに向かってからおよそ半日がたった頃だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣とデュエリストの軌跡《トラジェクトリー》 @RINTO0605

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ