ネコムゲン

ポンチャックマスター後藤

~ある誕生日のお話~

「ユッコ!誕生日おめでと~!!」


ニャー


どうして?どうしてなの?猫は好き。ペットも飼ってないのにペットOKのマンションに住んでいるのは将来ペットと一緒に過ごしたいから。それを目標に頑張ってきた。

うん、猫を貰えたらその目標に辿り着いたってことね!そう!猫は最高!可愛い!良い匂いがする!癒やし!


ニャーニャーニャー


箱の中では小さな子猫が鳴いている。私の事をお母さんだと思っているのか何度も何度もニャーニャーと呼びかけてくる。目の前に指を出してみたらクンクンと匂いを嗅いで小さな口を目一杯広げて軽く、甘く噛んでくる。本当に凄く可愛い。



最初は職場だった。出勤したら同僚が花束を持ってきてくれた。今日が誕生日と言うのをそれで思い出した。本当に凄く嬉しかった。そして上司が可愛い箱を持ってきてくれた。ウキウキしながらその箱を開く。するとニャー。猫。マジで猫。どう見ても猫。

一瞬キョトンとした。その後凄く嬉しくなって箱から猫を出して一通り撫でたり頬ずりしたりした。


5分位だろう、そんな感じで猫を可愛がっている時に気がついた。


「えっと。飼うの?」


職場の人たちを見る。「おめでとー!」とか「アラサーになったねー!」とか言っている。

ちょっと待って、飼うの?猫?本当に?

確かに猫は欲しかった。でもこんな出会いで、こんな出会い方で今後20年位面倒を見るの?いや、良いの。それは。猫大好きだし。でも、猫だよ?職場の同僚とかの誕生日に猫?


いやいや、友達とか恋人とかにもあげる?こんなのアメリカのホームドラマじゃない!「イエー!!!パパー!サンキュー!プリティキャーット!」なんて喜ぶのは映画かYouTubeの中だけじゃないの?


「あの…猫…あの……ホントですか?」


「猫大好きって言ってたよね~!」


「猫は良いよね。俺も飼ってたけど本当に癒されるよね。」


とりあえず仕事をしていた。その間も足元に置いた箱からは「ニャーニャー」という鳴き声やカリカリと箱をひっかく音がする。

ちょっとクラっと来たけど、これドッキリだわ。そう思って誰かが言い出すのを待っている。


「ユッコちゃ~ん!ランチ行こうよ~!お誕生日にアイスくれるお店あるの!」


「え…?あ、うん!良いよ~!」


ああ、ランチでドッキリを…なるほどなるほど。そういうことね?でもこんなにネタばらしを引っ張ったら猫ちゃん可哀想だよね。でも…喜んでほしいと思っての行動だから怒るのもなあ…なんて考えていたら食べ終わった。アイスも美味しかった。あれ?種明かしは?ちょっと…えー。なんで?


「本日誕生日のお客様は…あなたですか?」


「え…はい。」


「お誕生日のサービスでささやかなプレゼントを用意しています。」


「え…?」


「どうぞ。」


ニャー。


でかい。ちょっとでかい。3歳位?でかい。猫だ。完璧に猫だ。


「あの…あの!ちょっと!これ!!」


「これは…」


「猫でございます。」


「いや、そう言う話じゃなくて。」


「4歳ですよ。」


「だから、ちょっと猫って。おかしくないですか?なんなんですか?」


「ああ、雑種です。今風に言うとミックスですね。」


「そうじゃないって言ってるでしょ!!」


「ごちそ~さま~!ユッコ良かったね~!猫すっごい好きだもね!良いな~!」


「じゃあ貰ってよ!」


「ユッコへのプレゼントじゃない!うらやまし~!私、誕生日が1月2日だから誰にも祝ってもらえないもん~」


同僚はそう言って笑っている。本当に笑っている。ウエイターもアハハと笑っている。猫はあくびをした後に私に擦り寄ってきた。

六本木の街を猫を抱いて歩く。猫はゴロゴロと喉を鳴らして目を閉じる。

ああ…どうなってるの?ああ…ちょっとダメ。猫じゃん。どうすんの?二匹だよ?

同僚と一緒にコンビニに入る。ペットと入ると怒られると思ったが、周りの人は全く気にしていない。テレビ?ああ、テレビね?だからここまで無視してるのね?

だったら付き合ってあげるわよ!


私は猫を買い物カゴに入れてコンビニを回る。猫はカゴの中で伸びをしてキョロキョロと周りを見てたまにニャーオと鳴く。可愛い。とりあえず缶のキャットフードをかごに入れる。ほら、テレビ的に美味しいでしょ?お茶の間大爆笑でしょ?猫は缶にネコパンチを数発すると興味をなくしてまた店内をキョロキョロし始めた。一通りの買い物を済ます。


「お会計が700円以上だったのでこちらのクジをどうぞー…はい。猫ですねー。少々お待ちくださーい。」


「ちょっと!ちょっと!!猫!?え!!!??」


「こちら袋別にしますかー?」


「いやいやいやいやいやいや。」


結論として猫はキャットフードや伊右衛門やチョコレートとかと同じ袋に入れられた。子猫が袋の中でニャーニャー鳴いている。小脇にかかえている猫もニャーニャーと鳴いている。席に戻ると子猫が机の上に移動してニャーニャーと鳴いていた。


好きだけどさ。猫好きだけどさ。

終業までは無心で仕事をした誕生日に猫を貰うと、猫を三匹も貰うと逆に仕事に集中できる。

猫が視界に入らないように、猫の声に反応しないようにしながら仕事を続けた。仕事中何度も電話のコードに反応して引っ張って落としたり、足をペタペタと触ってきたけど、それは当たり前の事だとして無視をした。


ああ、結局ドッキリ宣言も無く仕事が終わった。どうしよう…猫が三匹…どうしよう…とりあえずこの後に友達とも会うので自宅に猫を持って帰った。初めて入った部屋を警戒しているのか、しっぽをゆっくりと振りながら三匹の猫はうろうろしている。

とりあえず着替え、そしてお皿に水を入れ、キャットフードを用意した。猫まっしぐらとはよく言った物で、猫はムッシャムシャ食べている。


ピンポーン!


実家からの宅急便だった。お母さんは毎年実家で取れた野菜やさくらんぼを送ってくれる。ああ…野菜とかそんなのもうどうでも良いどうすれば…


待てよ…


おそるおそる箱を開ける。そこには幾つかの野菜とお米。ああ…助かった。


ピンポーン!


実家からの宅急便その二だった。ああ、さっきのにはさくらんぼ入ってなかったから…三年前にもこんなことがあったような。


………ニャー…………


え。


いや、違う。今のは部屋にいる子だ。うん。落ち着こう。

意を決してダンボールを開ける。

結果として私の周りには九匹の猫がいる。猫が一匹ではなかった。六匹だった。


「入れ忘れました。可愛がってやってくださいね。」


その書き置きをグシャグシャに丸めて壁に投げつけるとニャーニャーと九匹の猫が奪い合いはじめた。

さすがはお母さん。猫のトイレ、砂、爪とぎ、お皿、キャットフード、爪切り、一式を入れてくれていた。ダンボールが思いと感じたのは水が循環する水飲み機械を入れてくれていたからだ。ワーイ!お母さんありがとう!お礼の電話しなきゃ!


「てめえええええ!!!!どういうつもり!?猫とか…お母さん!!ふざけてるの!?!?」


「どうしたのユッコ?猫、好きだったんじゃないの?」


「なんなの!?お母さんもみんなふざけてるの!?みんな…猫…猫どうしたら良いの!?」


「え…どうしたらって…?」


「みんな…みんな…どうして………」


「猫、好きだもんねえ。飼えば良いじゃない。あ、お母さんこれからママさんバレー行くから。年末には帰ってくるのよ?猫ちゃんの名前決まったらLINEしてね~!」


ツーツーとニャーニャーが鳴り響く部屋で今後どうしたら良いのかを考えていた。猫、猫、猫。どうしよう。本当にどうしよう。保健所?それだけはダメ。でも、どうしたら。九匹って私の家1DKよ?猫、本当にどうしたら。


とりあえず着替える。クラクラする。もう猫の毛が服に付いている。


お母さんから届いたキャットフードを用意したり、水機械を動かしたりしてから家を出た。

ああ…もう…怖い…同じ誕生日の友達と会う…プレゼントの交換もする…まさか…


待ち合わせ場所にいた友達は小さなかばん一つだけを持っているだけだった。少しだけ安心した。


「でさ、今日だけで猫九匹よ!?ドッキリだよね!?これドッキリだよね!?!!?」


「ユッコ、猫大好きだもんね~!良いな~!」


「ふざけんじゃないわよ!猫よ!?猫!!!!九匹!!!!たとえ話じゃないの!!!!完璧に猫!!完璧に猫なの!!!九匹よ!?実家から六匹よ!?!?!!?!?」


「私も猫飼いたいな~」


「お客様。」


体がこわばる音がした。「ゴキュッ」って音だった。意外と金属音。


「なんでしょうか…」


「こちら、誕生日のお客様へのプレゼントで」


「結構です!!要らないです!!」


「ユッコ、何言ってるのよ。酔ってるの?うれしい~!持ってきてください!」


「こちらをどうぞ。」


一本のワインだった。良かった…本当に良かった…


「ユッコ!プレゼント交換しよ!」


「え…?ああ!うん!!」


私は彼女が好きなブランドのネックレスを渡した。凄く喜んでくれている。


「じゃあこれ!ユッコ!誕生日おめでと~!!」


手に持っていたカバンを渡してきた。ああ~、こういうサプライズね?見た時から可愛いと思ってたしこれはかなり猫!!!!!!!!!!!!!!!!


「ちょっと、カバンの中に猫いるんだけど。」


「うん!ユッコ、猫好きでしょ!?」


「もう嫌!!!!!」


私は店を飛び出していた。そのまま走って走って走って…もうどうして?どうしてなの?猫は好きよ!でもこれは違うじゃない!なんで猫を人にあげるの!?


汗だくになって歩く。どうしよう。家に帰ったら猫が九匹いる…ああ…もうどうしたら…落ち着こう。うん…まだドッキリかもしれない…落ち着こう。そうだ、コーヒーでも飲もう。自販機がいらっしゃいませ!と話しかけてくる。普段なら気にも留めないけど、なんか凄いムカつく。


ガタンと音がしてコーヒーが。さすが猫は出ないか。考えすぎ。うん。少し冷静になっている。

コーヒーを一口、携帯を見ると彼氏から連絡が来てる。そうだ、会わないと…でも…もし…猫が…


ピー!!!ピロリピロリー!!!


電子音。「当たり」の表示、ガコンと音。ニャーと鳴き声。まさかと私。確かめる手。ふわふわの毛。可愛いアメショー。


がっくりとその場にうなだれる。地面に付いた手をペロペロと舐めるアメショー。当たりだからアメショーなの?少し遠くでニャー。さっきお店に置いてきた猫がカバンを咥えながら近づいてくる。


怖くなって私は逃げた。どうして?どうして猫?なんで?欲しいと思ったから?引き寄せの法則?

その場から走りだした。もう無理。彼氏に電話。


「ユッコー?遅れるの?連絡くらいはしてよー。」


「助けて!!!」


「ユッコ?どうした?何かあったの?」


「猫…猫が!みんな猫!!猫を渡すの!!!」


「ちょっと、落ち着けユッコ。マジで何?」


「嫌だよぅ…もう嫌!!もう猫なんか要らない!!!猫なんか嫌い!!!!」


「ちょっと、落ち着けって、わかったよ。家に向かうから。」


「こないで!!!家にも猫が…猫がいるから!!」


「わかった。わかったよ。今どこにいる?とりあえず俺の家きなよ。」


静かな夜道、遠くからニャー。近づいてきている。私はタクシーを止め、彼氏の家に向かった。時間はもうすぐ0時。そうだ、これは誕生日だから。誕生日だからだ。誕生日がすぎれば何もかも落ち着く。

猫は…猫好きで引き取ってくれる人を探そう…うん…ああ…疲れた…もう…


「着きましたよ。」


眠ってしまっていた。マンションに入り、エレベーターに乗る。猫の気配は無い。


「どうしたんだよマジで。」


「助けて!!みんな猫!猫!!!猫を渡してくるの!!」


私は今日一日の事を説明した。彼氏は笑わずに真面目な顔で聞いてくれた…


「もう本当に意味わかんない…明日からどうやって生きていけばいいのよ…」


「そっか…大変だったんだね…うん…じゃあ、俺も手伝うから明日から引き取ってくれる人とか…同僚とかお店に返したりとかしようよ。大丈夫だよ。大変だったね。」


ああ…よかった…日常、日常に帰る。日常に戻る。

彼氏に軽く抱かれ、目を開けると時計が目に入る。0時を10分程過ぎていた。

誕生日は終わった。特別な日が終わり、やっと。やっと日常に戻る事ができる。


「ユッコ…ちょっと遅くなっちゃったけど…誕生日プレゼント貰ってくれる?」


「え…?」


「どうしたの?」


「え…そんな…あの…まさかと思うけど…」


「ああ…猫じゃないよ。一番ほしいって言ってたの買ってきたんだから。ほら、開けてみて。」








ワン!


~完~

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