出産

40週 予定日きっちりに誕生

 初産にしてはちょっと早めの9時間ほどで、自然分娩で生まれました。外回転術をしてもらった甲斐があります。

 18時頃に病院入り、21時頃にお産の進行具合から入院決定、子宮口全開になって分娩室へ入ったのが24時ごろ。ここで日付が変わって予定日になり、午前2時過ぎに誕生でした。

 かれこれ二年ほど経つのですが、時間経過はこんな具合です。


 陣痛室までは実母が付き添ってくれていましたが、陣痛室へは一人で入りました。主人は仕事だし、里帰りだったし、そもそも主人もわたしも立ち会いは望んでませんでしたし。(その病院では分娩に立ち会えるのは夫のみでした)

 母は一晩中病院で待機してくれていました。ありがとう。


 わたしの場合、陣痛が弱かったようです。分娩室で二時間いきんでました。

 助産師さん曰く「普通の陣痛ならとっくに生まれてるのに!」なんて言われましたけど、そんなこと言われてもね笑。どうにもならんわ。

 普通は絶え間なく痛いらしいけど、わたしは時計を確認するだけの余裕がありました。けど、胎児は出たり戻ったりを繰り返しながらだんだん出てきます。陣痛の絶え間で出た分以上に戻っていくから余計に時間がかかった訳です。いいんだか悪いんだか……。


 頭が出てからは早かった。もう、一瞬。するりっと出て行って、あれ? と思ったらタオルに包まれた赤ちゃんがわたしの胸元に運ばれてきました。

 一瞬理解しなかったわたしはきっと疲れてたんだろうな。その後すぐに、「さっきの『するり』は我が子が生まれたんか! 」と理解したけど、あの一瞬は本当に不思議だった。

「何? 何が運ばれて来た?? え? 」と、本気で考えた。感動して泣いた!などという余裕は全くなかった。


 生まれる瞬間から看護師さんだか助産師さんだかにビデオを撮ってもらっていたけれど、改めて見たらわたしは終始放心状態でした。変なところは写さないようにお願いしていたので、人に見せられないような内容ではない。けど、やっぱり見せたくない。

(なのに旦那が断りもなく義両親に見せててイラッとした。皆さんお気を付けを)


 会陰切開はしませんでした。でも、かなり派手に裂けて肛門まで切れました。

 傷が治るまでは便意の我慢ができなかった。力が入らなくなります。あれは不便。

 縫合にも1時間はかかったし、痛すぎて暴れてようやく麻酔してくれた。あんなの痛いに決まってるんだから最初に痛いと言った時点で打てよ!と今でも本気で思っています。あーむかつく。なんで他人事で済ますねん。

 ていうか暴れるなと言うなら、暴れずに済むようにしろよ。わたしももっと早くキツく言えばよかった。むしろもっとキレとけばよかった。

 この時は男性医師だったけど、これくらいの想像力も働かんのか? 性別の差でも経験の有無でもないと思うけどな。

 正直、分娩よりも縫合の方が辛かったです。安産だったから言えるのだろうけれど。


 わたしの場合、


つわり>分娩後の縫合>分娩


の順で辛かった。授乳しても初めは痛いし、なんでこんなに痛いことばっかりなんだろう。


 生まれてから二時間、分娩室で待機します。その間は赤ちゃんが急変しやすいんだとか。

 怖いなと思いつつ写真撮ってもらったり、母と少し話したり。何もなかったからこそ和やかに過ごしました。

 産後すぐに待機してたのは夜中の三時とか四時とかそれくらいでしたが、全く眠くなかった。

 疲れからか首も動かせない。体が重い。


 待機してる間にで初めての授乳を試みましたが、舐めもしない。結局五日の入院の間にやっと吸えたかどうかくらいでした。けれどその後は順調に飲めるようになり、一歳半まで授乳しました。


 ここから少し余談。

 離乳食を始めるまではミルクも少し足して母乳を飲み、離乳食を始めるとモリモリ食べるから一時ミルクは止めました。

 が、体調を崩して下痢したときにミルク復活。栄養バランスがいいし、お腹にもやさしいし、ということで小児科の先生と看護師さんおすすめでした。育児用ミルクは万能ですね。


 二時間経って、病室に移動。母子同室はわたしの体力の消耗が激しいので翌日に持ち越し。

 初めのトイレは助産師さんが付き添いでした。小を出した瞬間に倒れる人がいるから、という理由です。

 ……ハイ。ワタクシでした。

 二回目も立つだけでフラフラしたので尿道にチューブ入れて取って貰い、三回目でようやく平常運転でした。

 本来なら当日から母子同室。でも絶対無理だろうとの病院側の判断は大正解でした。翌日朝から一晩ゆっくり寝られて助かりました。

 だからって一晩じゃ足りなかったから、もう何日か預かってもらえばよかったと後から後悔。なんなら夜間はずっと別室でもよかった。というのも、指導だの何だのと昼間休めない上に夜も泣き続ける赤子の世話でほぼ休めないまま退院したんですが、産後半年ほどずっと体調悪かった。

 2人目の時は別室にしたので(別の病院でしたが同じように切迫で入院してたので同室は勧められなかった)産後の回復が(自分比)すごく早かった。1ヶ月でちゃんと回復しました。産後の養生は本当に大事です。


 出産後すぐの朝ご飯は寝たまま食べました。パンケーキが出て来て、これが異様なほど美味しかった。そしておかしいくらいの食欲で全く足りなかった。

 それから一ヶ月は自分史上初の激しい食欲に驚きました。出産すごい。


 やっぱり生めてよかった。女に生まれたからには一度くらいは経験しておきたいとずっと思っていました。改めてこれはやっぱりすごい。

 帝王切開はしていないのでわかりませんが、どんな形であれ出産とはエラいもんです。素晴らしいことです。実感しました。

 生むチャンスがあれば、一度はぜひやっておくべきだなと思ったくらい。我が子よ、来てくれてありがとう。

 結果的には無事に生めたのだから、わたしは恵まれています。あらゆるトラブルに見舞われましたが、切迫以外は全部ぎりぎりで逃げ切ってますし。

 とにかく全部しんどかった。けど、何のトラブルも無い妊婦さんもそういません。みんな何か抱えてます。妊娠出産は幾多の奇跡の積み重ねの結果だなあとつくづく思います。

 生まれる時は往々にして大事にされるのに、(そうでない悲しい事例もありますが)大きくなればなるほどないがしろにされることがあるのってなんなのでしょう。

 虐待とか、過労死とか、いじめとか。みんな必死で生んで、生まれてきてるのにな、と思うわけです。

 妊婦への対応もそう。お腹を殴っただのマタハラだの、耳を疑うような事件をたまに耳にします。無事に生まれてくれるだけでありがたかったはずなのに。

 やった奴は卵で生まれたのか? それにしたって温め続ける親がいたはずなのだけど。なんて。


 この長くて波乱だらけの妊娠出産記録が、どなかたかのご参考になれば幸いです。ご愛読ありがとうございました。


[完]

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三度目の正直 わたしが赤ちゃんを授かるまでの記録 豊福 れん @rentoki24

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