美鈴
斉藤希有介
ダンス
「ねぇ、やめてって言ってるでしょ」
美鈴がちょっかいを出してきた。耳元で何か囁かれる感覚。私はそれを払いのけた。でも、大人たちには美鈴のいたずらが見えないという。だから私はいつも一人でダンスしているみたいって。
「美鈴、怒るよ」
「はぁーい」
今だって、私は確かに美鈴の声を聴いた。けれど、その声も大人たちには聞こえていない。
私たち二人は特別だ。
私たち二人はいつも一緒だ。
幼稚園では、美鈴は瞬君に、私は徹君に恋をした。
瞬君は美鈴を怖がったけれど、徹君は怖がらなかった。だから、私は徹君とよく遊んでいた。美鈴は瞬君の方に行きたかったみたいだけど、私はそれを許さなかった。
私が徹君にちゅーしてあげたとき、美鈴が私の頭を引っ張った。おかげで、ほっぺたにちゅーするつもりが、耳たぶになってしまった。
「やめてよ」
私がそういうと、美鈴は「あんたばっか」と言った。
「しかたがないでしょ」
そんな私を見て徹君は「一人で何しゃべってるの?」と言った。
都合が悪いとき、美鈴は声を聞かれないようにする方法を覚えたみたい。
おかげで、一人でダンスをする子という評価に、さらにブツブツ独り言をいう子という評価が加わった。
私たち二人は特別だ。
私たち二人はいつも一緒だ。
小学校に入ると、自分たちが特殊なのだということを理解するようになった。
私はみんなに変な子だと思われたくなくて、美鈴が他の子に聞かれないように話しかけてくるのを、無視するようになった。実は美鈴は内気で、私には盛んに話しかけてくるけれど、他の子には話せないらしかった。
私は美鈴を、疎ましく思うようになっていた。その感情は美鈴にも伝わっていたらしく、家で二人でいる時も、美鈴はあまり話さなくなった。そんな美鈴を見て、私はますますイライラした。消えて、と、願ったりさえした。
でも、私たち二人は特別だ。
私たち二人はいつも一緒だ。
小学校三年生まで、私たちは生きた。
ある日、美鈴が苦しそうにしていて、私はそれを「私の興味を引くための演技」だと思って放っていた。
休み時間、私が水を飲んでいたら、美鈴が膝をついて倒れた。
私は美鈴に引っ張られ──美鈴の頭と繋がっている私の頭も、当然のごとく引っ張られて、一緒に倒れた。美鈴に覆いかぶさるように仰向けに倒れた私の胸を、上向きの蛇口から降ってきた水がびしょ濡れにした。
私たちはすぐ病院に運ばれた。
いつも私たちを看てくれているお爺ちゃんドクターが言った。
「二人分の血液を、美鈴ちゃんが一人で作って、送り出しているんだよ」
「どういうこと?」
「美鈴ちゃんの心臓は、もう限界なんだ」
「分からない。どういうことか、分からない」
「このままじゃ、二人とも死んでしまうよ」
「それでいい。美鈴と一緒でいい」
私たち二人は特別だ。
私たち二人はいつも一緒だ。
頭蓋骨と脳の一部が繋がって生まれたときから、ずっと。
「美鈴」
「なに?」
「冷たくしていて、ごめんね」
「いいよ。私が話しかけたら、頭の中でお返事してくれたもん」
「二人でなら、天国に行くのだって、怖くないよね」
「そうかな。私は怖いよ。まだ生きていたい」
「なら、私が死ぬよ。代わりに美鈴が生きて。一人だけなら、これからも生きられるから」
「嫌だよ。ずっと一緒にいたい」
「私も。ずっと一緒にいたい。ずっと一緒にいよう?」
だが、美鈴は答えなかった。
口で、それから頭の中で、どんなに呼んでも。
「嫌だ、切り離さないで。私と美鈴を、離れ離れにしないで」
「だけど、切り離さないと。美鈴ちゃんの体から、カリウムやミオグロビン、つまり、毒が流れ込んでくるんだよ」
「それでいい。私も一緒に死ぬ」
私は必死に抵抗したけれど、お医者さんたちに抑えつけられて、注射を打たれてしまった。
そこから先は、覚えていない。私の意識が戻らず入院している間に、美鈴の火葬も終わってしまっていた。美鈴に体重を預けていた右半身が弱く、一人で歩けるようになるまで半年のリハビリが必要だった。
◆
「ねぇ、やめてって言ってるでしょ」
ところで、今も私は美鈴と一緒にいる。美鈴が勝手に私のスカートをまくったので、一人でパンツを見せながらプリクラを撮る変な女になってしまった。
「はぁ~い」
頭の中で、美鈴が答える。美鈴が言うには、繋がった脳の一部を通って、私の頭の中に「お引越し」をしたのだという。これが俗にいう二重人格というやつなのか。それとも、単なる私の妄想なのか。
美鈴のいた右のほうの足が勝手に動いて、くるっとその場でターン。友達はそれを見て、一人でダンスしていると言う。
美鈴 斉藤希有介 @tamago_kkym
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