片付けられない彼氏と、片付けしかできない彼女
ボンゴレ☆ビガンゴ
お似合いの二人
◯エピローグ◯
−−『その子』の事を考えると、やっぱり僕は憂鬱な気持ちになって、ぼんやりとテレビを眺めていたのだが、彼女がとことこやってきて隣にちょこんと座った。
「ねえ、今日のご飯もおいしかったよ。あなたって本当に何でも一人で作れる人よね。料理だっていつもあなた任せでごめんね」
「まあ作るって事なら大概の事はこなせる自信はあるよ。これでもクリエイターのはしくれだしね」
「でも、全く片付けが出来ないんだよね」
そう言ってコロコロと子犬のように彼女は笑う。
「それはごめん。一人暮らしの時はすごいゴミ屋敷に住んでたもんな。君が片付けてくれなきゃ今も汚れた部屋に住んでると思うよ」
「ふふふ。でも、私は昔から片付けることだけは大の得意だったんだよ。掃除も洗濯も。だから、あなたが出したゴミは全部私が片付けてあげるからね」
そう言って彼女は笑った。
◯ ◯ ◯
彼女と出会ったのは大学の頃。彼女はスノボーしたりバーベキューしたりするようなどこにでもある「飲みサー」の一つ下の後輩だった。
特別な美人ではないし、輪の中心にいるような子ではなかったけど、まっすぐな黒髪をちょこまか揺らして動き回る彼女は愛らしかった。
三年の春、新歓のチラシを彼女と僕が作ることになった。最初は空き教室で一緒に作ろうとしたのだが、彼女は何かを作るというセンスを絶望的に持ち合わせていなかった。
思い出してみれば夏のバーベキューでも、面白いくらいにすべての食材を黒焦げにしていたし、冬の鍋パーティーでも、得体の知れない緑色の塊を作り上げて「つくねですよぅ」と頬を膨らませて言い張っていたし、どうやら彼女は天才的な不器用ガールのようだった。
なので、結局はチラシ作りも僕が一人でやることになった。
大学への提出期限が近づいてきたある日、僕は風邪を引いて寝込んでしまった。その時点でチラシ自体は完成していたのだが、配布用のコピーを取っていなかった。
今日中にコピーを取らないと間に合わない。だけど、とても大学に行けるような体調ではなかった。
そんな時だった。
部屋のチャイムが二度三度と鳴った。昼間に鳴るチャイムなど、ろくなものはない。経験からそう悟っていた僕は寝床から這い出そうか、居留守を決め込もうか迷っていたのだが、どうも聞き覚えのある声が玄関口から聞こえてくる。
「せんぱーい。私ですー。チラシ受け取りにきましたー」
なんと、彼女が僕の部屋までチラシを受け取りに来たのだった。僕のアパートは大学から北へ徒歩二十分。最寄り駅とは逆方向だし、坂道だらけの住宅街なので自転車で移動するのも辛いエリアである。
まず、こんな所まで来てくれたということに驚き、次に自分の部屋の汚れ具合に慌てふためいた。
とりあえず、なんとか寝床から這い出て玄関に向かう。汚すぎる部屋の中を覗かれないように少しだけドアを開けて顔を出した。
「こんにちは。新歓用のチラシを受け取りに来ました」
扉の向こうには額にうっすらと汗をにじませた彼女が立っていた。
「ああ、君か。ごめんね、提出期限間近だっていうのに風邪を引いてしまって」
ドアから首だけを出した姿で応えた。
「いえ、全部先輩に作らせてしまったんで、こちらこそ申し訳ありませんでした」
ぺこりと頭を下げる彼女。
「いやいや、それは気にしないでいいよ、ちょっとまっててね、取ってくるから」
僕はそそくさと扉を閉めた。ただでさえあまり体力のなさそうな子だし、急勾配の坂を二十分以上歩いてきたので、多分彼女は疲労困ぱいであろう。
そんな彼女に麦茶の一杯でも出してねぎらいたかったが、この足の踏み場もない部屋の状況では招き入れるわけにはいかない。
さっさとチラシを渡してお引き取り願おうと見渡すのだが、困ったことにどこに置いたのか、さっぱり覚えていない。
机で作ったのだから机の上にありそうなものだが、机の上には教科書と雑誌と出しっ放しのタバスコの瓶と、コンビニで買ったナポリタンの残骸が無残に転がっているだけで、せっかく作成した募集チラシは見当たらない。
それでなくても狭いワンルームの部屋には所狭しとゴミが散乱していた。食べ残しから洗濯物、洗ってない食器。まさにゴミ屋敷と言って差し支えない状況。
部屋中ひっくり返して探すのだが、どこに置いたのか皆目見当がつかない。ふと気づくと扉を閉めてからすでに十分はゆうに経過している。
「せんぱーい、どうしたんですかー?」
風邪が悪化して倒れたのかもしれない、と心配にでもなったのだろう。彼女が恐る恐るといった感じで扉を開けてきた。
薄暗い室内を彼女の視線がぐるりと一周した。慌ててふりむくと、彼女はひきつった表情で固まっている。
「わー、ごめん! 作ったチラシをどこかにやってしまったみたいで。探してたんだけど出てこないんだよ」
僕はリュックの中身を確認していた。取り出しては床に投げ捨てている最中だった。足の踏み場もない床に、追い打ちをかけるようにリュックの中身が巻き散らかされたが、結局チラシはその中にもなかったようだ。
「いやーごめん。俺、全然片付けらんない人なんだよね」
沈黙に耐えらえず、ぽりぽり頭を掻きながら僕は彼女に謝った。相変わらず彼女は玄関に立ち尽くしたままだが、よく様子を伺うと肩が微かに震えている。
あまりの汚さに気分を害したのだろうか。
サークルの女子連中の間で僕の部屋の汚さが噂になったりしたら嫌だなぁ、なんて思いながら言い訳をひねり出す。
「この前までは綺麗にしてたんだけどさー。ごめんね、こんなに汚いと流石に引くよね」
首をすくめておどけてみせるが、彼女は黙っている。
「……片付けたい」
「へ?」
彼女の俯いた口から発せられた言葉に思わず僕は聞き返した。俯いた彼女の表情は見えない。ツヤのある真っ直ぐな黒髪が彼女の顔を隠しているから。
「なんか言った?」
僕が彼女に近づこうとした瞬間、彼女が声を張り上げた。
「先輩!私、我慢できません!!」
叫ぶと同時に部屋へ駆け出してくる。驚く僕を押しのけ、彼女は部屋の真ん中にどしどしと押し入った。
あわあわとする僕には目もくれず、カーテンを開け放った。汚れた部屋に春の陽が注ぎ込む。
「片付けます! どいててください!」
ものすごい剣幕で凄まれ、僕はベランダへと追い出されてしまった。唖然としながら、ベランダに立ち尽くす。
僕がいなくなった部屋で彼女はてきぱきと動き回ったいる。戸棚からゴミ袋を探し当て、ゴミを詰め込み、溜まった衣類を洗濯機にぶちこみ、食器を洗い、散らばった教科書や漫画やエロ本をまとめて本棚に整理し始めた。
鬼の形相で部屋を片付ける彼女に、僕はなすすべもなかった。あらかたゴミを片付けた彼女は、部屋の隅に投げ捨てられていた掃除機を引っ張り出し床にかける。
二時間、まるまる二時間だ。休憩無しで彼女は働き続けた。おかげで部屋はピカピカになったが、風邪を引いてる僕は二時間も外に出されていたので意識朦朧としていた。
ちなみに、当初の目的のチラシなど、開始五分でベットの下から見つかっていたのだが、彼女の衝動は止まらなかったようだ。
ゼェゼェと肩で息をしながら見違える程綺麗になった部屋を睨んでいる。
呼吸が落ち着くと、そこでようやく我に戻ったようだ。慌てて周囲を確認している。僕をベランダに追い出した事すら覚えてないようで、僕の姿をベランダに見つけた彼女は驚いたように口を開け、直角に頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
顔を真っ赤にして謝る彼女。
「私、無性に片付けたくなっちゃうタイプの人で、汚い部屋とか見ると勝手に身体が動いちゃうんです」
僕は朦朧としながらも、微笑んで見せた。
「わかったから、部屋に入れて。もう死ぬ」
彼女は僕をベランダに追い出して鍵までかけていやがったのだ。
慌てて僕を部屋に入れる彼女。
僕はそのまま倒れこむようにベッドに崩れ落ちた。
それが、僕が彼女の恋の始まりだった。
◯ ◯ ◯
さて、彼女と僕の恋が順調に進んだかと言えば、なんとも言えない。しかし、お互いに不満があるわけではなかった。
彼女は料理も苦手だし、どこかに遊びに行こう、という時にプランを出すことも苦手だった。
その代わり、僕は料理も好きだったし、手先も器用だったからちょっとしたものは全部自分で作った。
「お似合いの二人」
そう誰もが僕たちを形容した。だから、僕だって彼女に不満などなかった。
だけど、自分で言うのもなんだが、僕はそれなりにモテたのだ。
彼女を愛してはいたが、おっぱいの大きい子や、色っぽい女性なんかに言い寄られるとずるずると浮気関係に発展することがあった。
「作る」ことが得意な僕は、どうやら外に女を「作る」ことも無意識的ではあるが、得意だったようなのだ。
でも、彼女にバレるようなことはなかった。その頃には同棲も始めていたから、家に他の女の子を呼ぶこともなかったし、メールもこまめに消去していた。
アドレスだって男の名前に変更していたし完璧だった。例えそこまでしなかったとしても、彼女は僕が浮気するなんて微塵も思っていない様子だったけれど。
「私たちって本当にお似合いの二人って感じですよね」
なんて能天気にニコニコ甘えてくるのが常だったからだ。
それに、浮気した女の子だって多分、僕に本気になんかなってない。
一度か二度ほど肉体関係を持つと、すぐに連絡が取れなくなることが多かったからだ。
僕が下手くそだったからなのかもしれないが、後腐れがない方が僕にとっても好都合だったからいいのだ。
だが、今回は違った。飲み会で出会った、『その子』とはとても気があった。
料理が好きだというその子の部屋に行って料理を作り合った。彼女は全然料理を作れないので、こう言った一緒に料理を作ったり感想を言い合ったりする、その子との関係が新鮮で楽しかったのだ。
もちろん彼女には出張だなんだと理由をつけて家を出ていたが、次第に僕の気持ちが段々と浮気相手の方に傾いていくことを、僕自身も気づき始めていた。
「旅行にいこう」
浮気相手とそんな話になったのも冗談で旅行プランを立て合っていたのが予想以上に盛り上がったからだ。
浮気相手も僕と似た様な性分で、あまり片付けるのは得意ではなかった。でも、逆にそれが気を使わない関係になれた理由の一つでもあった。
彼女へダミー出張の話も二週間前からしていたし、準備は万端だったのだ。
久しぶりの恋のワクワク感に胸を弾ませながら、スーツケースを持った僕は浮気相手との旅行に向かった。
結論から先に言うと、浮気相手は待ち合わせ場所に現れなかった。最寄駅のホームで、通り魔に線路に突き落とされ命を落としたのだ。
浮気相手が待ち合わせ場所に現れなかったからといって、僕まで自宅に引き返すことはできなかった。仕事で出張と二週間も前から彼女に話していたからだ。
僕は一人で新幹線に乗り、旅館に向かった。たまたま連絡が取れなかっただけで、遅れて浮気相手も現れると思っていた。
しかし、旅館のテレビで、浮気相手が死んだというニュースを目にした。
誰にも言えない秘密を抱えたまま、旅館でぼんやり過ごすだけで、その旅行は終わった。
家に帰ると、何にも知らない彼女がすり寄ってくる。自分で料理も作れない彼女は結局スーパーの惣菜や弁当だけで三日間をやり過ごしていたようだった。
僕は彼女のために晩御飯を作った。余り物で煮物と炒め物。大した料理ではないけれど、彼女は喜んだ。
「やっぱり、あなたの料理が私は一番好きだよ」
食べ終わると彼女はそう言い残して食器を洗いに台所に向かった。
◯エピローグ◯
−−『その子』の事を考えると、やっぱり僕は憂鬱な気持ちになって、ぼんやりとテレビを眺めていたのだが、彼女がとことこやってきて隣にちょこんと座った。
「ねえ、今日のご飯もおいしかったよ。あなたって本当に何でも一人で作れる人よね。料理だっていつもあなた任せでごめんね」
「まあ作るって事なら大概の事はこなせる自信はあるよ。これでもクリエイターのはしくれだしね」
「でも、全く片付けが出来ないんだよね」
そう言ってコロコロと子犬のように彼女は笑う。
「それはごめん。一人暮らしの時はすごいゴミ屋敷に住んでたもんな。君が片付けてくれなきゃ今も汚れた部屋に住んでると思うよ」
「ふふふ。でも、私は昔から片付けることだけは大の得意だったんだよ。掃除も洗濯も。だから、あなたが出したゴミは全部私が片付けてあげるからね」
そう言って彼女は笑った。
終
片付けられない彼氏と、片付けしかできない彼女 ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango
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