魔術殺し

 今回の騒動も無事、全員確保で終結。二国領土にこくりょうどの封印も解けて、万事解決したのだが。

「はっきり言って最低だな。守りは任せると言ったはずだが」

 六錠扉りくじょうとびらは協会の幹部達を呼び出し、説教していた。朝も早いため、ほぼ全員が眠たそうな顔をしている。それにまた、六錠扉は腹を立たせた。

「大体領土の魔術が封じられた時点で、俺の魔術が封じられることすら考えるべきだった。そうなれば守るどころの話じゃない。わかっていたのか」

「貴様に小手先の封印魔術が効くとは思えん。魔術師の魔術を無効化できると踏んだまでだ」

「それにあなたがいなければ、二国領土は死んでいたかもしれない。あなたは充分に、今回の役目を果たしたのです」

「褒めればうやむやにできると思ってるのか。俺が責めてるのは、おまえ達のその乏しい緊張感だ。俺達六人で鍵をして、まさか落ち着いたわけではないだろうな」

「そんなことはない。ただおまえ達は、魔術書より最高の魔術を与えられた。そう簡単に――」

「俺だって死ぬときは死ぬ! それに俺が死ななくても、周りは簡単に死ぬ! 俺達以外を守るために俺達を守るのが、魔術協会の仕事だろうが! ちゃんとしろ! 平和ボケ共!」

 一喝して、六錠扉は腹の虫が治まらない様子で部屋を出て行く。呼び出された幹部らは疲れ切った様子で、幻影だというのに椅子に座って休み始めた。

「まったく、彼の言動は目に余る」

「だがあれでも、魔術書を守る大事な鍵だ」

「そう、死なれては困る。あれも立派な、我らの道具なのだから」

 屋敷に戻った六錠扉は、メイドに入れてもらった温かいコーヒーをすする二国領土のいる部屋で、頬杖をついていた。とくに何をするでもなく、ただ俯いて何か考えているだけだ。

「どうした扉、おまえもコーヒーが飲みたいのか? 入れてやろうか。砂糖はいくつだ。シロップは入れるか?」」

「違う。あと、俺は飲むならブラックだ」

「何、ブラックで飲めるのか。大人だな」

「おまえはそこまで大人なふりして何故飲めない」

「ハ! 苦いものを飲み食いできるのが大人とは限らんさ。新聞のチャンネル欄だけ見てる奴だって大人になるんだ、コーヒーくらい好きに飲ませろ」

「その変な理屈はまぁいいとして、ならいい加減俺を呼び捨てにするのはやめろ。殺されたいのか」

「おまえに人は殺せないだろう? そう、おまえは魔術を殺す者。故に魔術殺し。おまえは結局これまで何度殺すと脅してきても、その生命の命を奪ったことはない。だから人殺しなどと言われないんだ。優しすぎるよ、おまえは」

「おまえはガキのクセして大人ぶりすぎだ。いい加減、その俺はなんでも知っているし経験しているみたいな態度をやめろ」

「ハ! それこそいらん忠告だ。他ののうのうと生きてる奴らに比べれば、俺達鍵はなんでも知っているし経験している。六錠、それはおまえも知っているし経験しているだろう? 見てきたものが違う。感じたものが違う。そこらの平凡な魔術師では、俺達についてはいけん」

「おい、領土。おまえこのまま従者の話に持っていこうとしてるだろう。見え見えだぞ」

「なんだバレたか。貴様の従者を俺が決めてやろうかと思ったのだが」

「余計な世話だ。俺は誰も従者にしないし誰もつけない。俺は魔術殺し。魔術師の敵のような存在だ。いずれ……」

「フン、貴様の方がよほど知っている風ではないか。その目で一体何を見た? 何を知っている」

「さぁな。おまえが理解できるとしたら、それはおまえの魔術が死んだときだ」

 六錠扉は部屋を出て行く。二国領土は何も言わなかったが、コーヒーの水面にはつまらなさそうに飲む顔が映った。

 六錠扉はテラスに出る。つい最近ここから古手川姫子こてがわきこの特訓を見た。そしてそこには古手川姫子がいて、一人で風に吹かれていた。

「先輩」

「何をしている」

「……ちょっと、兄のことを思い出していたのです。今回のことで、色々と思い出しちゃって」

「そうか」

 風は止む。二人の会話を邪魔しないかのように止む。それと同時、彼女は何か決心でもしたかのように口を開いた。

「私の兄は死んでしまったのです。突然のことでした。一緒に寝てたのに、朝起きたら兄だけ起きなくて、そのまま……」

「そうか」

「兄は立派な魔術師だったのです。その兄から、私は魔術を教わりました。とても優しく、でも厳しく、教わりました。そのおかげで、私は魔術学園に入学が叶ったのです」

「そうか」

「そんな兄と、約束をしたのです。あの死んでしまうまえの夜、指切りをしたのです。人々を傷付けるすべてから、すべてを守れるくらいの魔術師になる。そう、約束をしたのです」

「そうか」

「はい! そんなとき、マナちゃ――市ノ川いちのかわさんの提案で先輩に弟子入りしたのですが……今はとても感謝しているのです! よかったと、心から思っているのですよ!」

「そ、そうか」

 それは多分、俺に近付いて殺そうっていう手段だったんだろうが……まぁ、いいか。

「六錠先輩!」

「なんだ」

「私、強くなりますから! 先輩を守れるくらいに強くなりますから! だから待っててほしいのです! 必ず、強くなりますから!」

――私、必ず強くなるから! 強くなって、それで……

 なんとも懐かしく、忘れていた光景が脳裏で蘇る。あのときの彼女も、屈託のない笑顔で笑っていた。

 彼女の姿と古手川姫子の姿が重なったとき、六錠扉は硬直する。返答が遅れた先輩を心配して、古手川姫子は顔を覗いた。

「先輩?」

「……いや、そうか。ならさっさと強くなれ。俺を守るというのなら、それなりの速度でな」

「はい! 師匠!」

 だから、どっちかに統一しろっての。

 その後、白の魔術書の保管場所が決まった。一度見つかってしまった場所に二度と保管することはないため、それ相応の遠出を覚悟していたのだが。

「帰ってきました! 日本! やっぱり私は、日本人なのです!」

「声がでかい。あまり目立つな。まったく……」

 だが本当に、日本にすぐ帰ってこれるとは思わなかった。魔術書の場所がわかった日本は、しばらくないと思っていたのだが。

「それで、次の保管場所は――」

「教えるわけがないだろう。おまえは所詮一般人。俺の連れじゃない」

「うぅ……私は師匠の一番弟子ですよ!」

「だったら弟子らしく、次の修行のことでも考えてろ。今回のことであまり鍛えられなかった。次はハードに行くからな」

「そ、そんな。まずはこの長旅の疲れを――」

「知るか。帰ったらまず走り込みだ」

「ふぇぇ……」

 そんなとき、空港のロビーで爆発音が響く。見るとそこにはテロリストが人質を取っていて、何やらわけのわからないことを叫んでいた。麻薬でも吸っているのだろう。

 逃げ惑う人々が、次々に魔術による攻撃に撃たれていく。

「先輩!」

「ったく……なんで帰って早々こうなる……おい古手川! あいつら全員射抜け!」

「は、はい!」

 片膝をつき、古手川姫子は水をまとう。そして無色透明な弓矢を創り出し、連続で放った。宙を駆け、音を切り、数十人いたテロリストを次々に射抜いていく。

 水の矢は当たると弾け、的確にテロリストを気絶させていった。人質を抱いているナイフの麻薬男が、その光景に目を見張る。そうしている間に手を射抜かれ、人質を放してしまった。

 逃げる人質に向かって、男は雷撃を放つ。だがその間に入った青年によって雷撃は掻き消され、白煙がその場を一瞬満たす。それが晴れたときにそこにいた青年は、もう最高潮に機嫌が悪そうで、男は漏らしそうになるほどにビビった。

「さっさと終わらせるからな、見せてやる、魔術殺しの結界魔術フラグマを!」

 翌日、新聞の一面を飾ったのは、魔術学園の学生二人によって、テロリスト集団完全制圧。警察の出番はなしというものだった。

 そのことが学園でも表彰され、二人の環境は大きく変わっていくのだが、それはまた、べつの話である。

 

 

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魔術殺しの結界魔術・マンガ原作大賞用 七四六明 @mumei

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