第9話 テレキャスターストライク

「驚いたよ。まさか、美禰子以外にも精神攻撃を行うものがいるとは」

 二宮孌九郎は金色に輝くばかりの機体、二宮TTRマークⅡに乗って土俵に立っていた。

 彼が本戦第二試合での函館六子の相手だ。

「それとも、武道の達人の戦いは終局的には気合いの戦いになるということかな」

「焦るな金ぴか。終局というには、まだいささか早い」

 函館は落ち着いて応えた。美禰子と決勝であたるためには、あと二つ勝たなければならない。

「ほう、その口振り、まだ何か隠しているのかな。第二奥義・斬心。なるほどな、いかにもまだ何かありそうな呼び方だ。それとも、この会話が既に斬心の布石なのかな。怖いな、函館先輩は。

 だけど、私を甘く見て貰っては困る。私はさっきの野良犬とは違う。きちんと、美禰子を倒すための備えをやってきたんだよ」

「なかなかよく喋るな、おかげでおまえの心の内が掴めてきたぞ」

「ならばわかるだろう。私が本気で優勝を、いや、美禰子を倒すことを考えていることが」

「ああ、手に取るようにな。おまえの心がけは褒めてやる。だが、おまえのその想い、純粋でないこともわかる。おまえの闘志は、おまえのその金ぴかの踏機のようだ。戦いに対するおまえの想いはメッキだ」

「函館先輩は好き放題云うな。私は確かに美禰子に勝ったその先のことを考えている。それのどこが悪い」

 函館はふふと笑った。

「悪いのかどうかは、知らん。ただ、雑念が見えるといっている。それだけだ。お喋りはもいいだろう。そろそろ始めよう」

 函館六子が言うと、行司の野々宮は頷き「始め」の合図をした。

 すると二宮の機体が光り始めた。


「ふふふ、古いんだよ。里見の機体も、暗黒物質にいつまでもしがみつく科学部の連中も。そして、今時薙刀を振り回す貴女も。

 これからは二宮重工と考弦学の時代だ。

 見せてやろう、私の金閣の特殊能力を。いや、正確には見えなくなるのだが。

『ワイプアウト』」

 二宮のヘルメットに施されている三叉の槍の意匠がひときわ輝いた。すると、その光が機体全身に回り、二宮の金閣が光の中に溶けて消えた。

 函館は驚きながらも用心深く構えた。

 そしていきなり後ろを振り向いて、薙刀を振り下ろした。

 カッという硬い音が聞こえ、土俵に金属片が落ちた。

「ほう、これは凄い。この世界に戻ったのは一瞬だけだったのに」

 二宮の声の後、虚空にピストル、金閣、それから二宮本人が現れた。

「ああ、ご心配なく。このピストルは本物じゃないよ。蒸気圧を利用して鉛の玉を打ち出すものだ。ちゃんと大会規定に準拠している。といっても、そこらへんの弓矢よりも強力だけどね。

 私のこの金閣は……」

 函館は二宮の一瞬のスキを見逃さず、薙刀を返して「千刃疾風」を放った。かまいたちが二宮を襲う。が、二宮の金閣には無効。

「ハハハ。その程度の空圧に耐えられない金閣ではない」

「……金閣ではない」

「ぬ、今のは私の気をそらすための囮。その隙に私の心に入り込んだか」

 二人同時に言う。

 函館は既に薙刀を上段に構えている。

「函館流奥義・斬心」

 それは誰の脳内にもある人真似をする神経回路ミラーニューロンを応用した函館の奥義だ。だが、そのまま動かない。

 その代わり二宮の金閣が虹色に輝き、ウオンという共鳴音のようなものを返した。

「云ったはずだよ。美禰子に対する備えはしたと。この金閣の金色はただの悪趣味ではない。対精神攻撃用の特殊コーティングだ。貴女はこの金閣に映った幻影を捉えていたにすぎない。ふふ、どうかな、これでも私に勝てるかな、函館先輩?」

 二宮は余裕の笑みを残して、再び虚空に消えた。

 函館は不動の構え……そこから突然薙刀を振る。と、カッという金属音。土俵にぽとりと鉛の弾が落ちた。

「無駄だ。その玩具でわたしにダメージを与えることはできない。わたしの首が欲しければ、おまえ自身の腕で刈りにこい」

 二宮は虚空から姿を現したがその顔はまだ笑っていた。

「いや、貴女に近づくのは遠慮しておこう。命がいくつあっても足りない。私は原始的な闘いは趣味じゃないんだ。

 けれども金閣に搭載したワブチューナーを利用すれば、こんなことも出来るんだ」

 二宮が右手を上げて見せると、その手首から先が消えていた。

 函館は二宮を視界に捉えたまま、背後をそっと刀身に映して窺った。二宮の右手だけが虚空に浮かんでいた。

 二宮自身は函館の前方に立ったまま、左手でピストルを構えた。

 そして前と後ろからの同時発砲。

 だが函館は後ろを見ないまま薙刀を一旋した。カカッという連続音に続いて二つの弾丸がともに土俵に落ちた。

「無駄だ」

 函館の言葉に、二宮は今度はあきらかに不機嫌な表情になった。


「可愛いくないよ、函館先輩。まさか、これを使わなくてはいけないとは――」

 二宮は金閣の背中から槍のようなものを引き出した。その先端は古風に三つに割れていた。

「ほう。ちゃんと得物があるではないか」

 函館はむしろ嬉しげに微笑んだ。

「いいか、私の次の攻撃は、受けるなよ。躱すんだ。忠告したぞ」

 二宮はそういって虚空に消えた。

 と、函館はいきなり左背後を払う。ほんのわずかな間だったが、何か影のようなものが見えたのだ。けれど今度は更に左後背の虚空に一瞬、ほんの一瞬、稲妻のような黒い閃光が現れ、すぐに消えた。

 ただそれだけのことのように見えた。だが、函館の小旋風はがくっと膝をついた。

 小旋風は左腰に小さな傷を受けていた。それはごく小さなものだったが、その傷の周りの鋼板がばらばらと砂のように崩れ落ちた。鋼板が金属組織レベルで崩壊したのだ。その組織崩壊は機体の内部にまで達していた。

「Ψアタック百鬼夜行」

 函館からやや離れた所に二宮が再実体化した。金閣は無傷だ。

「瞑王の三叉の槍の下にはあの世のものが集うというが、この三叉の槍の周りには虚数空間が広がっている。受けることは貴女の技量を持ってしても不可能だ。

 この二宮、美禰子より先に貴女に会っていれば、どうなっていたか。いや、それは云うまい。さらば、函館六子、わが敬愛する先輩よ」

 二宮は槍を一度胸の前に立てると、再び消えた。

 函館は小旋風を何とか立ち上がらせたが機体はふらふらと揺れていた。

 と、その右背後に影のようなものが揺れてすぐに消えたが、函館は今度は全く動かなかった。そして真後ろに三叉の槍の影が現れたとき、ただ薙刀を小さくくるっと回して、振り返りもせずに背後を軽く突いた。それだけだった。

「チャップ、チャップ」

 函館は意味不明の言葉をつぶやくと、薙刀を立てて、その構えを解いてしまった。それから会場中に轟くような声で吠えた。

「未熟者! おまえが、この土俵に立つのは百年早い!!」


 函館の一喝に続いて再び姿を現した二宮の手には切断された三叉の槍が握られていた。三叉の槍は、二宮の握る手と手の間で斬られている。

「まさか、三叉の槍のわずかな実体部分を……」

「受けるのは不可能。おまえは、そういった。ならば、おまえがそれを持てるのは何故だ。おまえが持てるものならば、わたしに斬れぬ道理はない」

「フッ、ハハハ」

 二宮はつかのまあっけにとられていたが、すぐに嬉しそうに笑った。

「さすがは函館先輩。私がこの世界で二番目に惚れた女性だ。私の負けだ。

 だが私は負けない」

 二宮は真顔に戻ると切断された三叉の槍を投げ捨てた。

「私はこんなもの要らないって、云ったんだ。けれど、父が念のためだと無理矢理装備してね」

 二宮が金閣の胴体の装甲を開くと、そこに整列した十二丁の銃口が現れた。

「ありがたいものだね、親の心というのは」

 二宮機は再び光り、消えた。

 函館は今度は踏機の体勢を可能な限り低くして野生の獣のような構えをとった。隙などまるでなかった。

 と、虚空の至る所に十四丁のピストルが現れ、それが同時に発砲した。

 函館は素早く薙刀を振った。だが弾丸をもう眼で追っていなかった。まるでそれがどこから来るのかわかっているように、半眼のままで薙刀を操った。全神経を限界まで研ぎ澄ましていた。

 カカカカカカッと連続的な金属音が響く。土俵には弾丸がぽとぽと落ちる。だが、同時にボスボスという着弾音も聞こえた。

 シューと音を立てて蒸気が漏れた。

 十四発全ての弾丸を撃ち終わった後、虚空から現れた二宮は愕然とした表情をした。

「四発だけなのか。十四発を同時に撃って、当たったのは四発だけなのか。あとの十発は全て弾かれたのか……

 いや、だが、もう一度十四発を同時に撃てば、四発は当たるということだ。もう一度。そうすれば、その限界を超えて尚立ち続けている踏機も動きを止める筈だ」

「見えたよ」

 函館が呟くと、二宮がびくっとして聞き返した。

「何がだ?」

「あの世が」

 会場がしんと静まった。


「ここまでか」

 土俵際で観戦していた三四郎が首からぶら提げていたあまりきれいではない手ぬぐいを小巻に差し出した。おそらく白いタオルのつもりだ。けれど、小巻は首を横に振り、それを受け取らなかった。

「大丈夫。函館先輩、いい顔をしてる」

 三四郎は小巻にいわれて土俵の上の函館をもう一度見た。確かに函館の眸は死んでいなかった。今度は三四郎にもそれがわかった。


「函館先輩、降参してくれないか。私の今一度の攻撃、貴女は耐えられまい」

「礼をいうぞ、二宮。わたしは今一つの奥義の尻尾を捕らえた。そうだ、もう一度だ。今のをもう一度。さすれば……」

「しかたない……

『ワイプアウト』」

 二宮は迷うような表情を残し虚空に消えた。

 函館は薙刀を寝かせたままでもう構えさえ取らなかった。ただその神経を限界を越えるほど研ぎ澄ました。

 小旋風は至る所から蒸気が漏れ、機体はゆらゆらと揺れていた。

 静寂。

 突然、弾丸が土俵に落ちる。そしてキンと云う金属音が一回。それから函館が薙刀を振る。と、そこに二宮の十四丁のピストルが現れまた消えた。

 ……? 今のは何かがおかしかった。

 何かが根本的におかしかった。三四郎はそれを感じた。


 土俵上の函館は、自分の振るった薙刀を見て震えていた。

「出来た。わたしの剣は今この世界の向こうまで行った」

 函館は会場で隠れて観戦していた父の函館忠敬を見た。

 父の忠敬は驚いたような顔をしていたが、函館六子と目が合うと小さく、だがしっかりと頷いてくれた。ついに出来たのだ。

 わたしを破門して、世の中に送り出してくれた父忠敬の愛にやっと応えることができる。父はこのわたしのために函館流を絶やすことを決断したのだ。それはもう二度と呼び戻すことはできない。だが……

(千年に及び中央を脅かしてきた「ひとりももびと」の矜持は今、この中央の晴れ舞台で示される)

 函館は小さな息を一つ貰うと上段に構えた。二宮はどこにも見えなかったが、問題はなかった。

「函館流第三奥義・斬宿」

 函館は薙刀をゆっくりと大きな弧を描きながら振りきった。

 だが何も起こらなかった。

 ただ、それまでぐらぐらと揺れながらも何とか立っていた函館の小旋風が一つ大きく揺れてそのまま崩れ落ちた。機体が限界を迎えたのだ。いや、本当はもうしばらく前から活動を停止していたのに違いない。それでも何とか函館の最後の一撃まで立っていたのだ。

 だがその函館の最後の一撃は空振りだった。

 二宮の金閣が函館の傍らの空間に現れ出た。二宮は明らかにほっとした表情をしていた。

「とどめを刺す必要はなかったか。それにしても危なかった。函館六子、君は旧い世界の人間だったが、なかなかだったよ」

 二宮がそう言ったとき、土俵の上のどこからかガシャンという音が聞こえてきた。

 二宮は不審な顔つきをした。

 と突然金閣の左足が膝から吹き飛んだ。

 更にガシャンガシャンという音が続いて聞こえた。と思っていると金閣の右足の膝が飛び、左足の腿が飛んだ。

 何が起こっているのか誰にもわからなかった。

 それから土俵がズドンといって地響きを起こした。すると、金閣の胴体からその機関部がずるずると抜け落ちてきた。

「うわあああー」

 二宮が堪らずに悲鳴をあげたが、虚空からやって来る斬裂は止まらなかった。

 ガシャンガシャンガシャンと音を立てながら金閣を斬り刻んでいった。二宮は何も出来ずにただ体を小さくしていた。その斬裂は操士の二宮のすぐ下まで続き、そして最後に二宮のヘルメットの三叉の槍の意匠を弾き飛ばして終わった。

 二宮はスクラップとなった踏機の中で顔を引き攣らせながら震えていた。

 立行司の野々宮宗八は、その状態を見極めて手を上げた。

「それまで。勝者、二宮孌九郎」

「えっ?」

 三四郎が、いや、会場中から不審の声が上がった。

「両者ダウンですが、函館六子のダウンが先と見なします」

(負けたのか……)

 三四郎はそれがどうしても信じられなかった。おそらく会場中の誰もが同じ気持ちだったろう。


 野々宮は函館の元へ歩み寄って、函館が立ち上がるのに手を貸した。

「函館さん、どうか教えて欲しい。あなたは何をした?

 私にはまるで世界の因果が崩壊していたように見えた」

「わたしは、ごくわずかな間だけ向こうに行ってきた」

 函館はそれだけ云うと、全壊した二台の踏機と二宮を一瞥してから土俵を降りた。それが函館六子が決して長くない青春を燃やした四回に及ぶ大運動会の全てが終わった瞬間だった。

 野々宮はしばらく函館の後ろ姿を見ていたが、やがてフフフと笑いながら頭を横に振った。

「わからない。ハハハ。全然、わからない。すごいな。世界はすごい。そして人間はもっと凄い」

 野々宮宗八はまるで狂ってしまったかのように頭を振り振り笑っていた。


 立派な試合だった。 

 小巻は土俵の下で土俵から降りてくる函館六子を待ち受けた。

「お見事です」

 全ての思いを込めてそういった。

「わたしは今日この日の先輩の戦いぶりを、きっと一生忘れません。生涯の誇りにします」

「小巻、おまえのおかげで最後に良い試合ができた」

 函館六子はそう云うと、優しく微笑んだ。とても懐かしい感じがした。

「さあ、行こう。向こうで一緒に美禰子の試合を見よう。美禰子は私よりももっともっと強いのだぞ」

「はい、ご一緒します。いつまでも。どこまでも」

 小巻は明治の空は青く高かったなと思い出して、そしてゆっくりと長い眠りについた。(了)

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三四郎R「テレキャスターストライク」 シラノドットスティングレイ @cyrano_stingray

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