150キロってホントヤバい
ガキッ…
鈍い打撃音とともに、ボテボテのゴロが転がる。ショートの将人が軽快にさばきチェンジとなった。
「さすがっすね、小島さん」
「これでも元プロだからね」
ベンチに引き上げる際、将人は小島に声をかけ、小島はさらりと言ってのけた。
五月が二死満塁のピンチを、駿介のファインプレーもあってしのいだ後、出石監督は継投に入った。7回からはチームのエースである小島がマウンドに上がった。
弱小ホエールズにあって、最も実績も実力もある投手である小島。主力をそろえている白軍打線を2イニング6人を完ぺきに抑えた。
一方で、紅軍もその後は一イニングずつピッチャーを変えてくる田森コーチの継投に翻弄され、追加点を得られない。そうこうしているうちに、試合は最終回を迎える。
「ピッチャー、小島に代わりまして、甲斐。ピッチャー、甲斐。背番号、21」
ここで紅軍、最終回のマウンドに立ったのは、速球を売りにする甲斐。迎え撃つ白軍は、1番からである。
「くそっ。女のガキは打てねえわ、生意気な小僧どもにいいようにされるわ、お前ら、このままじゃ立つ瀬ねえぞ!絶対こいつから点を取るぞ!」
望月がそう言って見方を鼓舞する最中、マウンドの甲斐は静かに投球練習。だが、そのボールはキャッチボール程度の緩いボールだった。
(おいおい…こんなボールで肩が慣らせるのか?速水と言い、ほかのバッターどもと言い、訳が分からんな)
二宮はやや呆れながら最後のボールを甲斐に返球。そして、サインの打ち合わせのためにマウンドに行く。だが、甲斐はそれを制した。
「サインないですよ。俺はストレートしか投げないんで」
「は?カーブとかスライダーぐらいないのか?」
「ないっす。ただ、集中して捕ってください。俺の球、マジで速いんで」
「お、おう…」
戸惑いながら二宮がホームに戻っていくと同時に、甲斐はバックスクリーンと正対し、頭を下げてブツブツと何かをつぶやいている。そして…
「ウオオオオオオオオオオッ!!!」
地面に向かって腹の底から湧き出すような咆哮。球場の誰もがビクつく。打席に立つ飯塚も思わずたじろいだ。
「な、なんだよいきなり…」
そして球審が「プレイ!」とコールすると、甲斐は大きく振りかぶる。そして左足を高く振り上げ、マウンドを力強く踏みつけて右腕を振り抜く。それと同時に、まるで砲弾のような剛速球が飛んできた。
チッ!ドムッ!!!
「うぐ…」
ボールが金属にぶつかったような音を立てたと同時に、二宮がうめき声とともに、右肩を抑えながら
「ほえ~…なんでこのレベルがこんな弱小球団のところに来てんだよ」
出石監督が、いつの間にか構えていたスピードガンを見て呆れていた。球速をっ示すモニターには『156km/h』と表示されていた。
しばし試合は中断。プロテクターを外してユニフォームを脱いで、ボールが当たったであろう患部を確認すると、右肩あたりに黒紫とでも言おうか、硬球とほぼ同じ大きさのアザが刻まれていた。冷却スプレーで患部を冷やしはしたが、試しにとボールを握って投げようとした動作で、二宮は再び呻いてボールをこぼす。投げるどころか腕を上げることに支障が出るほどの重傷だった。とりあえず、二宮は退場となり、トレーナーとともに病院へ向かうことに。ここで問題が発生する。
「で、キャッチャー誰やんの?」
誰かがそう言ったが、まず出石監督が指揮する紅軍は控え野手が存在しないし、ピッチャーにしても、すでに五月も小島も登板を終えていて出場不可だ。かといって、白軍から借りるにしても、キャッチャーができるのは大垣だけ。方法としては、指名打者に入っている軽井沢を守らせることか。だが、軽井沢は拒否した。
「いやいや無理ですって。確かに俺元キャッチャ―ですけど、膝痛めてもう2年以上やってないし、そもそもさっきのボールも正直取れそうにないし」
「んだよ情けねえな。そこは『じゃあ俺が!』って出てくれよ~」
「いや。俺もお断りです。気合で捕れる程度のボールは投げてないんで」
出石監督の茶化しにかぶせるように、甲斐もそれを拒否。一瞬場は凍り付いたが、とりあえずここまで来て試合放棄のような幕切れもあり得ないので適任者を探そうとしたのだが、ここで田森コーチが口を開いた。
「梶野、お前がマスクを被れ」
「はっ!?」
唐突な指名に呆けた返事をする梶野。田森コーチはその意図を話す。
「おそらく甲斐のボールはキャッチングの技術よりも動体視力の問題だろう。あれだけの打撃センスを持っているのなら、今うちにいる面々で一番いいのはお前だ。どうです監督」
「オッケ。じゃーそれで」
「早ッ!ってか俺の意見なしか?ショートはどうするんすか」
「ショートはキムがスライドして、軽井沢はサードやれ。ファーストよりはしんどいだろうが、まあできるだろ」
「あ、はい…」
まさかのキャッチャー指名に戸惑う将人だったが、一方でワクワクしている自分もいた。
(マシンじゃない、人間が投げる150キロのボールか…。受けたことも打ったこともねえ。…どんな球なんだ?)
とりあえず、体格の近い大垣の防具と二宮のミットを借りてキャッチャーの定位置に座る将人。キャッチャー座りにはやや苦笑しつつも、構えて甲斐のボールを待つ。そして甲斐は二宮を病院送りにした同じ剛速球を投じる。
「うおっ!」
思わず将人は声を上げたが、冷静にボールを受け止める。『バシッ!!!』とミットの捕球音が球場に響いた。怯みも驚きもせず、微動だにせずボールを受けた将人に、甲斐はフンと鼻で笑った。
「ほう。俺のボール、ちゃんと見て捕ってるな。オッケー、こいつでいいです」
試合再開。将人はただボールを構えるだけで良かった。飯塚も、安川も、まったく反応できておらず二者連続の見逃し三振だったからだ。そして、150キロ以上のボールを受ける中で、その一球一球に見入っていった。
(すげえ…。こんなボール投げる奴が味方なのかよ…。頼もしいぜ。だけど…)
望月の打席の初球を受けた時に、ふと思った。
(こんな挑みがいのあるボール、対戦できないのはちょっともったいねえなあ)
そして打席の望月は、目の前に立ちはだかる甲斐…だけでなく、将人や五月、駿介らの実力に、絶望に近い危機感を募らせた。
(なんなんだよこいつら…。おかしいだろ。なんでこんな連中が…)
ズドンズドンと強烈な捕球音がその傍らで響き、試合終了まであと一球。望月の思考は、ここで何かが弾けた。
(ちくしょう…。こんなところで終わりたくねえ!!)
三球目のストレートに対し、望月は半ばやけくそ気味のフルスイングで迎え撃つ。だが、無情にもバットは振り遅れで空を切り、将人のミットに収まった。ヘルメットが脱げ落ちて、望月はそのまま跪く。
(やべえ…このままじゃ本当にクビになる…。もう恥もくそもねえ。死ぬ気でやらねえと…)
試合が終わってから初めて現実を痛感した望月。遅すぎるのかもしれない。だが、それでも目覚めないよりははるかにマシである。出石監督は、その目の色の変わりようを確かに見届けた。
「ククク。いい面じゃねえか望月。新人どもは化け物揃いだが、既存選手の奮起があってこそ、初めてチーム力は上がるんだ。主力の面が変わればチームは十分変わる。とりあえず、今シーズンはなんとかなるだろうな」
新人たちの能力を存分にアピールさせたうえで、主力の奮起を促す。出石監督の紅白戦の狙いが一定の成果を果たして、試合は終わった。
ホエールズは、ここから動き出していくのであった。
サブマリンガール~独立リーガー女子の物語~ 中村鉄也 @tetsuyakyuu
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