活動記録・春 7
生徒会長【綾小路薫】高校三年、十七歳。
彼女は恐らく患っている。精神的ななにかを。
そうとしか考えられない。確かに、学校の教師、特にウチの学校は少し融通が利かない部分があるのは認める。認めるよ。
そしてそれを『独裁政治』って言ったことも認める。確かに言った。
でも、まさかそれを『打ち滅ぼす』なんて、まともな人間の言うことじゃない。
【綺麗な花には棘がある】とはいうけど、〝棘〟なんて生易しいものじゃない。
そう、それは【グングニル】――神の槍。
【綺麗な生徒会長にはグングニル】
うん、しっくり来る。まさにこれだ。
幼馴染みである【時任かなで】高校二年、十六歳
その親友【八ツ島理沙】高校二年、歳は知らない。
この二人もまともじゃない。
グングニル会長(命名)のとんでもなく危険な発言に心を貫かれ、いまや会長の腹心。熱狂的信者。
『グングニルは狙った獲物を逃さないのだから当然』だと? うるさいバカ。上手いこと言ったつもりか? 黙れバカ。 今そんな小ボケに構ってられるほどの余裕は俺にはないんだ。
教室の隅に椅子を運び、一人やさぐれる俺を無視して、キチ●イ三名は話を進めている。
「あなた達には、【歴史研究部】という部活動に所属して貰います」
「れきしけんきゅう? なんですかそれ」
「あくまで、〝表向きには〟です。実際に活動する必要はありません」
「どうして、その部活に入る必要があるんですか?」
「部活動には部室が与えられます。その部室が今後の活動拠点。【基地】ということになります」
「基地……! なんかやばい! 響きかっこいい!」
「うん! テンション上がってきた!」
「私は一応、生徒会長という肩書きがありますし、私が入部しては目立ってしまう可能性があるので、所属はしません」
「えー、薫さん入んないですかー」
「さびしーいー」
「ふふふっ、安心してください。所属はしませんが、発起人である私が顔出さないわけにはいきません。できるだけ、部室に顔を出します」
「やったー!」
「さすが薫さん!」
「その部活はいつからなんですか?」
「今日からです」
「え!? 今日から!?」
「そうです、もう申請は昼のうちにしておきました」
「さすが生徒会長、仕事が早い!」
「一生着いて行きます!」
「顧問の先生にはあなたたちが『じいちゃん先生』と呼んでいる曽我先生にお願いしました。特にやる気もなく、丁度顧問をされてなかったので」
「あ、私の担任だ」
「じいちゃん先生、顧問してなかったんだ」
「それと……部長は大内田くんにしておきました」
…………ん? あれ? この三人の会話について行くことを諦め、やさぐれながら聞き耳だけ立てていたんだけど……今とんでもないこと言わなかったか? 会長。
「えっと……あの、会長? 聞き間違いかなぁ? 聞き間違いだと思うんですが……ご、ごめんなさい。もう一度今の言葉言って貰ってもいいですか?」
「部長は大内田くん、あなたです」
………………。
…………………………。
……………………………………………。
「――――ええええええええええええええええええええええッ!?」
「もう、なによいきなり。うるさい」
「誠くん、居たんだ。先に帰ったかと思ってた」
いやいやお前ら何落ち着いてるんだよ!
「聞いてなかったのか! 部長だぞ、この俺が!」
「何よ」
「『何よ』じゃねえよ! なんで俺がそんな危険な『テロ組織』を率いなきゃいけないんだよ!」
「テロ組織って……歴史研究部だよ? 誠くん」
「いや、リサさん。キミはさっきの話を覚えていないのかい? というか、そもそも俺に部活の部長なんて向いてねえよ!」
「そうですか? 大内田くん、すごく歴史研究してそうな雰囲気ですけど」
「確かに」
「うん、運動部って感じじゃないよね」
こいつら……めちゃくちゃ言いやがるな……
「なんと言われようと、俺は認めないぞ!」
「大内田くんって意外とわがままんですね」
「子供よね」
「朝の誠くんとは大違い」
わがまま? これはわがままなのだろうか。
ちょっと俺の脳内にある辞書をひこう。
【我侭】わがまま
自分の都合を中心に物事を考え、行動するさま。他人の都合を顧みないさま。「我儘」「我が侭」とも書く。
自分の都合を中心に物事を考え、行動する……確かにそうかもしれない。俺は俺の都合で部長になりたくないと言っている……のかもしれない。
他人の都合を顧みない……確かにそうかもしれない。会長の都合、つまりは活動のために部が必要でその部には部長が必要。そんな会長の都合を顧みず、部長になりたいくないと言っている……のかもしれない。
かもしてない。かもしれない。かもしれない。
俺の中で〝わがまま〟という言葉がゲシュタルト崩壊していく。もうわからなくなってしまった。
「大内田くん、大丈夫ですか?」
気がつくと、会長が生徒会室の隅でもがき苦しむ俺の前に来て、膝に手を置き俺の顔を覗きこんでいる。
ック……ほんと、顔だけはかわいい。
「だ、大丈夫です……」
「部長の件、お願いできますか?」
「は、はい……」
もう俺の頭の中は、わがままという言葉に犯されてグチャグチャに、もうほんとアヘ顔ダブルピースしちゃって、なんか色んな卑猥なものをおねだりしちゃうほどに、ドロドロにされてしまってまともな思考ができないようだ。
「良かったです、解決ですね」
そういって俺の元から離れ、二人の方へ戻っていく。ま、待って、お願い! アレを、アレを頂戴ッ!
何を考えているんだろう、俺。
「あ、あの、そういえば忘れてたんですけど。私、バイトがあって毎日は出れないと思うんですけど……」
リサさんが申し訳無さそうに言う。
「あぁ、大丈夫ですよ。出れる時だけで構いません。活動に関しても強要はしません」
な、なにッ!?
「強要しないんですかッ!?」
「あなたは別ですよ、大内田くん。あなたは部長ですから」
え……、どうして……これって差別っていうんじゃ……
俺はまた生徒会室の隅でうな垂れる。
「それなら大丈夫かも。せっかく出来るようになったバイトは休めないし」
「うんうん、それでいいと思うよ。基本的には誠がやるでしょ」
お前もやらない気かよ!
「まぁ、今日はもう遅いですし、本格的な活動は明日からということで。みなさんわざわざありがとうございました」
そう言われて窓の外を見ると、空は薄っすらと暗くなり始めていた。
「ホントだ。そろそろ帰らないとねー。リサ一緒に帰ろ」
「うん、いいよ」
二人はカバンを背負うと「また明日ー」と言って早々に出て行く。
良かった、やっと開放される。
二人に続いて、カバンを持ってかなで達が閉めずに帰ったドアに向う。
「大内田くん」
会長の透き通った声に呼び止められる。
「な、なんですか?」
恥ずかしさと怖さが相まって、俺は少しだけ振り返る。
「ずっと思ってたんですけど……」
横目に見える会長の顔は、ほんの僅かに頬が染まっているように見える。
その後に続く言葉。童貞が故の高速思考。
これは間違いなく、――惚れたな。
朝の俺は自分でいうのもなんだがイケてた。リサさんを助けるために実力以上の力が出た。火事場の~、というやつだろう。
そして、部長を引き受けるという器のでかさ。女は器のでかさに惹かれるという。これはもう間違いない。生徒会長、綾小路薫。全校男子がうらやむ美女。彼女は俺に……堕ちた。
「大内田の〝大〟って邪魔なので、内田くんでいいですか?」
……お前もか。
止まっていた俺の青春が、なんか突然動き出したんだけど 左衛門 @zaemon
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